唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅・中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。

「良い商品を、適正な価格で、誠実に売る」

多くの中堅・中小企業の経営者の方は、すでにそれを当たり前に実践されていることでしょう。

しかし、私のコンサルティング現場での経験から申し上げますと、近年、その「当たり前」だけでは通用しないケースが増えているように感じます。かつては「品質」と「価格」が競争のすべてでした。しかし現在は、「信頼」「共感」、そして「取引先からの要請(環境・人権・コンプライアンス)」が、売上や採用、ひいては会社の存続そのものを左右する時代になりました。

そこで今、最強の経営基盤として再注目されているのが、近江商人の哲学「三方よし」です。

「三方よしなんて、道徳の教科書の話だろう?」
「きれいごとで利益が出せるなら経営で苦労しない」

もしそう思われたなら、少しだけお時間をください。実は、現代のビジネスシーンにおいて、三方よしは単なる精神論ではなく、「利益を確保し、リスクを排除するための極めて合理的な経営設計図」なのです。

本コラムでは、三方よしの正確な意味と由来を紐解きつつ、最新のデータに基づいた「儲かる理由」、そして明日からA4用紙1枚で始められる実践的な導入ステップまでを、専門用語を極力使わずに解説します。

「三方よし」の基礎知識:意味と由来の再定義

まずは、言葉の定義と背景を正しく理解しましょう。ここを誤解していると、単なるボランティア活動になってしまいますので注意が必要です。

三方よしの意味:3つの「同時満足」を設計する

三方よしとは、以下の3つの側面すべてにおいて満足いく状態を目指す経営理念です。

  • 売り手よし
    企業自身が適正な利益を上げ、存続・発展できること(無理な値引きや疲弊をしない)
  • 買い手よし
    顧客が価格以上の価値を感じ、心から満足すること(購入後に不満や不信が残らない)
  • 世間よし
    その商売が地域社会や世の中全体の幸福・発展に貢献すること(誰かの迷惑や搾取になっていたら成り立たない)

滋賀県東近江市の資料(出典:東近江市の博物館の情報サイト)などでも定義されている通り、ここで最も重要なのは、これらが「同時」に成立している点です。

まず、「売り手よし」が最初にきていることに注目してください。これは自身の利益を犠牲にするものではありません。自社がしっかり利益を出し(売り手よし)、それでお客様を喜ばせ(買い手よし)、その活動の結果として社会も良くなる(世間よし)。この循環を意図的に作り出す「ビジネスモデルの設計思想」こそが三方よしの本質なのです。

由来:近江商人の精神を“後世が言語化”したもの

一般的に「江戸時代の近江商人の家訓」と思われがちですが、実はこの言葉の歴史には少し奥行きがあります。近江商人(現在の滋賀県出身の商人)たちが、「他国(他の地域)へ行商に出る際、自分たちの利益だけでなく、その地域の人々に喜ばれることをして信頼を得る」という精神を持っていたのは事実です。伊藤忠商事の創業者である初代伊藤忠兵衛も「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」という言葉を残しています(出典:伊藤忠商事株式会社ホームぺージ)。

しかし、「三方よし」というキャッチーな4文字熟語自体は、実は江戸時代からそのまま残っていたわけではありません。近江商人研究者の小倉榮一郎氏が1988年頃に、彼らの精神を現代に分かりやすく伝えるために要約した言葉だと言われています(出典:東近江市の博物館の情報サイト)。

なぜこの事実を知っておく必要があるのでしょうか?それは、三方よしが「昔の偉人が言った神話」ではなく、厳しい競争環境で商人が生き残るために、後世の研究者が体系化した「成功の法則」だからです。つまりこれは、現代の経営にそのまま応用できる合理性がそこには詰まっていることを意味するのです。

現代ビジネスで「三方よし」が再注目される3つの理由

なぜ今、この日本的経営が世界基準のトレンドと合致しているのでしょうか?最新のデータや環境変化から、その「必然性」を読み解きます。

「信頼」が売上と採用を左右する時代への変化

世界的な広報コンサルティング会社エデルマンの調査(Edelman Trust Barometer 2025)によると、社会の分断が進む中で、企業に対する「信頼」が経済活動に与える影響が年々大きくなっています。

中堅・中小企業にとっても、「機能が良いから買う」という時代から、「この会社なら裏切らないから買う」という信頼ベースの消費へシフトしています。顔の見える関係性を築きやすい中小企業にとって、三方よしの精神は最大の武器になります。

