唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。

「また、あの社員が辞めてしまった…」

「採用活動を続けても、人が集まらない…」

現在、多くの中堅中小企業の経営者・役員・管理職のみなさまは、このような人手不足の悩みを抱えていらっしゃると思います。

急速な少子高齢化と生産年齢人口が減少する我が国においては、全国的に人手不足が深刻化しています。特に中堅中小企業にとっては、一般的に大企業との人材獲得競争では不利になりがちであるため、この問題は「待ったなし」の状況です。

人手が足りない状況が続くと、当然ながら「残された社員への業務のしわ寄せ」が発生します。

一人ひとりの仕事量が増え、長時間労働が常態化し、職場の雰囲気は重くなります。この「しわ寄せ」こそが、社員の心身の健康を蝕み、生産性を低下させ、結果として企業の成長を阻害する「静かなる危機」となるのです。そして、このしわ寄せが積み重なることで、社員は大きなストレスを抱え込みます。そのストレスは、さらなる離職を招き、「人手不足の悪循環」を生み出します。

本コラムでは、経営コンサルタントとして数多くの中堅中小企業の現場を見てきた私の経験に基づき、この「人手不足が招くしわ寄せとストレス」の実態を深く掘り下げます。そして、単なる精神論ではない、職場で今日から実践できる具体的かつ現実的な対処法を、経営者・役員・管理職の皆様に示唆に富む形でご紹介します。 人手不足を嘆くだけで終わらせず、この難局を乗り越え、企業を強くするための具体的な一歩を、本コラムを通じて見つけていただければ幸いです。

データが示す人手不足の深刻な実態としわ寄せのメカニズム

まずは、現状を客観的なデータから確認し、人手不足がどのようにして職場の「しわ寄せ」を生み出すのか、そのメカニズムを明確に理解しましょう。

中小企業が直面する「人手不足感」

多くの中小企業で人手不足感が高まっていることがデータでも示されています。

例えば、帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2025年7月)」によれば、正社員が不足していると感じている企業の割合は50.8%と過半数を超えており、高止まりしている状況です。特に、建設業、情報サービス業、建設業、メンテナンス・警備・検査、運輸・倉庫などでは、この傾向が顕著となっています。

(出典:帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2025年7月)」)

このデータは、人手不足がもはや「一部の業種」や「将来的な課題」ではなく、「大多数の中小企業が今、直面している現実」であることを物語っています。

人手不足が招く「しわ寄せ」の具体的影響

人手不足が企業にもたらす「しわ寄せ」は、単に「忙しい」というレベルでとどまりません。私のコンサルティング経験から見て、特に深刻なのは以下の3つの影響です。

  1. 残業の常態化と隠れ残業の増加
    絶対的な人員数が減る中で、残された社員が担当する業務量が削減されないと、一人当たりの労働時間は当然増加します。働き方改革で「表向きの残業」は減っても、持ち帰り仕事やサービス残業といった隠れ残業が増えるケースも少なくありません。
  1. 業務の属人化(特定の社員への依存)の深刻化
    新しい人を育てる余裕がないため、特定スキルを持つ社員に仕事が集中し、その社員が万一倒れてしまうと、業務がストップするというリスクが高まります。これは組織としての脆弱性を高めることになります。
  1. モチベーションと品質の低下
    余裕のない状況で業務を行うと、社員の精神的な疲弊が進み、仕事へのモチベーションが低下します。その結果、業務ミスが増えたり、顧客へのサービス品質が低下したりと、企業の信頼を揺るがす事態に発展します。

しわ寄せがストレスを生み、離職を加速するメカニズム

この「しわ寄せ」が、どのようにして社員のストレスとなり、さらなる人手不足(離職)を招くのでしょうか?

  1. コントロール感の喪失
    仕事量が多く、自分のペースで仕事を進められない状況は、「自分でコントロールできない」という感覚を社員に与えます。これが無力感や強いストレスにつながります。
  1. 公平性の欠如への不満
    「自分だけが頑張っている」「頑張っても報われない」と感じることは、人間関係の軋轢を生み、職場への不満を高めます。特に退職した人の穴を埋めるために急に業務が増加した場合、その増えた業務に対する評価や報酬が適切でないと、不満は爆発しやすくなります。
  1. 疲労の蓄積とメンタルヘルスの悪化
    肉体的な疲労はもちろん、精神的な疲労が蓄積することで、不安や抑うつ状態といったメンタルヘルス不調を引き起こしやすくなります。

この悪循環こそが、人手不足の本質的なリスクであり、経営者として真っ先に取り組むべき課題なのです。

コンサルタントが提言する「しわ寄せ」を解消するための戦略的対処法

人手不足が常態化する現代において、もはや「人を増やす」という採用の努力だけでは追いつきません。残された人員で、いかに効率的かつ健康的に業務を回すかという「仕組みの改善」こそが、中堅中小企業が生き残るための鍵となります。

