唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。

「うちはいつも目の前のことで手一杯で、なかなか将来のことが考えられないんだよね」「もっと大きな視点で事業を見つめ直したいけれど、何から手をつければいいのか…」

もしあなたがそのように感じているなら、今日のコラムはきっとお役に立つでしょう。

私が中堅中小企業を支援する中で感じるのは、多くの企業が戦略と戦術の違いを曖昧なまま事業を進めている、ということです。この違いを理解し、適切に使い分けることが、持続的な成長を実現する鍵となります。

「戦略」と聞くと、大企業やグローバル企業が使う難解なものだと感じるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。中堅中小企業にこそ、シンプルながらも強力な戦略的思考が求められます。 このコラムでは、「戦略」と「戦術」の考え方について、具体例を交えながらわかりやすく解説します。読み終える頃には、あなたの会社の未来を切り拓くヒントがきっと見つかるはずです。

戦略と戦術、あなたは本当に理解していますか?

まず、「戦略」と「戦術」という2つの言葉が持つ本来の意味から見ていきましょう。

戦略とは「目的達成のために、資源を何に集中するかを選択すること」

戦略とは、簡単に言えば「目標達成のために、限られた経営資源(人材、資金、時間など)をどこに集中させるかを選択すること」です。会社のビジョン、ミッション、そして長期的な目標を実現するために、どのように「戦い方」をするのかを定める、いわば「グランドデザイン」です。

羅針盤に例えるなら、戦略は目的地とその方向を指し示します。そして、そこに到達するためにどのルートを通り、どの燃料を最も効率的に使うかを決めるのが戦略です。例えば、「3年後に地域で一番顧客満足度の高いITサービス企業になる」という目標があるとします。この目標を達成するために、「顧客の課題解決に特化したソリューションに重点的に資源を投下し、手厚いアフターサポート体制の構築に人材と資金を集中させる」といった大枠の方向性が戦略にあたります。

戦略は、以下の4つの要素を含みます。

  • 目標設定: 最終的にどこに到達したいのか。
  • 市場選択: 誰を顧客とし、どの市場で勝負するのか。
  • 競合優位性: 競合他社に比べて、自社は何で勝つのか。
  • 資源配分: 限られた人材、資金、時間をどこに集中させるのか。

中堅中小企業の場合、多くは限られた経営資源の中で戦っています。だからこそ、どこに資源を集中し、何を捨てるかという戦略的な意思決定が極めて重要になります。あれもこれもと手を出すのではなく、自社の強みを活かせる領域に絞り込む勇気が必要なのです。

戦術とは「戦略で定めた目的に向かって、どのように実行するか」を示す具体的な手段

一方、戦術とは「戦略で定めた目的を達成するために、具体的にどのような手段や行動をとるか」ということです。羅針盤で目的地と方向が決まり、どの資源をどこに集中させるかが決まったら、実際にそこへ向かうための「具体的な移動手段」や「ルート上の具体的な行動」を決めるのが戦術です。

上記のITサービス企業の例で言えば、「顧客の課題解決に特化したソリューションに重点的に資源を投下し、手厚いアフターサポート体制の構築に人材と資金を集中させる」という戦略に対し、以下のような戦術が考えられます。

  • 既存顧客へのヒアリング強化によるニーズ把握に営業人材の時間を集中
  • 特定の業界に特化したSaaS(Software as a Service:インターネット経由で利用できるソフトウェアサービス)の開発に開発資金を集中
  • IT導入補助金活用セミナーの定期開催による見込み顧客獲得にマーケティング費用を集中
  • 顧客からの問い合わせに24時間以内に対応する体制の構築にサポート人材を集中
  • サポート担当者の専門知識向上のための研修実施に教育費用を集中

戦術は、日々の営業活動、マーケティング施策、製品開発、人材育成など、具体的な実行プランの集合体です。戦略が「何をすべきか、どこに資源を集中するか」を大局的に示すのに対し、戦術は「どうやってそれを実行するか」を詳細に実行に移すものです。 戦略が優れていても、戦術が伴わなければ絵に描いた餅です。逆に、戦術がいくら優れていても、間違った戦略に基づいていれば、努力は空回りしてしまいます。

