唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

原材料費の高騰、人件費の上昇、そして激化する市場競争。事業を取り巻く環境は、かつてないほど複雑で厳しいものになっています。このような状況下で、しっかりと利益を確保するために、多くの経営者は「コスト削減」に注力しがちです。

しかし、本当に注力すべきは「価格戦略」なのではないでしょうか?

「当社の製品は、これくらいの値段で長年やってきたから」
「競合他社も同じくらいの価格帯だから」

このような形で、なんとなく価格を決めていないでしょうか?もしそうであるならば、もしかすると大きな機会損失になっているかもしれません。

利益を最大化して持続的な成長を実現するためには、「価格弾力性」という経済学の基本概念を理解し、それを戦略的にビジネスへ応用することが重要です。

本コラムでは、経営知識に乏しい方でもすぐに理解できるよう、価格弾力性の基本を具体的な事例なども交えてかみ砕いて解説します。そして、単なる学術的な話で終わらせず、あなたの「明日からのビジネス」で具体的に何をすべきか、実践的な活用法を豊富な事例と私の個人的見解を交えてご紹介します。

このコラムが、あなたの会社の価格戦略の見直し、そして利益を大幅に改善するきっかけとなることを願っています。

価格弾力性とは何か?

価格弾力性の基本を理解する

価格弾力性とは、簡単に言えば、「価格を変えた時に、お客様の需要がどれだけ変化するか」を示す指標です。ビジネスの世界では、「需要の価格弾力性」と呼ばれることが一般的で、以下の式で計算されます。

需要の価格弾力性=需要量の変化率÷価格の変化率

価格弾力性(需要の価格弾力性)とは、「価格を変えた時に、お客様の需要がどれだけ変化するか」を示す指標で、「需要量の変化率÷価格の変化率」の計算式で表される。

これを具体的な数字で見てみましょう。この計算式は、「価格が1%上がると、需要が何%減るか」を測る指標であると捉えると理解しやすくなると思います。

  • 例1:需要の価格弾力性が「高い」場合
    • 価格を1%上げたら、欲しいという需要が3%減った。
      • 価格弾力性 = 3%÷1% = 3
        → 顧客は価格に敏感(弾力的)なため、少し値上げするだけで売れる数量が大きく減少する
  • 例2:需要の価格弾力性が「低い」場合
    • 価格を10%上げても、欲しいという需要が2%しか減らなかった。
      • 価格弾力性 = 2%÷10% =0.2
        →顧客は価格に鈍感(非弾力的)なため、値上げしても売れる数量にほとんど影響がない

価格弾力性の数値(絶対値)が1より大きいと価格に敏感(弾力的)1より小さいと価格に鈍感(非弾力的)と判断します。

特に注目すべきは、価格弾力性が1より小さい非弾力的な商品です。価格弾力性が1より小さい領域では、価格を上げたとしてもそれ以上に需要が減ることはありません。つまり「値上げをすることで売上高全体が増加する」という、経営者にとって最も重要な利益改善のチャンスが生まれるのです。これが、「需要が安定しているから、いくら価格が上がっても買わざるを得ないので問題ない」という判断の根拠です。非弾力性の商品をいかに作るか、これが中堅中小企業の成長戦略の1つのカギとなります。

「弾力的」な商品と「非弾力的」な商品

価格弾力性の値によって、商品は大きく2つのタイプに分けられます。

価格弾力性の種類弾力性の値お客様の反応(需要の変化)特徴と価格戦略のヒント
弾力的1より大きい価格に非常に敏感競合が多く、代替品が多い商品。値下げ戦略が有効な場合があるが、価格競争に陥りやすい。
非弾力的1より小さい価格に比較的鈍感生活必需品、独自の技術やブランド力がある商品。値上げ戦略(高付加価値戦略)が有効で、利益を確保しやすい。

コメの価格動向から学ぶ非弾力性の本質

価格弾力性の概念を理解する上で、私たちの身近にある「米(コメ)」は非常に良い教材になります。一般的に、お米は価格弾力性が低い商品の典型例です。なぜならば、日本人の多くにとって、お米は毎日の食卓に欠かせない必需品だからです。

