唐澤経営コンサルティング事務所代表の唐澤です。
中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定のコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
辞めてほしくない社員が退職の意思を固めたら、どう対処するべきなのか?
どの企業にとっても、優秀な人材の離職は大きな痛手です。特に中堅中小企業では、社内のキーマンが退職した際のダメージは、売上や組織のパフォーマンスだけでなく、チームの士気などにも大きく影響します。しかし、単に「辞めないでほしい」と懸命に引き止めるだけでは、根本的な解決につながらないケースが多いことも事実です。
私は経営コンサルタントとして20年間、多くの経営者や管理職の方々の悩みに向き合ってきました。その中でしばしば見られたのが、「辞めてほしくない社員ほど、退職を決意してしまう」という問題です。「いったい何が不満だったのだろう?」「もっと早く対処すればよかった」と、企業側が頭を抱えるケースが少なくありません。
本コラムでは、「優秀な社員が退職を決意したときに、まず考えるべきこと」をメインテーマに、実践的なアドバイスをお伝えします。引き止めの具体的手段や、離職の原因を掘り下げるためのヒント、そして組織全体の改善策に至るまで、段階的に整理していきましょう。
読者の皆さんが自社や自組織を客観的に見つめ直し、一人ひとりの社員がやりがいを持って働き続けられる環境づくりを検討するきっかけになれば幸いです。
人材流出はなぜ問題か?

企業規模に関わらず、人材が流出することはコストやパフォーマンス面に悪影響を及ぼします。特に中堅中小企業では、少人数で業務を回している場合が多く、1人社員が抜けるだけで業務が滞るリスクがあります。さらに、優秀な社員が辞めてしまうとなると、その社員に依存していた知識や技術が流出するだけでなく、周囲のモチベーション低下も招きかねません。
- 採用や教育のコスト
厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概要」によれば、2023年の日本企業全体の平均離職率は15.4%となっています。中堅中小企業の場合、給与や待遇面で大企業と競うことが難しいケースも多く、採用に時間とコストをかけても思ったように人材が定着しにくいという現実があります。また、採用後の教育コストや、現場での研修なども決して軽視できません。

- 組織文化やチームワークの崩壊
社内で高いパフォーマンスを発揮していた社員が辞めてしまうと、同僚や後輩へ与える影響も大きいです。「あの人が辞めるなら自分も…」と考える社員が出始めると、ドミノのように離職の連鎖が起きることもあります。つまり、組織文化やチームワークの土台が揺らぎ、社内の空気が悪化してしまうのです。
このように、人材流出は企業に深刻なダメージを与える可能性があります。だからこそ、「いかにして優秀な社員を失わずに済むか?」が経営における重要課題として捉えられるのです。
「優秀な社員が辞める」本当の理由を知る

優秀な社員を辞めさせたくないと考えるのであれば、まずはその原因を正確に捉える必要があります。引き止め策を講じるにしても、原因を的確に理解しないままでは問題が再発しかねません。よくある退職理由を大きく整理すると、以下のようなパターンが多く見受けられます。
- キャリアビジョンの不一致
「もっと成長したい」「より高度な専門性を身につけたい」といったキャリア志向と、現在の会社で用意されているキャリアパスの不一致により、優秀な社員が離職を考えるケースは少なくありません。上司からの評価は悪くなくとも、自分の将来イメージと会社の方向性が合わないと感じると、退職という選択肢が現実味を帯びてきます。 - 評価・報酬への不満
特に中堅中小企業では、人事評価制度が整っていない、あるいは不透明だというケースが多々あります。努力や成果が正しく評価されない、あるいは給与や賞与といった処遇に十分反映されないと感じれば、どんなにモチベーションが高い社員でも辞める決断をしてしまう可能性が高いです。 - 職場環境や人間関係の問題
ハードワークすぎる、休日が少ない、上司や同僚との関係が悪化している…といった環境面・人間関係面の要因も退職を後押ししやすいです。特に裁量が大きい優秀な社員ほど、仕事量が集中して過重負担になりがちで、精神的にも肉体的にも限界が来れば退職を決意することになります。 - 企業体質・理念への違和感
社員が企業の経営理念やビジョンに共感できない場合、仕事自体にはやりがいや魅力を感じていたとしても、企業の方向性や方針と自分の価値観が合わないために退職を選ぶケースもあります。特に中堅中小企業ではトップの考えが組織に強く影響するため、経営者との価値観のズレが浮き彫りになりやすいです。
退職理由は、社員個人によって事情が異なるため一概に断定はできません。しかし、大きな分類として上記のような要因が複合的に絡み合い、最終的に「もうここではやっていけない」と判断されることが多いのです。
引き止めの前に考えるべきこと

辞めてほしくない社員から「退職します」と打ち明けられたとき、多くの経営者・管理職は驚き、焦り、なんとか引き止めたいと願います。