戦略と戦術の関係性:車の両輪

戦略と戦術は、車の両輪のような関係にあります。どちらか一方だけでは、目標に向かって進むことはできません。

  • 戦略なき戦術は「闇雲な行動」:目的地も決めずに、またどこに資源を集中すべきかも決めずにただ走り回るようなもので、いくら頑張ってもゴールにはたどり着けません。
  • 戦術なき戦略は「絵に描いた餅」:目的地は決まっており、資源の集中先も決まっているのに、どうやって行くか具体的な方法がなければ、いつまでたっても出発できません。

この関係性を理解し、常に両方を意識して事業を組み立てることが、成功への第一歩となります。

なぜ、多くの中小企業が戦略と戦術を混同するのか?

なぜ戦略と戦術を混同してしますのでしょうか?考えられる主な理由を挙げていきます。

理由①:目先の業務に追われている

多くの中堅中小企業経営者は、現場の最前線で陣頭指揮を執っています。日々の売上、顧客対応、従業員のマネジメント、資金繰りなど、目の前のタスクに追われ、長期的な視点で考える時間がなかなか取れないのが実情です。

しかし、これは非常に危険な状態です。目の前のタスクをこなす「戦術」だけに終始し、肝心の「戦略」を考える時間がなければ、羅針盤を持たずに航海に出るようなものです。いつか暗礁に乗り上げるか、気づけば別の場所にたどり着いてしまうかもしれません。

理由②:「なんとなく」の成功体験への固執

過去の成功体験は素晴らしい資産です。しかし、市場環境は常に変化しています。かつて成功した「戦術」が、今の市場でも通用するとは限りません。

例えば、かつては飛び込み営業や電話営業が有効な戦術だったかもしれません。しかし、インターネットが普及し、顧客が自ら情報を収集するようになった現代では、SNSマーケティングやコンテンツマーケティングといった新たな戦術が求められます。過去の成功体験に固執し、資源配分の方向性である戦略そのものを見直さない限り、あなたの会社は衰退の一途を辿る可能性があります。

理由③:経営層の「戦略的思考」不足

中堅中小企業の場合、経営者が戦略的思考の訓練を受けていないケースも少なくありません。創業者の「勘と経験」で事業を伸ばしてきた企業も多いですが、事業規模が拡大し、競争が激化する現代において、より論理的で体系的な戦略的思考が不可欠です。

戦略的思考とは、現状を分析し、将来を見据え、論理的な根拠に基づいて資源をどこに集中させるかという意思決定を行う能力です。これは先天的な才能ではなく、学ぶことで身につけられるスキルです。

理由④:外部環境の変化への鈍感さ

市場の変化、競合の動向、技術の進化、顧客ニーズの変化など、外部環境は常に変動しています。これらの変化を敏感に察知し、自社の戦略に反映させる必要があります。

中堅中小企業では、外部情報を体系的に収集・分析する仕組みが不足している場合があります。そのため、気づかないうちに自社の戦略が市場とズレてしまい、戦術だけを懸命に改善しようとしてしまうのです。これは、間違った目標に向かって資源を投下し続けるようなものです。

成功するビジネスの考え方:戦略を「つくり」、戦術を「磨く」

では、どのようにすれば「戦略」と「戦術」を適切に使い分け、ビジネスを成功に導けるのでしょうか?ここでは具体的なステップを見ていきましょう。

ステップ1:現状を正確に把握する(外部環境・内部環境分析)

戦略を立てる上で、まず最も重要なのが「現状を正確に把握する」ことです。これは、外部環境と内部環境の2つの側面から分析します。

外部環境分析:市場と競合の動向を見極める

外部環境とは、自社を取り巻く市場、顧客、競合、技術、法律、経済状況など、自社ではコントロールできない要因のことです。これらを分析することで、自社にとっての機会と脅威を洗い出します。

難しく考える必要はありません。大切なのは、以下の問いに真剣に向き合うことです。

  • 市場のトレンド:今、世の中で何が流行しているか?顧客のニーズはどのように変化しているか?(例:健康志向の高まり、オンライン化の進展)
  • 競合の動向:競合他社はどんな商品を出し、どんなサービスを提供しているか?彼らの強み・弱みは何か?(例:A社は価格で勝負、B社は品質で差別化)
  • 技術の進化:新しい技術は自社の事業にどのような影響を与えるか?(例:AIの導入、クラウドサービスの普及)
  • 法改正・規制:法律や規制の変更は自社にとって有利か不利か?(例:インボイス制度の導入、働き方改革)