  • 価格が上がっても、買わざるを得ない: コメの価格が上がったとしても、「米を食べるのを完全にやめる」という人は恐らく少ないと思います。私たちの胃袋の数が決まっているため、需要は比較的安定しており、価格の上昇に対して需要の減少はわずか(非弾力的)に留まります。
  • 非弾力性がもたらす市場の影響: この「需要が安定している=非弾力性が低い」という特性が、市場に大きな影響を与えます。
    • 供給過多の場合: コメを作りすぎると急激に価格が下がるため、生産者である農家の方は豊作貧乏という状態に陥ります。コメは需要が安定しているため、供給量が少し増えるだけで、市場メカニズムとして価格は大幅に下落してしまうのです。
    • 供給不足の場合: 近年のように、コメ農家の減少やインバウンド需要の増加で供給が少しでも減ると、価格弾力性が低いがゆえに、価格が一気に急騰します。需要が価格に敏感に反応しないため、価格の変動が非常に大きくなってしまうのです。

この問題を解決して農家の所得を安定させるために、政府はかつて「減反政策」(生産量を減らせば補助金を出す仕組み)を導入していました。これは非弾力的な商品の価格安定を図るための政策的介入の典型です。なお、公的な減反政策は2018年に廃止されていますが、農林水産省は現在も米の需給状況をふまえた生産量の目安(需給見通し)を公表している上、主食用米から飼料米などの転作へ切り替える農家に対する補助金も継続していることから、米の生産調整が事実上続いているのが実態です。

このコメの事例から学べるのは、「必需品は弾力性が低いので、様々な要因で価格が上がっても需要は減らない」という事実です。あなたの会社の商品・サービスを、いかに競合にとっての代替品ではなく、お客様にとっての「コメ」のような必需品にし、非弾力的な領域に持っていくか、これこそが価格戦略の核心となるのです。

経営者が知っておくべき価格弾力性を決める4つの要因

なぜある商品は弾力的で、別の商品は非弾力的なのでしょうか?価格設定の精度を高めるために、この要因を深く理解しましょう。

代替品(競合製品)の存在

  • 代替品が「多い」 弾力的: 競合製品が豊富にある市場では、自社が値上げをすると、顧客は簡単に競合へ流れてしまいます。
  • 代替品が「少ない」 非弾力的: 独自の特許技術、強固なブランド力、地域独占的なサービスなどは、価格を上げても他に選択肢がないため、お客様は購入を継続せざるを得ません。

必需品か、贅沢品か

  • 必需品非弾力的: 生きていく上で欠かせないものは、多少値上がりしても購入せざるを得ません。
  • 贅沢品(嗜好品) 弾力的: 価格が上がると、「なくても困らない」ため、購入を控えたり、完全にやめたりします。

所得に占める割合(価格の大きさ)

  • 所得に占める割合が「大きい」 弾力的: お客様の年間所得に対して、その商品の価格が大きな割合を占める場合、価格変動に非常に敏感になります。
  • 所得に占める割合が「小さい」非弾力的: 1円、10円の価格変動は、お客様にとってほとんど気になりません。

商品の差別化とブランド力

  • 差別化・ブランド力が「低い」弾力的: 「どこで買っても同じ」と思われている製品・サービスは、価格が決定要因になりやすいです。
  • 差別化・ブランド力が「高い」非弾力的: 「この会社(あなた)だから頼みたい」「このブランドでなくては」という強いロイヤルティ(愛着)がある場合、お客様は多少の価格上昇を受け入れます。中堅中小企業が最も注力すべきポイントです。

価格弾力性を活用した利益最大化戦略

これまで価格弾力性についてお伝えしてきましたが、この知識は単なる「道具」に過ぎません。むしろ重要なのは、この価格弾力性という道具を活用して「いかに利益を最大化するか」にあります。ここからは、価格弾力性を活用した具体的な戦略を提示していきます。