しかし、ただ単に「会社に残ってくれたら○○円の昇給をする」など、対症療法的に条件を提示するだけでは根本的解決になりにくいです。むしろ、社員の側からすれば「やはりこの会社は、問題を十分に理解していない」と感じ、離職の意思をさらに固めてしまう可能性もあります。
本人の話をしっかり聴く
まずは、本人の退職理由を誠実に聴く姿勢が重要です。
- 傾聴の重要性
退職意向を打ち明けてきた社員が本当に望んでいることは何か、それを明確にするためには、「経営者や上司が心から耳を傾ける」ことが欠かせません。質問責めにするのではなく、相手の言葉を遮らないよう意識しながら、可能な限り丁寧に話を聞いてください。 - アサーティブ・コミュニケーション
アサーティブとは「相手を尊重しつつ自分の意見も率直に伝える」コミュニケーションのことを指します。退職を切り出した社員の意見を受容・共感しつつ、会社としてどのように考えているのかを誠実に伝えていくことが、まずは信頼回復へのスタートラインとなります。
会社としての課題を客観的に把握する
社員が退職を決意する背景には、先に述べたように複数の要因が絡み合っている場合がほとんどです。したがって、経営者や管理職はまず自社の弱点や課題を冷静に洗い出す必要があります。
- 第三者視点の活用
ときには外部の専門家やコンサルタントなど第三者の視点を取り入れ、組織診断を行うのも効果的です。内部の人間だけでは見落としてしまう問題点を客観的に把握しやすくなります。 - 社員アンケートや面談の活用
企業内の課題を広く把握するには、定期的な社員満足度調査や個別面談が有効です。特定の社員だけでなく、全社的にどのような不満や課題があるのかを可視化することで、組織全体の改善を図るヒントが得られます。
対策を検討する前に、“本当にこの社員を残す意義は大きいか”を再確認する
「辞めてほしくない」という感情が先立ちすぎると、冷静にその社員の貢献度や組織のバランスを評価できない場合があります。もちろん優秀な社員であれば惜しい存在であることには変わりないのですが、組織全体にとって必要なのはどのような能力・特性を持った人材なのか、どのような役割を期待しているのかを改めて考えてください。
- 既存の役割と将来の役割のバランス
例えば「今、現場で成績を大きく伸ばしている」という成果はわかりやすいものの、今後3年後、5年後にどのような存在になってほしいかという視点を持つことで、単に現時点で活躍している人材を引き止めるだけでなく、将来の企業ビジョンと照らし合わせて戦略的に判断できるようになります。 - 機会損失とコストを数値化してみる
その社員が退職した際に、どのくらいの損失が生じるかをおおまかに数値化してみると、経営判断がしやすくなります。採用コスト・教育コストだけでなく、顧客との関係性の維持コストや社内ノウハウの喪失リスクなども考慮してください。ここで「本当に高いコストを払ってでも残ってもらうほど重要な人材だろうか?」と自問することは、経営判断としては非常に意義があります。
社員にとっての“より良い未来”を提示できるか?
もし本当に企業として残ってもらいたいと判断するのであれば、その社員が納得できる「より良い未来像」を提示できるかどうかがカギになります。給料や役職といった表面的な条件だけでなく、社員が求めているキャリアビジョンや働き方の希望をどこまで実現できるのかを具体的に示す必要があります。
- キャリア開発へのコミットメント
「3年後にはこのようなポジションを目指し、そのためにこういう研修や実践機会を用意する」「年に一度ではなく、四半期ごとに目標設定と評価を行う」といった具体的なキャリア開発計画を打ち出すことで、社員本人も「この会社でなら成長できる」と感じやすくなります。 - 人事評価制度の整備と透明性
特に中堅中小企業では評価制度が曖昧なままになっているケースが少なくありません。社員が退職を考える大きな原因の一つに「正しく評価されていない」という不満があります。そこで、評価項目や評価プロセスを明文化し、実績が公正に処遇へと結びつく仕組みを整えるとともに、その透明性を社内に周知することが重要です。 - 柔軟な働き方や職場環境の見直し
長時間労働や休日の少なさ、あるいは過度のプレッシャーなどが人材流出を招く原因になっていないか見直しましょう。コロナ禍以降、リモートワークや柔軟な勤務体系を求める社員は確実に増えています。もし業務の性質上、完全テレワークが難しくても、在宅勤務や時差出勤、フレックスなど一部導入できる制度を検討する価値は大いにあります。厚生労働省のデータ(※2)でも、柔軟な働き方を導入する企業の方が社員の離職率が低い傾向があると報告されています。
経営者自身のスタンスを変える
最後に見落とされがちなのが、経営者自身(またはトップマネジメント)の意識改革です。
- 方針・理念の再点検
企業理念や経営ビジョンが「絵に描いた餅」になっていないか確認してください。社員が会社の方向性に強い違和感を抱くとき、往々にしてトップの言動と理念が一致していないケースが見受けられます。 - 社内コミュニケーションの刷新
社長や役員が「現場との対話の場を増やす」「定期的に意見を聞く機会を設ける」といった工夫を続けることで、社員との心の距離が縮まり、離職の予兆にも早めに気づきやすくなります。
Q&A
Q1. 引き止めを成功させる具体的なフレーズや方法はありますか?