以降、実践的かつ戦略的な対処法を3つのフェーズに分けてご紹介します。

【第一の処方箋】業務を「削る・任せる・変える」でしわ寄せを根絶する

最も重要なのは、まず「仕事の総量そのものを減らすこと」です。

1. 「やめる仕事」を決める:業務の棚卸しと断捨離

まずは「人手がないから、すべてやらなければならない」という思考を捨て去りましょう。

  • 全業務のリストアップと「費用対効果」の評価
    すべての定型業務をリストアップし、「この仕事はどれだけの利益(または顧客満足)を生み出しているのか?」「この仕事をやめても本当に問題ないか?」を検討します。
  • 「惰性でやっている仕事」を廃止
    特に、過去の慣習で続けているが、現在はほとんど価値を生んでいない報告書作成、定例会議、形式的な承認プロセスなどは、思い切って廃止します。経営者・役員自身が「これは不要だ」とトップダウンで決断することが重要です。

2. 「人に任せる」仕事を決める:アウトソーシングと外部資源の活用

社内のリソース(人員)に必ずしもこだわる必要はありません。費用対効果が合う業務であれば、積極的に社外に切り出すことも考えましょう。

  • ノンコア業務(競争優位の源泉ではない業務)のアウトソーシング
    経理、給与計算、ITシステムの運用・保守、採用業務の一部、ウェブサイトの管理など、自社の競争優位性とは直接関係のない業務は、専門の会社に委託することを視野に入れて検討します。
  • フリーランスや副業人材のスポット活用
    突発的に発生するプロジェクトや、特定のスキルが短期間必要な業務(例:新しいシステム導入、特定分野のマーケティング)には、フリーランスや副業の人材を外部から招き入れ、残された社員の負担を軽減します。

3. 「やり方を変える」仕事を決める:ITを活用した生産性向上

業務の進め方自体を見直し、デジタル技術を導入することで、人間の作業量を大幅に削減します。これがDX(デジタルトランスフォーメーション)の第一歩です。

  • RPAの活用
    RPA(Robotic Process Automation:ロボティック・プロセス・オートメーション)とは、定型的なパソコン作業(データ入力、メール送信、ファイル整理など)を、ソフトウェアのロボットに代行させる仕組みです。初期投資はかかりますが、人間の単純作業から解放され、社員を「考える仕事」に集中させることができます。

RPAについては以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

  • クラウドツールの導入
    情報共有やコミュニケーションのツール(チャット、プロジェクト管理、文書共有システムなど)を導入し、紙でのやり取りやメールでの確認の手間を削減します。これにより、仕事のスピードが上がり、情報伝達のミスも減らせます。

クラウドについては以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

【第二の処方箋】ストレス耐性ではなく「ストレスを生まない組織」を作る

ストレス対策は「社員個人の問題」ではなく、「組織の仕組みの問題」として捉えるべきです。しわ寄せで発生したストレスを適切に管理し、新たなストレス発生を防ぎます。

1. 仕事の「見える化」と「公平性の担保」

前述の通り、不公平感は大きなストレスの原因となります。

  • 業務量の可視化
    誰がどれだけの仕事を担当し、どれだけの時間をかけているかを、部署やチーム全体で共有します。これにより、「あの人ばかり忙しい」という感覚をなくし、必要な業務調整を迅速に行うことができます。
  • 適切な報酬と評価
    「しわ寄せ」で増えた業務や、困難な状況下で成果を出した社員に対しては、賞与や昇進、手当などで明確に報いる仕組みを導入します。頑張りが正当に評価されているという納得感が、ストレス耐性を高めます。

2. 心理的安全性の確保:気軽に「助けて」と言える環境

社員が「忙しい」「困っている」と声を上げやすい環境を整備することが、ストレスの早期対処につながります。

  • 1on1ミーティングの導入
    上司と部下が、週に一度、1対1で、仕事の悩みやコンディションについて話す時間を設けます。この時間は、業務の進捗報告ではなく、部下の心理的な状態を把握し、サポートすることが主目的です。
  • ピアサポート(同僚による相互支援)の推進
    チーム内で「困っている人がいたら助けるのは当然」という文化を醸成します。お互いに助け合うことで、特定の個人にストレスが集中することを防ぎます。

心理的安全性、1on1については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

3. 労働時間の絶対的な削減へのコミットメント

いくら仕組みを変えても、長時間労働が続けばストレスは溜まります。

  • 「ノー残業デー」の徹底と強制力の付与
    単なる「努力目標」ではなく、ノー残業デーはオフィス全体を消灯するなど、物理的に残業しにくい環境を整備します。
  • 有給休暇の取得率向上
    厚生労働省は、労働基準法改正により、年5日の有給休暇の時季指定義務を企業に課しています。これを義務としてだけでなく、社員のリフレッシュと生産性向上のために積極的に活用します。