特に中堅中小企業にとって大事なことは、顧客の声を徹底的に聞くことです。既存顧客へのヒアリング、アンケート調査、クレーム内容の分析などから、生きた情報を収集しましょう。

内部環境分析:自社の強みと弱みを客観的に評価する

内部環境とは、自社の経営資源(人材、技術、ブランド、資金、ノウハウなど)のことです。これらを分析することで、自社の強みと弱みを洗い出します。

  • 強み:競合他社にはない、自社独自の優位性は何ですか?(例:熟練の職人技、地域に根差した信頼関係、特定の技術特許、顧客データベース)
  • 弱み:自社が改善すべき点、競合に劣る点は何ですか?(例:ITスキルの不足、資金力の弱さ、特定の顧客に依存しすぎていること、人材不足)

自社の従業員や役員、信頼できる取引先などに「当社の良いところと悪いところは何だと思いますか?」と聞いてみるのも良いでしょう。客観的な視点を取り入れることが重要です。

これらの分析を通じて、「自社は何ができるのか(強み)」と「市場は何を求めているのか(機会)」の接点を見つけることが、成功戦略の出発点となります。

ステップ2:明確な戦略目標を設定する

現状把握ができたら、いよいよ戦略目標の設定です。良い戦略目標には以下の特徴があります。

  • 具体的であること(Specific):曖昧な目標ではなく、誰が聞いてもわかるように具体的に示す。「売上を上げる」ではなく「BtoB顧客の契約数を年間100件増やす」。
  • 測定可能であること(Measurable):達成度を数値で測れるようにする。
  • 達成可能であること(Achievable):現実的に達成可能な範囲で設定する。高すぎず、低すぎず。
  • 関連性があること(Relevant):会社のビジョンやミッションと関連していること。
  • 期限があること(Time-bound):いつまでに達成するか、期限を設ける。

これらをまとめてSMARTの法則と呼びます。

例えば、「3年後に地域で最も支持されるウェブ制作会社になる」という目標を設定した場合、これを具体的な戦略目標に落とし込むと、以下のようにブレイクダウンできます。

  • 「既存顧客からの紹介案件の割合を現在の30%から50%に引き上げる(紹介率向上)」
  • 「特定業界(例:医療機関)に特化したウェブサイト制作で、マーケットシェア20%を獲得する(専門性強化)」

戦略目標は、社内で共有し、全員が同じ方向を向いて進めるように、分かりやすく伝えることが重要です。

ステップ3:戦略を立案する(「どこで」「どうやって」勝つか、どこに資源を集中するか)

戦略目標が定まったら、それを達成するための大枠の方向性、つまり「戦略」を立案します。ここでは、主に以下の3つの視点から考えます。

視点① ターゲティング:誰を顧客にするか?

中小企業の場合、全方位にサービスを提供することは困難です。自社の強みが最も活かせる、特定の顧客層(ターゲット)に絞り込むことが重要です。

  • どのような業界の企業を狙うか?
  • どのような規模の企業を狙うか?
  • どのような課題を抱えている企業を狙うか?

例えば、「人手不足に悩む中堅中小製造業向けに、AIを活用した生産管理システムを提供する」といった具合に、ターゲットを明確にすることで、提供する価値も明確になります。そして、このターゲット顧客の課題解決に資源を集中するという選択をします。

視点② ポジショニング:競合に差をつける「独自の立ち位置」は?

ターゲット顧客に対して、競合他社には真似できない、自社ならではの「独自の価値」をどのように提供するか、を考えます。これがポジショニングです。

  • 価格で勝負するのか?(コストリーダーシップ戦略)
  • 品質やサービスで差別化するのか?(差別化戦略)
  • 特定分野に特化するのか?(集中戦略)

価格競争は体力勝負になりがちで、多くの中小企業には不向きな場合が多いです。むしろ、高品質なサービス、きめ細やかなサポート、特定のニッチ市場での専門性など、中堅中小企業だからこそ提供できる価値を突き詰めることが成功のカギとなります。

例えば、「他社にはできない、オーダーメイドの複雑なシステム開発に対応する」「24時間365日の手厚いサポートで、顧客の不安を徹底的に解消する」といった独自の立ち位置を確立します。そして、その独自の価値提供に必要な領域に経営資源を集中させる選択をします。

視点③ リソース配分:どこに経営資源を集中させるか?