A.社員が退職を決意している理由は一人ひとり異なりますので、「これを言えば絶対に成功する」という魔法のフレーズは存在しません。しかしながら、以下のポイントに気をつけるだけでも効果が変わってきます。
- 否定から入らない:「辞めるなんてバカなことを言うな」など、感情的に否定しない。
- 相手の意図を確認する:「今具体的に困っていることは?」「将来的にどんなキャリアを描いている?」など、退職理由や不満の背景を理解する質問をする。
- 客観的事実を共有する:どのくらい会社に貢献しているのか、数字や具体的事例で伝え、本人の価値を再認識してもらう。
- 未来像の提案:単なる金銭的メリットだけでなく、役割拡大やスキルアップなど本人にとって魅力ある未来を見せる。
Q2. 給与アップの提案は最終手段として用いるべきでしょうか?
A.基本的には給与アップだけでは根本解決にならないケースが多いです。待遇改善は大切ですが、それだけで社員のキャリアビジョンや人間関係、社内環境に関する不満を一気に解消することは難しいでしょう。むしろ「お金で解決しようとしている」と社員が感じてしまえば、職場への愛着を失ってしまうリスクもあります。したがって、あくまで総合的な対話の中で「公正な評価と待遇の見直し」が重要であり、給与アップは「多角的な施策の一部」と考えることをおすすめします。
Q3. 会社として今すぐに動きたいのですが、どのようなステップで進めるのが良いでしょうか?
A.以下のステップで進めるのがおすすめです。
- 現状把握:まずは退職意向を示している社員の声を聴き、同時に組織全体の実態を調査する。
- 原因分析:社員の退職理由だけでなく、自社の制度や環境、評価体制などの課題を明確化。
- 改善策の検討:社員本人への具体的なオファー(キャリア開発、待遇、働き方など)と、組織全体の制度改訂や風土改革を同時進行で考える。
- コミュニケーション:経営者・管理職から社員へ明確な方向性とメッセージを示し、社員の意見を反映できる仕組み(定期面談など)を構築する。
- フォローアップ:離職を防げたとしても、その後のフォローを怠ると再燃する恐れがあるため、継続的に様子を確認・支援する。
Q4. もし社員を引き止めることが難しい場合、どう対処すべきでしょうか?
A.社員がすでに退職の意志を固めている場合、最善を尽くしても思いとどまらないケースはあります。その際には、以下の点を考慮してください。
- 円満退職をサポートする:退職者が会社に対して悪い印象を持たず、社外でも企業の評判を落とさないように配慮する。
- 知識・ノウハウを引き継ぐ体制づくり:離職者が持っている顧客情報や業務マニュアルを整理し、他の社員が活用できるようにする。
- 退職者との関係維持:退職者がフリーランスや起業などの形で将来的に協業できる可能性もあります。感情的にこじれず、良好な関係を保っておくことは、長期的に見れば企業にとってプラスに作用します。
まとめ:社員の自尊心を満たす“対話”が最強の施策
辞めてほしくない優秀な社員が退職を決意したとき、経営者や管理職は誰しも「どうして?」と動揺します。しかし、ただ単に「残ってほしい」と感情的に訴えかけるだけでは問題の根本解決にはなりません。大切なのは、まず社員自身がどのような理由で退職を考えているのかを丁寧に聞くこと。そして会社としてどんな課題があるのかを冷静に分析し、改善策を打ち出すことが不可欠です。
また、引き止めるべきかどうかの判断においても、「企業の将来ビジョンに沿った必要性がある社員なのか」を見極めましょう。優秀な社員を引き止めることは重要ですが、そのためにはキャリアパスの提示や評価制度の整備など、総合的な人材マネジメントの改革が必要になります。これは単に退職する社員を引き止めるためだけではなく、組織全体の活性化や他の社員の離職予防にも大きく寄与します。
最後に、経営者自身が会社の理念や方針を再点検し、社員とのコミュニケーションを深めることで、組織の結束力を高める効果も見込めるでしょう。退職を検討する社員の存在は、会社を変えるきっかけにもなり得ます。離職を「問題」として捉えるだけでなく、「企業を成長させるためのチャンス」として再認識し、組織全体をより良い方向へ導くきっかけにしていただければと思います。
優秀な人材が定着する企業は、そこに働く全ての社員が共通の目標やビジョンを共有し、互いを尊重できる社風を持っています。中堅中小企業においても、十分に実行可能な施策は多くあります。本コラムを参考に、自社の課題を洗い出し、社員一人ひとりが「ここで働き続けたい」と心から思える環境づくりに挑戦してみてください。
唐澤経営コンサルティング事務所では、コーチングとコンサルティングを融合したアプローチで、経営者が組織の課題を把握し、適切なマネジメントを実行できるよう支援しています。
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