唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
これまで数多くの中堅中小企業の経営課題に向き合う中で、多くの企業が抱える共通の、そして最も深刻な課題の一つが「人事評価制度が機能していない」ことです。
「人事評価制度はしっかり整備している。しかし、評価者である管理職が結局は勘や印象で評価してしまい、結果として部下である社員のモチベーションが下がるだけになってしまっている」
このようなお悩みをよく耳にし、最近は評価者研修のご依頼をいただく機会が増加しています。
人事評価制度は単に給与や賞与を決める「査定ツール」ではありません。本来は、部下の成長を促し、組織の生産性を高めるための「成長エンジン」であるべきです。しかし、このエンジンを動かすカギとなるのが評価者、すなわち管理職の能力と心構えなのです。
本コラムでは、コンサルタントとして数多くの企業の人事制度改革の支援と評価者研修を実施してきた私の経験に基づき、評価の質を劇的に高め、組織を活性化させるために、評価者研修で「絶対に外せない3つの視点」を徹底解説します。この3つの視点を組織に浸透させることで、あなたの会社の評価は「不満の種」から「成長の糧」へと変わるはずです。




視点1:評価の土台となる評価哲学の確立


評価者研修でまず変えるべきは、「評価とは何か?」という根本的な考え方、すなわち評価哲学(マインドセット)です。多くの評価者が陥りがちなのは、「評価=部下に点数をつけること」という狭い捉え方です。
評価の目的は「個人の成長と組織活性化」
私たちが人事評価制度を設計・運用する上での大前提は、「人事評価制度を導入する目的は査定(給与決定)ではなく、個人の成長を支援し、結果として組織全体の競争力を高めることにある」という哲学です。
評価者がこのマインドセットを持つことで、評価面談は単に「評価結果を伝える場」から「次の成長への方向性を合意し、目標達成を支援する場」へと変わります。評価者は単なる「判定者」ではなく、部下を成長させる「メンター(支援者)」としての役割であることを認識する必要があるのです。
行動・能力と成果のバランスを取る重要性
人事評価制度においては、「成果」と「行動・能力」の両方をバランスよく考慮すべきです。西郷隆盛が残した言葉(起源は中国最古の歴史書「書経」にあるとされる)に、「功ある者には禄を、徳ある者には地位を与えよ」がありますが、この考え方は現代にも通じます。
- 成果(禄・賞与): 期間中に上げた業績や数値目標の達成度のことで、短期的な貢献に報いる。
- 行動・能力(地位・基本給・役職): 会社が求める行動様式(コンピテンシー)や、職務遂行に必要な能力・スキルのことで、中長期的な貢献力に報いる。
評価者研修では、この「二つの評価軸」をバランスよく、かつ論理的に判断する視点を教え込むことが不可欠です。成果は出たが、チームの和を乱す行動が目立った社員をどう評価するか?逆に、成果は出なかったが、プロセスで著しい成長を見せた社員をどう評価し、次につなげるか?このような人間の機微を理解した評価力を養うことが、評価哲学の根幹となります。
視点2:評価の公平性を担保する技術
「あの評価は公平ではない」「上司の好き嫌いで決まった」—評価に対する社員のこのような不満は、組織の士気を最も低下させる要因の1つとなります。この不満を生む最大の原因は、評価の公平性を担保する「技術」が不足している点にあります。
目標設定を「曖昧ゼロ」にするSMARTの徹底活用
評価の公平性は、期末の評価時ではなく、期初の目標設定の質で9割が決まります。なぜならば、曖昧な目標では、期末に評価者が主観で解釈する余地が生まれてしまい、結果として公平性が失われてしまうからです。
目標設定においては、SMARTの原則に則って行うことがポイントになります。
| 原則 | 意味 | 内容(何を避けるべきか) |
|---|---|---|
| Specific | 具体的であること | 「頑張る」「努力する」など、何を達成するかが不明確な目標 |
| Measurable | 測定可能であること | 達成度を数値や明確な基準で測れない目標 |
| Achievable | 達成可能であること | 努力や工夫でどうにもならない、あまりにも非現実的な目標 |
| Relevant | 関連性があること | 会社の戦略や自分の職務と関係のない、自己満足の目標 |
| Time-bound | 期限が明確であること | 「いつか」「できるだけ早く」など、期限が設定されていない目標 |
評価者研修では、特に「S(具体性)」と「M(測定可能性)」を徹底的に訓練する必要があります。特に営業部門以外の管理部門や企画部門など、「定量化が難しい」と思われがちな部署の目標設定は腕の見せ所です。
例えば、「資料作成の質を高める」ではなく、「顧客向け提案資料における『〇〇』の要素に関する顧客アンケートの満足度を3.5点から4.2点に向上させる」のように、成果物、業務品質、またはKPI(重要業績評価指標)の代替指標を用いて、目標達成のゴールイメージを上司と部下の間で完全に合意形成することがポイントとなります。
公平性の土台となる「日常の観察と記録」の習慣化
評価の公平性を損なう評価誤差の最大の要因は、評価者の記憶に頼る「直近誤差」です。人は評価期間の直近の出来事を過大評価しがちで、期初から中盤の貢献を忘れがちな傾向があります。
この評価エラーを防ぐ唯一の方法は、評価者が日常の観察と記録を習慣化することです。具体的には以下の項目を記録していきます。
- 「いつ・どこで・どんな行動があったか」:具体的な事例(定性データ)を記録する
- 例:「積極的に頑張っていた」ではなく、「10月5日15時に、クレーム対応で顧客の要望を詳細にヒアリングし、上層部と連携して2時間で解決策を提示した」と記録する
- 数値データとのバランス:具体的な行動記録(定性データ)と、目標達成度を示す数値(定量データ)をバランスよく収集する
- 「印象」ではなく「事実」:単なる「いい人」「悪い人」という印象(ハロー効果)ではなく、事実ベースで行動を記録することで、評価の説得力を高める
評価者が陥りがちな「6つの評価誤差」とその対策
専門的な知識として、評価者が自らの評価プロセスを客観視するために、代表的な評価誤差を知ることは極めて重要です
| 評価誤差 | 概要 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| ハロー効果 | 目立つ一つの特徴(学歴、容姿、スキルなど)に引きずられて、他の評価項目も高く(または低く)評価してしまう現象 | 項目ごとの具体的な事実に基づき、評価項目ごとに独立して評価する意識を持つ |
| 中心化傾向 | 全ての評価を平均点(3点など)付近に集めてしまう傾向。評価に差をつけず、角を立てたくない評価者に多い | 評価基準を明確にし、評価期間全体を通しての事実把握を徹底し、メリハリのある評価を意識する |
| 期末効果 | 評価期間の直近の出来事(良いことも悪いことも)を過大評価してしまう傾向(前述) | 日常の観察と記録を習慣化し、評価期間全体を網羅したデータを活用する |
| 寛大化傾向/厳格化傾向 | 全体的に甘い点数(寛大化)や、厳しい点数(厳格化)をつけてしまう傾向 | 評価者間の評価基準のすり合わせ(擦り合わせ)や、評価者トレーニングを実施し、客観的な目線を持つ |
| 対比誤差 | 評価者が自分自身を基準として、部下を評価してしまう傾向。例えば、自分より劣っていると厳しく評価し、自分に似ていると甘く評価する。 | 客観的な評価基準に立ち返り、自分の主観や経験を評価に持ち込まない意識を持つ。 |
評価者研修では、これらのエラーについて具体例を交えて解説し、「自分も陥りがちである」という認知を促すことが、評価の質向上の第一歩となります。
視点3:部下の成長を加速させるフィードバック技術