「限られた経営資源をどこに集中させるか」という意思決定は、まさに戦略の中核をなす要素です。

  • 人材育成に投資するのか?
  • 新しい技術開発に投資するのか?
  • マーケティング費用を増やすのか?
  • 特定の製品ラインナップに注力するのか?

あれもこれもと手を出すのではなく、自社の強みを活かし、目標達成に最も寄与する領域に経営資源を集中させる勇気が必要です。「選択と集中」こそが、中小企業の戦略を成功させる要となります。

ステップ4:具体的な戦術を立案・実行する

戦略が固まったら、いよいよ具体的な戦術の立案と実行に移ります。戦略で定めた方向性に基づき、各部門や担当者が「何を」「いつまでに」「どのように」行うかを具体的に計画します。この時、集中すると決めた資源を最も効率的に使うための具体的な方法を考えます。

例えば、戦略が「高品質・高付加価値なサービス提供による差別化」であり、そのための資源集中が「顧客サポート体制の強化」であるとします。この場合、以下のような戦術が考えられます。

  • 営業戦術
    • 既存顧客への定期的な訪問によるニーズ深掘り(人的リソースを既存顧客に集中)
    • 顧客課題解決型営業(ソリューション営業)の徹底
    • 紹介制度の強化とインセンティブ設計
  • マーケティング戦術
    • 専門性を示すブログ記事やホワイトペーパーの作成・公開(情報発信にかかる時間を集中)
    • 顧客の成功事例をまとめた導入事例集の制作
    • 特定の業界に特化したオンラインセミナーの開催
    • 顧客の声を活用したSNSでの情報発信
  • 製品・サービス開発戦術
    • 顧客の潜在ニーズを掘り起こすための定期的なアンケート調査(開発リソースをニーズ把握に集中)
    • 新技術(AI、IoTなど)の導入可能性を検証するR&D(Research & Development:研究開発)チームの設置
    • 既存サービスの品質向上に向けた定期的な見直し
  • 人材育成戦術
    • 専門知識・スキルの向上のための外部研修参加支援(教育費用を専門性向上に集中)
    • OJT(On-the-Job Training:実務を通じた研修)の強化とメンター制度の導入
    • 顧客対応力向上のためのロールプレイング研修

戦術は、PDCAサイクル(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)を回しながら、常に改善していくことが重要です。計画通りに進まないことも多々あります。その際は、原因を分析し、戦術を見直す柔軟性が求められます。

ステップ5:定期的に「戦略」を見直し、「戦術」を磨く

市場環境は常に変化しています。一度策定した戦略が永久に有効であるとは限りません。経済状況の変化、競合の新たな動き、技術革新、顧客ニーズの多様化など、外部環境の変化を常にモニタリングし、必要に応じて戦略を見直す必要があります。これにより、資源を集中すべき対象が変化していないかを常に問い直します。

少なくとも年に一度は、経営層で集まり、策定した戦略が現状に即しているか、目標達成に貢献しているか、改めて検証する場を設けましょう。場合によっては、大胆な戦略転換が必要になることもあります。 一方で、戦術はより頻繁に、PDCAサイクルを回しながら磨き続ける必要があります。うまくいかない戦術はすぐに改善し、効果の上がっている戦術はさらに強化するなど、日々のオペレーションの中でカイゼンを積み重ねていくことが重要です。

具体事例に学ぶ:戦略と戦術の成功と失敗

ここでは、戦略と戦術の理解が成功にどのようにつながるのか、またその逆のケースを具体的事例を基にご紹介します。

【実在事例①】スーパーマーケット「福島屋」の「物語」を売る戦略

概要
東京・羽村市に本店を構えるスーパーマーケット「福島屋」は、かつては特売やチラシを活用する一般的な小売店でした。しかし、価格や効率を最優先する大手資本の戦略とは一線を画し、「本物の価値」を追求する独自の路線へと転換。現在では六本木や虎ノ門、秋葉原にも出店し、食への関心が高い都市部の顧客から厚い支持を集めています。

