唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
中堅中小企業の経営者や役員、管理職の方々とお話をしていると、「他の会社では、昇進は何を基準に誰が決めているのか?」という質問を受けることがあります。私自身、経営コンサルタントとして多くの現場を見てきましたが、納得感のない昇進・人事施策は、社員のモチベーション低下や優秀な人材の流出など、企業の成長に大きな悪影響を及ぼしかねません。
本コラムでは、「昇進は誰が決めるのか」が組織にとってなぜ重要なのか、また「納得感のない人事」が招く危険性とその対処法について、可能な限りわかりやすく解説していきます。「現在の人事は本当に公正なのか?」「社員から見ても納得できる仕組みになっているのか?」といった経営者・管理職のみなさんの疑問に応えつつ、組織を健全に保ち、さらなる成長へと導くヒントになれば幸いです。
なぜ「昇進を決める仕組み」がこれほど重要なのか?
組織の生産性と信頼を左右するキーポイント
人事制度の中でも「昇進の仕組み」は、社員のやる気と組織の信頼関係を大きく左右する重要な要素です。経営者の立場からすれば、誰を管理職や役員に登用するかで、将来の会社の方向性や組織文化が変わるといっても過言ではありません。実際に、帝国データバンク「リーダー人材不足に関する企業の意識調査」によると、企業の67.8%がリーダー人材の不足を実感しており、その育成が喫緊の課題となっています。

中堅中小企業特有の昇進決定プロセス
大企業であれば、ある程度システム化された人事評価制度を運用している企業も多いでしょう。しかし中堅中小企業では、経営者やオーナー、あるいはその周囲のごく少数の人々の判断によって昇進が決定されるケースが少なくありません。また、「長年勤めたから」「売上が良かったから」といった短絡的な理由で昇進が決まってしまうこともあります。しかし、そのような不透明なプロセスは、周囲の社員から見ると「なぜあの人が?」という疑問を生み、組織全体のモチベーションに影響を及ぼします。
納得感のない人事が組織を壊す理由

理由①:社員の不信感・不満が高まる
納得感のない昇進が繰り返されると、社員のなかに「どうせ上に気に入られた人だけが得をするのだろう」「努力しても報われない」という不満やあきらめの気持ちが芽生えます。せっかく優秀な人材を採用しても、評価されないと感じた人材は力を出し切らずに離職を検討する可能性が高まります。これは企業にとって大きな損失です。
理由②:組織内部に「分断」が生まれる
人は「自分たちは正当に扱われていない」と感じると、自然と社内の派閥や噂話が増え、コミュニケーションも停滞していきます。例えば、「A部長のお気に入りだから昇進したんだろう」といった憶測が広まると、チームワークが壊れるだけでなく、業務上の連携にも影響が出ます。最悪の場合、組織全体がバラバラになり、戦略を推進できなくなる危険性すらあります。
理由③:リーダーシップの質が低下する
適切な評価基準がないまま昇進したリーダーは、必要なリーダーシップスキルを身につける前に重要なポジションに就いてしまいます。その結果、チームをうまくマネジメントできず、業績や社員の育成に悪影響が出るケースが少なくありません。リーダー層のレベルが低い組織は、成長どころか停滞や衰退に向かうリスクが高まります。
昇進を決めるのは誰か?本来のあるべき姿

経営者・役員だけで決めるリスク
中堅中小企業の場合、昇進の決定権を経営者やオーナーひとり、もしくは少数の役員だけが握っていることが多いです。しかし、それだけで完結させてしまうと、主観や個人的な好みが入り込みやすくなります。「情が深いから」「付き合いが長いから」といった理由で昇進を決めてしまうと、社員から公正性を疑われるのは当然のことでしょう。
多面的な評価と合議制の活用
理想は、当人をよく知る上司や同僚の意見、営業成績や成果物など定量データ、多角的な視点を用いて「合議制」で決める方法です。もちろん、合議制にも時間と手間がかかるというデメリットはありますが、公正性を担保し、人材選抜で失敗しにくいというメリットは非常に大きいです。もし合議制が難しい場合でも、複数の管理職や第三者の意見を踏まえて決定する仕組みをつくるだけでも、社員が納得しやすくなります。
評価基準は「事業戦略」と「組織文化」に紐づける
昇進や評価は、「(一時的に)大きな売上を達成した」「勤続年数が長い」といった表層的・一元的な基準で判断すべきではありません。企業の事業戦略と組織文化に照らし合わせた上で、「そのポジションに本当に必要とされる役割とは何か」を明確化することが出発点です。次に、その役割にふさわしい人材像を「どのような行動特性・成果・価値観を示す人物か」という観点で定義し、その要件を満たす人物にこそ、昇進や登用の機会を与えるべきなのです。これは、「功ある者には禄を、徳ある者には地位を」という原則の実践です。成果を上げた者には相応の報酬を、組織の価値観や文化を体現する徳ある人材には、組織を導く立場(地位)を与えるのです。つまり、「功ある者と徳ある者は区別する」ことこそが重要なポイントとなります。
このように、「功ある者と徳ある者を区別した上で、戦略と文化に紐づいた評価・登用を設計すること。これこそが、社員に「この会社では、何が評価され、何が登用につながるのか」という明確なメッセージを伝え、組織全体の納得感・エンゲージメントを高めていくのです。
納得感を生む昇進制度のポイント