消費者は「共感」に対価を払う

「安ければ売れる」という常識も変わりつつあります。消費者庁の「エシカル消費(倫理的消費)」に関する調査結果(令和6年度第4回生活意識調査)は衝撃的です。社会や環境に配慮した経営を行う企業の商品について、「購入したい」と回答した割合は60.6%。さらに驚くべきことに、「割高でも購入したい」という層が47.4%も存在します。

価格競争に巻き込まれがちな中堅・中小企業にとって、「世間よし(環境配慮や地域貢献)」という付加価値をつけることで、「高くても選ばれる理由」を作ることができるのです。これは机上の空論ではなく、数字が示す事実です。

サプライチェーン全体での「責任」の明確化

BtoB(企業間取引)においても、状況は切迫しています。

大手企業は今、自社だけでなく取引先を含めたサプライチェーン全体でのコンプライアンス(法令遵守)や人権尊重を厳しく問われています。経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したことからも分かる通り、「世間よし(人権や法令への配慮)」ができていない企業は、大手企業の取引先リストから外されるリスクがあります。 三方よしは、もはや道徳ではなく、取引口座を守るための「参加資格」になりつつあるのです。

経営のプロが提言する「四方よし」への進化

ここで、現代の中小企業経営においてもう一つ絶対に加えるべき視点を提案します。それは、「働き手よし」です。これを加えて「四方よし」とするのです。

中小企業白書(2025年)では、人材不足感が高止まりしている状況や、人材確保が重要課題であることが示されています。どれだけ顧客満足(買い手よし)が高くても、現場の社員が疲弊し、低賃金で働かされていれば、社員のモチベーション低下や離職の発生により、その会社は長くは続きません。

近江商人の時代とは異なり、現代は職業選択の自由があります。厚生労働省の「労働経済の分析(令和元年版)」でも、「働きがい(ワーク・エンゲージメント)」と「労働生産性」には正の相関関係があることが示されています。

「社員が自分の子供に入社をすすめられる会社か?」 この問いにYESと答えられる「働き手よし」の状態を作ることこそが、結果として顧客へのサービス品質を高め、「売り手よし(業績)」につながる最短ルートなのです。

中堅・中小企業が「三方よし」を成果に変える5つの実装ステップ

では、ヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源の限られた中堅・中小企業は、具体的に何から始めればよいのでしょうか?

立派な経営理念を作る必要はありません。現場の実務に落とし込むための、具体的かつ泥臭い5つのステップをご紹介します。

ステップ1:A4一枚で「三方の期待値」を言語化する

最初から完璧を目指す必要はありません。A4用紙1枚を用意し、以下の要素を書き出してみてください。

  • 売り手(自社):絶対に守りたい利益率は? 譲れない品質基準は?
  • 買い手(顧客):なぜ当社を選んでくれているのか? 購入後に抱きがちな不安は?
  • 世間(地域・取引先):近隣住民への配慮は? 下請け企業への支払いは適正か?

ポイントは、「世間」を地球環境のような大きな話にしすぎないことです。まずは「会社の隣の家の人」「仕入先」といった、顔の見える範囲の世間から書き出すことが成功の秘訣です。

ステップ2:「やらないこと」を決める(最重要)

三方よしが失敗する最大の原因は、「全部よし」を目指して自社が疲弊することです。これを防ぐために、「売り手よし(自社の利益)」を守るための境界線を引きます。

  • 「利益の出ない無理な短納期対応は断る(受けるなら特急料金をもらう)」
  • 「品質基準を下げるような値引き要求には応じない」
  • 「法令違反スレスレのグレーな仕事はしない」

この「断る基準(ネガティブリスト)」を決めることで、現場の社員は迷いなく動けるようになり、結果として優良な顧客だけが残ります。

ステップ3:買い手よしを「購入後」まで延長する

中堅・中小企業の強みは「距離の近さ」です。「売って終わり」ではなく、その後の「安心」までを商品の一部と考えましょう。

  • 商品と一緒に、手作りの「困った時のQ&A」を一枚入れる。
  • 納品後1週間以内に「不具合はありませんか?」と一本電話を入れる。
  • クレームを「厄介事」ではなく「次の開発のヒント」として全社共有する。

前述の消費者庁のデータにもある通り、顧客は「信頼」を買っています。購入後のフォローを厚くすることは、追加コストをほとんどかけずにできる最高の「買い手よし」です。

ステップ4:世間よしを「取引条件」として整備する

これはBtoB企業にとって特に重要です。大手企業から「貴社のコンプライアンス体制はどうなっていますか?」と聞かれたときに、即座に出せる資料を用意しておきます。

  • ハラスメント防止規定
  • 個人情報保護方針
  • 環境への配慮事項

これらをA4一枚の資料にまとめておくだけで、「説明責任を果たせる信頼できる会社」としての評価が得られます。これは立派な「世間よし」の実装です。

ステップ5:小さな「指標(ものさし)」を入れる

理念を絵に描いた餅にしないために、少しだけ数値を設定します。

  • 売り手よし:粗利率、残業時間
  • 買い手よし:リピート率、紹介件数
  • 世間よし:地域行事への参加回数、ヒヤリハット報告数(事故防止)