徹底的な現状分析と戦略転換

  • 外部環境分析
    1990年代以降、スーパー業界は「価格競争」や「品揃えの豊富さ」「利便性」で激しく争ってきました。その一方で、均質な商品に飽き、背景にある「作り手の哲学」「安心」「物語性」に価値を見出す顧客層が存在することに、福島屋は着目しました。
  • 内部環境分析
    福島屋の核となる強みは、創業者・福島徹会長による「本当に美味しくて体に良いものだけを届けたい」という理念です。「納得のいく商品がなければ棚を空ける」という仕入れ方針に象徴されるように、利益よりも品質を優先する姿勢が経営全体に貫かれています。

これらの分析から導き出されたのが以下の戦略です。

  • 戦略目標
    「福島屋でしか手に入らない、本物の価値」を提供し、価格競争から脱却した“オンリーワン”の存在として熱狂的ファンを獲得する。
  • 戦略
    安売り競争には一切参加せず、商品の背後にある「物語(生産者の哲学・製法)」まで含めた価値提供に特化。仕入れ、商品開発、人材育成の全リソースをこの目的に集中。
  • ターゲット
    価格よりも「本物であること」「おいしさ」「安全性」を重視し、情報に対して感度の高い食の探究層。

具体的な戦術実行

  • 仕入・商品開発戦術
    • 福島会長自らが全国の生産者を訪ね、哲学やこだわりに共感できる相手とだけ直接取引を行う。納得できる商品がなければ、棚を空けることも辞さない。
    • 生産者と共同で独自のプライベートブランド商品を開発。農産物の余剰活用や地域連携により、価値創造型のパートナーシップを構築。
  • 販売戦術
    • 名物の手書きPOPには、商品の味だけでなく生産者の人柄や製造の背景、おすすめの食べ方までが熱量高く記載され、物語として価値が伝えられる。
    • スタッフは単なる販売員ではなく“語り部”として商品を伝える役割を担う。生産現場の知識や陳列・編集力を高める教育が施されている。
  • マーケティング戦術
    • 特売チラシやポイントカードによる価格訴求は行わず、商品の本質的な魅力と情報提供に集中。
    • 店舗そのものがメディアとして機能。こだわりの商品、熱意のあるPOP、知識豊富なスタッフによる「唯一無二の買い物体験」が、顧客からの高評価と口コミを生み出している。

成果と評価
福島屋は価格訴求を一切行わずに、価値重視の顧客層から「高くても福島屋で買いたい」という支持を獲得。こうした熱狂的なファンの存在が、羽村の本店から都心(六本木・虎ノ門・秋葉原)への出店を後押ししました。その評判はメディアやSNSでも広まり、福島屋は「食のセレクトショップ」としてのブランドを確立しています。

本事例は、戦略の一貫性、資源の集中、哲学の実装を通じて市場の隙間を確実に捉えた「一点突破型ビジネスモデル」の好例です。

【実在事例②】マツダ「5チャンネル体制」の失敗と「選択と集中」による復活概要

ロータリーエンジンなどで独自の技術力を誇るマツダ。しかし、バブル経済期の1980年代末から90年代初頭にかけて、トヨタのような「総合自動車メーカー」を目指して進めた急速な拡大戦略が裏目に出て、深刻な経営危機を招きました。

■戦略不在の拡大路線(5チャンネル体制)がもたらした混乱
当時のマツダは、国内販売網を「マツダ」「ユーノス」「アンフィニ」「オートザム」「オートラマ」の5つに再編し、多チャンネル戦略を展開しました。これは、トヨタの多チャンネル戦略に倣ったものでしたが、マツダの経営資源規模と釣り合わないものでした。各チャネル専用に多数の新型車を投入したことで、販売・開発体制は早期に破綻をきたします。