ポイント①:役割・責任範囲の明文化
誰をどの役職に就けるのかを考える上で重要なのは、各役職に期待される役割や責任範囲を明確にすることです。例えば、「部長は部門全体の業績管理を担い、次世代のリーダーを育成する責任がある」「課長は部署目標の達成を牽引するとともに、部下のフォローアップを行う」といった形で、具体的に明文化しておきましょう。社員が「どういう人材が部長や課長になるべきか」を理解できるようにすることで、人事への不満を減らせます。
ポイント②:評価プロセスの透明化
仮に評価基準があっても、それがどのようなプロセスで運用・決定されているのかが曖昧では意味がありません。「誰がいつ、どのような基準で評価を行い、最終的に決定を下すのか」を明示する必要があります。これには定量的な指標(営業成績、利益率、顧客満足度など)だけでなく、定性的な指標(リーダーシップ、チームビルディング、コミュニケーション能力など)を組み合わせ、評価期間や面談回数、合議のプロセスをきちんと設定することが重要です。
ポイント③:継続的なフィードバック文化の確立
実際に評価されるのは年に1回や2回であったとしても、日常的なフィードバックは欠かせません。管理職や経営陣と社員が定期的に面談を行い、評価ポイントや課題、次のキャリアステップなどを話し合う文化をつくることで、社員の不安や誤解を最小限に抑えることができます。特に中堅中小企業においては、社員一人ひとりのモチベーション管理が業績に直結しやすいため、こまめなコミュニケーションが大切です。
ポイント④:昇進後のフォローアップ
昇進はゴールではなくスタートです。新たな役職で必要となるスキルや知識を身につけるために、研修制度やメンター制度を整えることが不可欠です。適切なトレーニング機会や周囲のサポートがない状態で、責任だけを押し付けられると、せっかく昇進した社員が戸惑ってしまい、結果としてパフォーマンスを発揮できない可能性があります。「昇進後の活躍」こそが、組織に貢献する真の価値です。

Q&A
Q1.小規模な会社で合議制を導入するのは現実的ですか?
A. 小規模な組織では確かに人数も限られており、合議制にすると「顔なじみばかりで結局同じような判断になるのでは?」と懸念されることがあります。しかし、仮に部門が少なくても、多角的な視点を取り入れる工夫は可能です。例えば、経営者や役員だけでなく、該当社員と日常的に接している上司や同僚といった「直接の観察者」からの評価を聞く場をつくるだけでも、主観的な判断のリスクを大きく下げられます。
Q2.社長の一存が強い企業で「公平な昇進」は実現できるのでしょうか?
A. 社長が大きな権限を持つのは中堅中小企業ではよくあることです。ただしその場合でも、「社長は最終決裁者であり、評価データや合議制の意見を十分に尊重する」というプロセスを組み込むことは可能です。最終決定権を持つ人物がいても、決定までのステップが公正で透明性が高ければ、社員も納得しやすくなります。
Q3.評価基準を公開すると、逆に不満が増えることはありませんか?
A. 確かに、評価基準の一部を開示すると「自分の数字はここまで達しているから、なぜ昇進できないのか?」といった新たな不満を生む可能性があります。しかし、それ以上にメリットは大きいと感じます。評価基準が曖昧なままだと、社員は自分が何を努力すべきかわからず、不透明感による不満の方が広がりやすいからです。もちろん、評価基準の運用にブレがあると反発を招きますので、常にアップデートと説明が必要になります。
Q4.昇進後に実力不足が判明したら降格させるべき?
A. 降格という手段をすぐに取るのではなく、まずは研修や周囲のサポート、明確な改善指導など、フォローアップの仕組みを整えることが大切です。確かに、企業にとって重要なポジションで成果が出ない場合、降格や配置転換を検討せざるを得ない局面はあります。ただしいきなり降格させると、組織の雰囲気がギスギスする原因にもなるので、順を追って慎重に対応することをおすすめします。
まとめ
昇進をめぐる人事制度が公正でなかったり、不透明だったりすると、社員のモチベーションは下がり、優秀な人材が離れていくなど、企業にとって大きな損失を生みます。逆に、「誰が」「どのような基準で」「どんなプロセスを経て」昇進を決定するのかを明確にし、組織全体が納得できるルールを運用できれば、社員は自分のキャリアや会社の未来に希望を持ち、組織は強固なチームワークで発展していきます。
特に中堅中小企業は大企業と比べて、組織規模や人的リソースに制限はありますが、その分意思決定が早く、制度を改善しやすいという利点があります。大きな改変を一度に行うのではなく、試験導入や小規模の取り組みから始めることも十分可能です。大切なのは、たとえ小さな工夫でも、継続的に改善していく姿勢を経営者自身が示すことです。
私は経営コンサルタントとして、人事制度を改善することで、組織の活力を高めるお手伝いを数社してきました。経験上、昇進制度の整備は「組織力の底上げ」につながる重要なテーマの1つだと考えています。このコラムが、経営者・役員・管理職の皆さまにとって、自社の人事評価や昇進制度を見直すきっかけとなれば幸いです。社員の納得感を高めながら、組織全体の成長を加速させるために、ぜひ本稿でご紹介したポイントを参考にしていただければと思います。
今後もあなたの会社が大きく飛躍し、安定した経営基盤と活気ある職場を実現されることを心より応援しております。
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