唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
中堅中小企業の経営者や管理職の方々とお話をしていると、「うちの部下は、ミスをすると落ち込んでしまう。社内には過剰なほどミスに厳しい人もいる。どう対処すればいいのだろうか?」といったご相談をいただくことがあります。経営者やリーダーが、ビジネス上のミスに対して厳しく対応するのは、ある意味当然のことではあります。しかしその「厳しさ」が度を越していると、組織全体の雰囲気やパフォーマンスに悪影響を与えることも事実です。
本記事では、私のコンサルタント経験を通じて見えてきた、「なぜ人のミスに厳しくなるのか」という心理的背景と、その特徴・リスクをわかりやすく解説します。また、中堅中小企業の経営者・役員・管理職の方々がどのように組織をリードすべきかについても、具体的なポイントをお伝えします。読み進める中で、経営者としての組織マネジメントのヒントをつかんでいただければ幸いです。
なぜ人はミスに厳しくなるのか?

理由①:自己防衛本能と責任回避の心理
自分の立場を守りたいという心理
組織内で失敗やミスが発生した時、責任の所在が曖昧になるとどうしても「自分の責任ではない」「ミスした人が悪い」という意識が生まれやすくなります。これは人間が自分を守りたいという本能の表れであり、「他責思考」と呼ばれる心理です。
責任回避からくるスケープゴート化
他責思考が強い組織では、ミスを犯した人を「スケープゴート(いけにえ)」にして、他のメンバーの苛立ちや不満をすべてその人に向けがちです。これにより、ミスを犯した人は必要以上に追い詰められる一方、周囲の人たちは「自分は被害者」「自分の方が正しい」という感情を強め、結果としてミスを厳しく責め立てる構造が生まれます。
他責思考については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。
理由②:「完璧主義」からくるゆがみ
完璧主義の心理的負担
管理職や経営者、あるいは責任感が強い人ほど「ミスは絶対あってはならない」という完璧主義的な思考に陥りやすい傾向があります。日本の企業文化では品質を重視する風土が強く、品質管理には大きな価値が置かれています。もちろんそれ自体は良いことですが、度を越した完璧主義は、予想外のミスや失敗を許容しない体質を生みやすくなります。
失敗が許されない風土の弊害
完璧主義が強い組織では、ミスが起きたときに「どうしてこんなミスをしたのだ」「もっと注意していれば避けられたのでは」といった過度な否定や叱責が続きます。その結果、組織内で心理的安全性が失われ、新しい提案や挑戦がしづらい雰囲気になってしまうこともあります。
実際、グーグル社が行った調査によれば、優れたチームほど「心理的安全性」の高さがパフォーマンス向上に寄与しているという結果が報告されています。ミスを未然に防ぐことは大切ですが、同時に「ミスしたら終わり」と思わせる風土は創造性や積極的な行動を萎縮させる危険があります。
心理的安全性については以下の記事でも解説していますので、もう少し詳しく知りたい方はぜひお読みください。
理由③: 認知バイアスの影響
心理学では、他人の失敗をその人の能力不足や性格の問題といった「個人の内的要因」に帰結しがちな認知バイアスを「根本的な帰属の誤り」と呼びます(引用:Ross, L. (1977). The intuitive psychologist and his shortcomings: Distortions in the attribution process. Advances in experimental social psychology, 10, 173-220.)。
つまり、他者のミスを「あなたの注意力不足だ」「能力が足りないからだ」といった具合に、個人の問題と断定してしまいがちなのです。その一方で、自分のミスは外部要因(例えば「忙しかった」「環境が悪かった」など)のせいにしやすいという特徴があります。この「根本的な帰属の誤り」が、他者のミスへの厳しさを助長する大きな要因の一つになっています。
ミスに厳しい組織で起こる弊害
弊害①:社内コミュニケーションの停滞
ミスに対する風当たりが強いと、「こんなことを言ったら責められるのではないか?」「気軽に質問すると怒られるのではないか?」という不安から、社員同士のコミュニケーションが減少する傾向にあります。結果として、口頭で確認すればすぐ防げるようなミスでも、遠慮し合って確認が遅れ、かえってミスが増えてしまう悪循環を招きがちです。独立行政法人 労働政策研究・研修機構「人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査」でも、コミュニケーション不足が職場環境や生産性に悪影響を及ぼす例が多数報告されています。
弊害②:組織の萎縮とイノベーションの欠如
ミスを重く見るあまり、失敗を恐れて何もしない人が増えると、徐々に組織は挑戦しない安全志向に向かいやすくなります。リスクを取らない代わりに、新しいアイデアや革新的な取り組みが生まれなくなり、結果として競合他社に後れを取る原因にもなりかねません。ミスを絶対に認めない姿勢は、イノベーションの芽を摘んでしまう恐れがあります。
弊害③:人材の流出・モチベーションダウン
中堅中小企業にとって、優秀な人材の確保と育成は生命線ともいえる課題です。しかし「ミスに厳しすぎる」企業や部署では、人材が育ちにくいばかりか、モチベーションが低下しやすい環境を作りがちです。最悪の場合、社員は転職や退職を検討する可能性もあるでしょう。特に若手や中堅社員は、成長機会のある職場を求めるケースが増えています。ミスに厳しすぎる会社は「チャレンジの機会が少ない」あるいは「心理的安全性が低い」と認識され、転職の大きな要因になりえるのです。
ミスに対する厳しさを和らげ、建設的な組織文化をつくるには?