【第三の処方箋】「辞めない仕組み」と「定着の仕組み」を構築する

結局のところ、離職率を下げて定着率を上げることが、最も効果的な人手不足対策です。

1. 「社内公募制度」によるミスマッチの解消

人手不足の部署を外部から採用するのではなく、社内で「この仕事に挑戦したい」という人を募る「社内公募制度」を導入します。

  • メリット
    • 異動によって社員の新しいキャリアが開け、モチベーションが向上し、離職を防げます。
    • 会社や社風を理解しているため、新しい部署でもすぐに戦力化しやすいです。
    • 「新しい仕事にチャレンジできる会社」というイメージが定着し、優秀な人材の流出を防ぎます。

2. 企業の「存在意義」と「未来」の共有

人は単に「給料が良いから」という理由だけで働き続けるわけではありません。特に若い世代は、「この会社で働くことに意味があるか?」を重視します。

  • 「パーパス(企業の存在意義)」の明確化
    あなたの会社が「誰のために、どんな価値を提供しているのか?」という企業の目的(パーパス)を明確にし、社員に語りかけます。

パーパスについては以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

  • 経営情報のオープン化
    会社の業績や今後の事業戦略を、可能な範囲で社員に共有します。これにより、社員は自分が企業の「未来」の一員であるという意識を持ち、困難な状況でも頑張ろうという意欲につながります。

経営情報の内、決算情報のオープン化については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

https://karasawaconsulting.jp/karacon_20250618/

Q&A

Q1. 当社は忙しいので、社員のストレスケアにまで手が回りません。どうすればよいでしょうか?
A. 経営者・管理職のみさなまが最も陥りがちな誤解です。まずは「ストレスケアに手が回らない」のではなく、「ストレスを放置することが、結果的に最も非効率でコストのかかる行為」であると認識を改めてください。
ストレスが原因で社員が1人退職すれば、採用コスト、新人教育コスト、業務の停滞による機会損失など、数百万円単位の損失が発生します。
対処法として、まず「手間がかからない」ストレスケアを導入しましょう。例えば、先に述べた1on1ミーティングは、部下と上司が喫煙やコーヒー休憩の時間を使って10分でも話すことから始められます。また、産業医や外部のカウンセリングサービスの利用は、専門的なケアを低コストで外部に委託できるため、手が回らない中小企業に最適です。

Q2.社員に『業務改善の提案をしろ』と言っても、忙しくて誰も提案してくれません。どうすれば良いでしょうか?
A. それは当然です。忙しい社員に「さらに頭を使って、新しい仕組みを考えろ」と言うのは、余分な仕事を課しているのと同じです。
改善提案を社員に丸投げするのではなく、「経営側から具体的なテーマと、その実行のための時間を与える」ことが重要です。例えば、「今月は請求書発行業務の自動化についてだけ考える」とテーマを絞り、そのための会議時間を業務時間内に設けます。さらに、「提案が採用され、効果が出たら報奨金を出す」というインセンティブ(ご褒美)を設ければ、社員は積極的に取り組みます。また、現場の社員ではなく、社長や役員が現場に入り込み、一緒に非効率な作業を発見し、改善の旗振り役になることが、最も効果的です。

Q3. ITツールやRPA導入を検討していますが、うちのような小さな会社に合うのか、コスト倒れにならないか心配です。
A. そのご心配は非常によくわかります。高額な大企業向けのシステムは、中堅中小企業には不向きです。しかし、今は月々数千円から利用できる安価でシンプルなクラウドツールや、中小企業向けのRPAサービスが豊富に存在します。
導入の失敗を防ぐ鍵は、「全社的な大規模導入」を避け、「スモールスタート(小さな部署や業務から始める)」ことです。第一歩として、まずは最も「しわ寄せ」が集中している部署(例:経理、営業事務)の、最も単純で時間がかかっている一つの業務に絞って、ITツールやRPAを試します。そのツール導入にかかる費用と、削減できた人件費や残業代を比較し、1年以内にコストメリットが出るかを判断基準にします。もし効果が確認できたら、他の部署や業務に横展開すれば良いのです。最初から完璧を目指す必要はありません。

まとめ

人手不足がもたらす「しわ寄せとストレス」は、中堅・中小企業にとって避けて通れない大きな試練です。しかし、この試練は、旧態依然とした非効率な業務プロセスを見直し、組織を強くする絶好のチャンスでもあります。

コンサルタントとして20年間、様々な企業の現場を見てきた私が断言できるのは、「人を増やせないからこそ、仕組みを変える勇気と決断が必要だ」ということです。

本コラムでご紹介した対処法は、以下の3つの柱に基づいています。

  1. 業務の徹底的な断捨離と外部化(削る・任せる・変える)
  2. 公平性とサポート体制によるストレスを生まない組織作り
  3. モチベーション向上とキャリアパスによる定着の仕組み構築

まずはあなたの会社の中で、最も「しわ寄せ」が集中している部署を見極め、一つで構いませんので、具体的な施策を今日から実行に移してください。 経営者・役員・管理職であるあなたの「勇気ある一歩」が、職場のストレスを減らし、残された社員の生産性を高め、そして貴社を人手不足という難局を乗り越えた強い企業へと進化させるでしょう。貴社の持続的な成長を心から応援しています。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。