  • リソースの過度な分散
    5つのチャネルに対応する車種を展開した結果、同一プラットフォームから派生した類似車(バッジエンジニアリング車)が多数登場。たとえば「ユーノス プレッソ」と「オートザム AZ-3」は事実上同一車種であり、デザインや販売先を変えただけでした。これにより、開発リソースが分散し、一台ごとの完成度が低下。コスト増も経営を圧迫しました。
  • ブランド価値の希薄化と社内競合
    チャネルごとの差別化が不十分で、似通ったモデルが各店で販売された結果、顧客の混乱や販売競合が頻発しました。「マツダらしさ」が見えにくくなり、ブランド全体の認知や信頼も低下しました。
  • 顧客および販売現場の混乱
    「高級路線のユーノス」「スポーツ志向のアンフィニ」などのコンセプトは存在したものの、実態としては明確な違いが伝わらず、「どの店舗でどの車が買えるのか分からない」といった顧客の声も多発。販売スタッフでさえ車種の把握に苦慮するほどで、現場オペレーションにも支障をきたしました。

戦略転換と復活の道
身の丈に合わない「フルラインメーカー化」を目指したことで、マツダは自社のコアを見失っていました。バブル崩壊後の1996年、マツダは経営危機に対応するため、フォードからの出資比率引き上げ(33.4%)を受け入れ、抜本的な経営改革に着手します。その後、フォード主導のコスト削減や車種統合などを経て、2000年代後半以降は独自戦略により復活を遂げていきます。

2010年代に入ると、マツダは明確な「選択と集中」戦略のもとで競争力を取り戻しました。

  • 戦略
    トヨタやホンダのような「規模の勝負」を避け、「デザイン」と「走り(人馬一体のドライビング体験)」という、自社の得意領域でトップを目指すポジショニングに転換。
  • 戦術
    • 技術の集中:
       内燃機関の進化に注力し、エンジン・シャシー・ボディ・トランスミッションをゼロから設計した統合技術「SKYACTIV TECHNOLOGY」を開発。燃費・性能・環境性能を高次元で両立する技術基盤を構築。
    • デザインの集中:
       「魂動(KODO)– Soul of Motion」というデザインテーマを全車種に導入。生命感や動的な美しさを訴求し、ブランドとしての統一感と差別性を確立。

さらにマツダは、「北米市場の重視」や「SUVの比率拡大」「モデル数の最適化」など、グローバル経営戦略の中でも選択と集中を徹底。2008年以降、フォードが段階的にマツダ株を売却する中で、自立的な経営体制を確立していきました。 この事例は、明確な戦略不在の多角化が企業をいかに混乱させるか、そして自社の「勝ち筋」を見極め、リソースを集中させることの重要性を示す、戦略的教訓に富んだものです。

Q&A

Q1:戦略を立てる時間がない!日々の業務に追われているのですが…
A:多くの中堅中小企業経営者が同じ悩みを抱えています。しかし、戦略を立てる時間は「未来への投資」です。目先の業務に追われている状態こそ、立ち止まって戦略を考える必要があるサインです。なぜなら、その状態は「今、どこに資源を集中すべきか」が曖昧になっている可能性が高いからです。

まずは、週に1時間でも良いので、「戦略タイム」を意識的に設けてみてください。例えば、毎週月曜日の朝一番は、一切の業務連絡をシャットアウトし、自社の将来や、どこに資源を集中すべきかについて考える時間にする、といったルールを決めるのも良いでしょう。

また、全てを一人で抱え込む必要はありません。信頼できる役員や、やる気のある若手社員を巻き込み、彼らの意見も取り入れながら戦略を考える場を設けるのも有効ですんだ。外部の専門家である私たちコンサルタントを、壁打ち相手として活用することもご検討ください。客観的な視点から、あなたの会社の潜在的な強みや課題を引き出し、最適な資源配分を共に見出すお手伝いができます。

Q2:戦略を立てても、その通りに実行できないことが多いのですが…
A:戦略は「絵に描いた餅」になりがち、という声もよく聞きます。戦略が実行できない原因はいくつか考えられます。