これらを月次の経営会議で確認するだけで、意識は劇的に変わります。「今月は利益(売り手)こそ出たものの、残業(働き手・世間)が多すぎたね」といった会話ができるようになれば、経営のバランス感覚が養われます。

三方よしとSDGs・CSRの違い

ここで、よく混同される言葉との違いを整理しておきます。

用語意味・特徴
CSR (企業の社会的責任)利益とは別に、企業が社会に対して果たすべき責任。寄付やボランティアの側面が強い場合がある。
SDGs (持続可能な開発目標)国連が定めた世界共通のゴール。企業の取り組みの「方向性」を示す言語。
三方よし商いの現場で、利益・顧客・社会の同時満足を作る「経営の型」。

CSRやSDGsが「目標」や「説明責任」の文脈で語られることが多いのに対し、三方よしはもっと「現場的」で「実利的」です。「利益と社会性をどう両立させるか」という商売の知恵そのものと言えます。

中堅・中小企業にとっては、難しい横文字を並べるよりも、「三方よし」という日本人のDNAに刻まれた言葉を使うほうが、社員への浸透も圧倒的に早いです。

Q&A

Q1. 業績が厳しく、社会貢献にお金を回す余裕がありません。「三方よし」は儲かっている企業の道楽ではありませんか?
A. 逆です。厳しい時こそ「選ばれる理由」を作るために必要です。「三方よし」=「寄付」と勘違いしてはいけません。本業のプロセスそのものを磨くことです。例えば、製造工程を見直して廃棄ロスを減らすことは、「環境によい(世間よし)」と同時に「コスト削減(売り手よし)」になります。地元の特産品を活用することは、「地域貢献(世間よし)」でありながら「商品の差別化(買い手よし)」になります。

お金をかけるのではなく、知恵を使って「一石三鳥」のポイントを探すことこそが経営の醍醐味です。

Q2. 物価高で値上げをしたいのですが、「買い手よし」に反しませんか?
A. 反しません。むしろ継続的な供給責任を果たすために必要です。単なる便乗値上げは「買い手よし」に反しますが、品質維持や従業員の賃上げ、事業継続のための適正な値上げは、堂々と行うべきです。重要なのは「なぜ値上げが必要か?」「それによって顧客にどんなメリット(供給の安定、品質の向上など)があるか?」をお客様に誠実に説明することです。消費者庁の調査(令和6年度第4回生活意識調査)が示すように、理由に納得し、その企業姿勢に共感すれば、顧客は離れません。値上げの説明責任を果たすことは、立派な「三方よし」の実践です。

Q3. 社員に「三方よし」を浸透させる一番の方法は?
A. 現場での「判断基準」にすることです。朝礼で唱和するだけでは定着しません。見積もりを作る時、クレーム対応をする時、新規事業を考える時などの「迷った瞬間」に、こう問いかけてください。「それは、売り手よし、買い手よし、世間よしの3つを満たしているか?」 この質問を会議で繰り返すことで、社員の中に判断軸ができあがります。判断が揃えば、行動が変わり、やがて文化になります。

まとめ:三方よしは「選ばれ続ける」ための最強の生存戦略

ここまで、三方よしの意味から具体的な実装法までを見てきました。

最後に改めて要点を整理します。

  1. 三方よしは「売り手・買い手・世間」の同時満足を狙う、合理的な経営設計図である
  2. 現代では「信頼」「共感」が購買決定の鍵であり、三方よしはその強力な基盤になる
  3. 「働き手よし」を加えた「四方よし」こそが、人手不足時代の中小企業の正解である
  4. 明日からできるのは、A4一枚の言語化と、「やらないこと(ネガティブリスト)」の決定である

これからの時代、中堅・中小企業が生き残る道は、大企業の真似をして価格競争に挑むことではありません。「あの会社はなくてはならない」「あの会社なら応援したい」と、顧客、従業員、地域社会から「愛される会社」になることです。そのための最短ルートが、古くて新しい「三方よし」の哲学です。

経営者であるあなたは、まずは次の会議でたった一つの問いを投げかけてみてください。

「我々の仕事は、誰を、どのように幸せにしているだろうか?」

その答えの中に、貴社が次の10年、20年を生き抜くためのヒントが必ず隠されています。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。