ミスを共有し、対策を練るプロセスを明確化する
ミスを犯すこと自体は、ヒューマンエラーの観点から避けることが難しい部分があります。それ以上に大事なのは、ミスを共有し、再発防止策を一緒に考えるプロセスを組織として確立することです。具体的には、以下のようなステップが考えられます。
- ミスの事実と影響範囲を客観的に整理する
- ミスが起きた原因(システムやルール、個人スキルなど)を洗い出す
- 再発防止策をチームで話し合う
- 課題や改善策を文書化・可視化して、定期的に振り返りを行う
こうしたステップを踏むことで、「ミスは組織の仕組み全体から考えるものだ」という共通認識が広がりやすくなります。
心理的安全性を確保するリーダーシップ
ミスに対して厳しく叱責するだけでは、人材育成にもイノベーションにもつながりません。経営者や管理職は、以下の2点を意識しながらリーダーシップを発揮することが望ましいでしょう。
- 叱るよりも、問いかける姿勢
ミスを犯した社員を問い詰めるのではなく、「どのようにすれば回避できたか?」「次に同じような状況があったときはどうする?」といった前向きな質問を投げかけることで、当事者の学びを促します。 - 責任を過度に個人に押し付けない
システムやルール、周囲とのコミュニケーション、過密な業務スケジュールなど、背景には様々な要因があるはずです。個人の注意不足だけを責めず、組織としてカバーすべき点がなかったかを一緒に見直す姿勢が重要です。
ミスの許容度を上げることで生まれるメリット
「ミスに寛容な組織」というと、一見すると甘い組織に映るかもしれません。しかし、ここで言う「ミスへの寛容」とは、ミスを繰り返す人を放置することとは異なります。むしろ、ミスを認めあい、改善・再発防止に真剣に取り組む文化が根付いた組織では、社員は挑戦することを恐れず、新しい提案や積極的な行動を取りやすくなります。その結果、企業の成長スピードやイノベーションの発生が促進されやすいのです。
Q&A
Q1.ミスは減らさないといけないのだから、厳しく叱責することも必要ではありませんか?
A. ミスを減らすことは重要です。しかし、厳しく叱責するだけでは、人材は萎縮し、結果的にミスの隠蔽が増えたり、モチベーション低下によって新しい挑戦が減る恐れがあります。厳しく叱責することでかえってミスが増えるケースも少なくありません。ミスに気づいたら、まずは「なぜ起きたか」を客観的・論理的に振り返ることが大切です。
Q2.ミスに寛容になりすぎて、企業としての品質が落ちる心配はないでしょうか?
A. ミスの容認と品質意識の低下はまったく別の問題です。ミス自体を安易に許すのではなく、ミスを通じて改善や学びを得る文化を育むことが大切です。むしろ、ミスの共有と再発防止策の徹底こそが、品質の向上につながります。
Q3.経営者である私自身が完璧主義です。自分はどう変わればよいですか?
A. 完璧主義者の方ほど組織には一定の基準を求めがちです。それ自体は優れたリーダーとしての強みでもあります。ただし、「許容範囲をどこに設定するか」を明確化することがポイントです。すべてを100点満点で行おうとすると部下が疲弊しがちなので、重要度が高い領域とそうでない領域を切り分け、柔軟な対応を心がけましょう。
Q4.ミスに対して比較的寛容な姿勢を示す経営者を見て、社員は甘く見られませんか?
A. 経営者や管理職がミスに寛容であると同時に、再発防止策をしっかりと実行させているかどうかがカギとなります。何もせずに『許すだけ』では「甘い」と誤解されるでしょう。しかし、厳しく罰するのではなく、必要な改善策を具体的に示し、達成状況をフォローすることで、組織は「厳しさと温かさ」が両立した状態を保つことができます。
Q5.人材教育の観点から、ミスをした部下にはどんな声かけが効果的でしょうか?
A. まずは「事実確認」と「感情への配慮」が基本です。「どうしてこうなった?」と問い詰めるのではなく、「今回の状況をもう少し詳しく教えてもらえる?」といった事実確認と、「気持ちはどうだい?落ち込んでいないか?」という感情面へのフォローを並行して行うと、部下は安心して改善点を考えられます。そして「次に似た状況に直面したら、どう対処すればミスを防げると思う?」と問いかけることで、自発的な思考を促すことができます。
まとめ
ミスに対して厳しくなる背景には、自己防衛本能、完璧主義、認知バイアスなど、さまざまな心理要因が関わっています。また、「ミスをした人」が悪者扱いされがちな組織風土は、コミュニケーション停滞や人材流出、イノベーションの欠如といった深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
しかし、ミスに対して必要以上に厳しく接することなく、「ミスの原因・プロセスを分析する」「再発防止策を共有する」「経営者や管理職が心理的安全性を確保するためのリーダーシップを発揮する」などの取り組みを行えば、組織のパフォーマンスはむしろ向上します。社員は安心して挑戦できる環境を手にし、そこから新しいアイデアや改善が次々と生まれるのです
中堅中小企業は大企業と比べてリソースが限られる分、一人ひとりの力を最大限に発揮しなければなりません。ミスを過度に責めるのではなく、ミスを糧とする組織体質を育むことが、長期的な企業の成長と人材育成の要となるでしょう。ぜひ本コラムを参考に、ご自身の組織マネジメントに生かしていただければ幸いです。
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