価格弾力性を測定し、自社の最適な価格帯を知る

まずは、自社の商品・サービスの価格弾力性を知る努力が必要です。

【実践手法:A/Bテストとデータ分析】

実際のビジネスで厳密な需要曲線を描くのは困難ですが、以下のようなアプローチで「体感」を得ることができます。

  1. 特定の顧客層(またはエリア)で「試験的な値上げ・値下げ」を実施する(A/Bテスト)。
  2. その前後で、販売数量と売上高の変化を正確に記録・分析する。
  3. 複数の価格帯でテストすることで、「この価格を超えると急激に売れなくなる(弾力性が急上昇する)境界線」を見つけ出します。

利益最大化のカギは、弾力性が「1」になる点の価格帯を見つけることです。「弾力性が1より大きい(弾力的)領域で値上げをすると売上が減り、1より小さい(非弾力的)領域で値下げをすると売上が減る」という原則を覚えておいてください。特に非弾力的な領域では、恐れずに値上げを試みてください。

価格弾力性を操作する

価格競争に巻き込まれず、安定的に利益を確保するためには、自社製品を「非弾力的」な領域に持っていく(非弾力化)ことが最高の戦略です。

戦略の目的具体的な施策例価格弾力性への影響
代替品をなくす独自の技術や特許を活かしたニッチな専門性を追求する/特定のお客様に「専用カスタマイズ」を提供する唯一無二の存在となり、お客様に「他に選択肢がない」と思わせる(非弾力化
スイッチングコストを高める一度導入したら他社への乗り換えが非常に大変になるようなサービス連携(例:既存システムとの連携強化)や、継続的なサポート体制を構築する乗り換えのコストや手間を意識させ、競合への流出を防ぐ(非弾力化
ブランドロイヤルティを強化経営者自身が顔を出すなど、お客様との個人的な信頼関係を深く構築する/お客様の成功事例を徹底的に共有し、感情的な価値を高める「価格ではなく、この会社(人)だから買う」という心理を生み出す(非弾力化

価格設定の実践例:セット販売とグレード制の活用

「価格弾力性」の理論は、具体的な価格体系の設計にも応用できます。

  • 【セット販売(バンドル)の活用】
    • 狙い: 弾力性の異なる商品を組み合わせ、全体としての弾力性を調整することで、お客様に「お買い得感」を与えることで購買を促します。
    • 例: 非弾力的な「必需の基本サービス」と、弾力的な「付加価値の高いオプションサービス」をセットで提供する。全体の価格に対する抵抗感を和らげ、客単価を引き上げます。
  • 【グレード別価格設定(バージョン分け)の活用】
    • 狙い: 価格に敏感な層(弾力的)と、価格に鈍感な層(非弾力的)の両方から利益を得る。
    • 例:
      • 「エコノミー版」: 機能を限定し低価格に設定(価格弾力性の高い層を囲い込む)。
      • 「プロフェッショナル版」: フル機能・サポート充実で高価格に設定(価格弾力性の低い、品質重視の層から最大限の利益を得る)。

これは、多くの中小企業向けSaaS(サブスクリプション型のソフト)で採用されている、極めて効果的な戦略です。

統計データから見る価格戦略のヒントと未来への投資

理論だけでなく、実態として価格がどのように事業に影響しているかを見てみましょう。

中小企業庁の「2025年版 中小企業白書」によると、企業が収益力(例えば経常利益)を改善するには、単なるコスト削減だけでなく、売上高の増加に伴う「限界利益」(売上高-変動費)の拡大が、主要な増加要因として分析されています。また、「2024年版 中小企業白書」では、価格や付加価値向上の視点から、「価格転嫁」「価格交渉力の強化」が中小企業・小規模事業者の持続的な成長にとって不可欠であるとの指摘があります。したがって、安易な値下げやコスト削減ばかりを追いかけるよりも、適正な価格設定を通じて売上高・付加価値・限界利益を高め、その余力を「人件費」「研究開発投資」など未来の成長に振り向ける構えを持つことが、顧客への継続的な価値提供や企業の持続性を支える観点から重要と言えます。