  1. 戦略が複雑すぎる、あるいは抽象的すぎる: 現場の従業員が「何をすればいいのか」を理解できない戦略は、実行されません。また、「どこに資源を集中するのか」が不明確な戦略も同様です。シンプルで、具体的な行動に繋がりやすい戦略を心がけましょう。
  2. 戦略と戦術の紐付けができていない: 戦略が明確でも、具体的な戦術に落とし込まれていなければ、実行は困難です。戦略で定めた資源集中先に対し、どのような具体的な戦術で資源を使うのかを明確にし、各部門や個人が何をすべきかを明確にし、責任者を明確にすることが重要です。
  3. 従業員の理解・共感が不足している: 経営層だけで戦略を決めても、現場が「やらされ感」で動いていては、効果は半減します。戦略の背景にある想いや目的、なぜその分野に資源を集中するのかを丁寧に説明し、従業員一人ひとりが「自分ごと」として捉えられるように、共感を促す努力が必要です。
  4. 進捗管理ができていない: 計画通りに進んでいるか、定期的にチェックし、必要に応じて修正する仕組みがなければ、途中で頓挫してしまいます。目標達成に向けたKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定し、進捗を「見える化」することが重要です。特に、集中すると決めた資源が本当にそこに投下され、効果が出ているかを検証することが大切です。

これらを解決するためには、「戦略マップ」や「OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)」といったツールを活用するのも有効です。これらは、戦略と日々の業務を繋ぎ、目標達成への貢献度を「見える化」するのに役立ちます。

Q3:中堅中小企業にとって、どのような戦略が有効なのでしょうか?
A:中小企業にとって特に有効なのは、「ニッチ戦略」と「差別化戦略」です。いずれも、限られた資源をどこに集中させるかという視点が重要になります。

  • ニッチ戦略:特定の狭い市場や特定の顧客層に特化し、その分野で圧倒的なシェアや専門性を確立する戦略です。例えば、「美容室専門のウェブサイト制作」「老舗旅館向けのリネンサプライサービス」のように、ターゲットを絞り込むことで、大手企業が参入しにくい独自の地位を築けます。この場合、そのニッチ市場に全ての経営資源を集中させることが成功の鍵です。
  • 差別化戦略:品質、サービス、ブランドイメージ、技術、顧客対応など、競合他社にはない独自の強みや価値を提供することで、価格競争に巻き込まれない戦略です。前述の成功事例のスーパーのように、「安心・安全・高品質」や「きめ細やかなサポート」といった、中小企業だからこそ提供できる「人」の介在価値を最大化することが成功の鍵となります。この戦略においては、差別化の源泉となる領域に資源を集中させることが不可欠です。

どちらの戦略を選ぶにしても、最も重要なのは、自社の「強み」を徹底的に理解し、それを最大限に活かせる領域に資源を集中して勝負することです。あれもこれもと手を広げるのではなく、「選択と集中」が中小企業の成功には不可欠です。

まとめ:あなたの会社に「羅針盤」と「集中力」を

戦略は、あなたの会社を輝かしい未来へと導くために、「目的達成のために、限られた資源をどこに集中させるかを選択する」ための「羅針盤」です。そして戦術は、その羅針盤が指し示す方向へと、力強く進むための「具体的な道筋」であり、「集中すると決めた資源を最も効率的に使うための具体的な行動」です。どちらか一方だけでは、決して目的地にはたどり着けません。

今一度、あなたの会社の羅針盤はどこを指し示しているのか、そしてその方向へ進むためにどこに資源を集中すべきか、さらにその具体的な道筋は明確になっているのか、立ち止まって考えてみてください。「ウチには戦略なんて大層なものはないよ」と思っている経営者の方もいるかもしれません。しかし、意識しているか否かに関わらず、すべての会社には何らかの戦略が存在します。それが「なんとなく」の戦略なのか、それとも「意図された」、そして「資源の集中が明確な」戦略なのかで、未来は大きく変わります。

もし、ご自身の会社で戦略の策定や見直しに不安を感じるようでしたら、ぜひご相談ください。20年間、数多くの中堅中小企業の成長を支援してきた経験から、あなたの会社の「強み」と「可能性」を引き出し、最適な戦略、すなわち最適な資源集中先を共に描くお手伝いができます。

未来は、あなたの手の中にあります。明確な戦略という羅針盤を手に、力強い戦術で、あなたの会社をさらなる高みへと導きましょう。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。