つまり、「価格が安い=顧客への優しさ」では必ずしもないということです。むしろ、品質やサービスを維持・向上させるためには、適切な価格を確保し、そこから生まれた余力を未来への投資に回せる体力をつけることが、結果的にお客様にとっても「安心・継続的な価値」を提供する道となるのです。そのため、経営者は市場の価格弾力性、取引環境、コスト構造などを踏まえた戦略的な価格設定を行い、短期的な価格競争に陥ることなく、持続的な成長と社会的価値の創出を目指すことが求められます。

価格転嫁や利益の確保については、以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

Q&A

Q1. 価格弾力性の計算が難しいです。中小企業でもできる、簡易的な測定方法はありますか?
A. まずは「体感」で十分です。厳密な計算は複雑ですが、まずは過去の販売データから「価格変更(値下げ・値上げ)後の売上個数と売上高の変化」をプロットし、グラフ化してみてください。

  • 価格を下げたのに売上高が減っている(数量の増加が価格の下落率に追いついていない)→価格を下げすぎ、もともと非弾力的だった可能性が高い
  • 価格を上げたのに売上高が増えている(数量の減少が価格の上昇率より小さい)→まだ値上げ余地がある

この「ざっくりとした関係性」を把握するだけで、貴社の価格戦略は大きく改善します。

Q2. 競合が値下げを続けている場合、どう対応すべきでしょうか?
A. 「同調」ではなく「非弾力化」で対抗してください。競合の値下げに反射的に同調してしまうと、価格競争の泥沼に引きずり込まれ、最後は体力勝負になります。中堅中小企業は体力勝負を可能な限る回避するべきです。私の経験上、体力勝負で消耗した企業の末路はかなり厳しいものになります。具体的な対抗策は以下の通りです。

  1. 「価値の可視化」: 競合にはない「手厚いサポート」「スピード」「独自のノウハウ」など、お客様が得る「付加価値」を金額に換算し、訴求する。お客様にとって「価格差以上の価値がある」と納得させることで、競合製品を代替品として見させない(非弾力化)。
  2. 「ターゲットの再定義」: 価格に敏感な層は競合に任せ、価格に鈍感な「品質・信頼性最優先」の顧客層に特化し、サービスレベルを上げてさらに値上げする。

Q3. BtoB(法人向け)ビジネスでも価格弾力性は考えられますか?
A. BtoBビジネスでは、さらに重要となります。BtoB取引では、個々の取引額が大きく、意思決定プロセスが複雑です。

  • 非弾力的な要因: 「自社システムとの連携」「納品実績・信頼性」「担当者との個人的な信頼関係」など、スイッチングコストが高い要因が多いため、一度導入されれば非常に非弾力的になります。
  • 弾力的な要因: 汎用的な部品、多くの業者が提供するサービスなどは、価格交渉が激しくなり弾力的です。

BtoBビジネスでは、提供するソリューションが「お客様の売上を上げるか」または「お客様のコストを下げるか」といった経済的価値に直結するため、その価値を定量的に示すことで、非弾力的な価格設定(高価格)が非常に容易になります。

まとめ

価格弾力性とは、単なる経済学の用語ではありません。それは、あなたの会社の商品・サービスが「市場でどれほどの独自性・価値を持っているか」を映し出す鏡であり、「利益を最大化するための強力なレバー」なのです。

私も経営コンサルタントとして数多くの中堅中小企業を見てきましたが、「価格設定を戦略的に見直した」企業は、例外なく収益性が向上し、成長のスピードが加速しました。なんとなくの価格設定をやめ、価格弾力性の概念に基づき、あなたの会社の商品を「非弾力的」な領域へと導いていくための差別化とブランド戦略を徹底してください。「価格競争から脱却し、利益を確保する」。これが、この激動の時代を勝ち抜くための唯一の道なのです。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。