人事評価制度が「成長エンジン」となるかどうかのカギは、評価面談(フィードバック面談)の質です。どんなに公平な評価結果であっても、評価者がその伝え方を誤れば、部下のモチベーションを著しく下げてしまいます。評価者研修の集大成は、このフィードバック技術の習得にあります。
失敗に終わるフィードバックのパターン
多くの管理職が、フィードバックで以下のような失敗に陥りがちです。
- 人格否定、一方的説教: 「あなたの考え方は間違っている」「なぜこれができないんだ」と、行動ではなく人間性を否定したり、一方的に正論を押し付けたりする
- 感情論、曖昧な指導: 「もっとやる気を出せ」「気持ちを入れ替えろ」など、抽象的で具体的な改善につながらない言葉で終わらせる
- ネガティブ要素から入る: 面談開始直後から改善点やマイナス評価を指摘し、部下が聞く耳を持てなくなる
フィードバックは、「論理(事実ベース)」と「感情(承認・傾聴)」のバランスが極めて重要です。部下の防衛心を解き、前向きに改善点を受け入れさせるための体系的なプロセスが必要です。






成果につながる面談を実現する「7つのステップ」
私が推奨する、部下を成長させるフィードバック面談は、以下の7つのステップで構成されます。
| ステップ | 概要とポイント |
|---|---|
| ①事前準備(三本の矢) | 評価・フィードバック・コーチングの3点を明確にし、面談の目的(何を合意するか、何を引き出すか)を決める。評価資料・行動記録・次のアクション案の三本の矢を準備する。 |
| ②信頼関係の構築(アイスブレイク) | 面談冒頭で、評価とは関係のないポジティブな話題や、日頃の感謝や承認を伝え、部下の緊張を解き、話しやすい雰囲気を作る。 |
| ③部下の自己評価の確認(傾聴) | 評価者が評価を伝える前に、必ず部下自身の自己評価を聞く。評価とのギャップを認識させ、部下の考えや感情を深く傾聴する(聴くスキル)。 |
| ④評価事実の共有(ポジティブから) | ポジティブ要素から伝え始め、部下の努力や成果を承認する。その後、「事実ベースのデータ」に基づき、改善点(ネガティブ要素)を伝える。 |
| ⑤課題の深掘りと原因分析 | 改善点について、「なぜそうなったか」を部下自身に考えさせる。評価者が一方的に指導するのではなく、「支援的スタンス」で部下の気づきを促す。 |
| ⑥次のアクション設定(SMART合意) | 今後の目標や改善行動について、部下と評価者がSMARTの原則に基づき、具体的な行動レベルでの合意を形成する。 |
| ⑦面談の締めくくり | 部下の努力を改めて承認し、「いつでもサポートする」という支援のメッセージを伝え、面談を力強く終える。 |
特に重要なのは、「④評価事実の共有」において、「ポジティブ要素から入る」ことで相手の防衛心を解き、改善点を受け入れやすくする技術です。また、「⑤課題の深掘り」においては、傾聴スキルと支援的スタンスを駆使し、部下に自発的な行動変容を促すことが、フィードバックの目的です。
評価者に求められる「4つのスキル」の向上
質の高い評価者となるために、管理職に求められる能力は以下の4つのスキルに集約されます。
- 観察力: 日常の部下の行動を「印象」ではなく「事実」として捉える力
- データ活用力: 目標設定の段階から、定性・定量の記録を評価の根拠として活用する力
- 傾聴スキル: フィードバック面談で、部下の意見や感情を遮らず、共感的に聞く力
- 支援的スタンス: 評価を部下の成長のための「道具」として捉え、自律的な成長をサポートする心構え
評価者研修は、この4つのスキルを体系的に磨き上げるための実践の場として位置づけ、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング、職場での実地訓練)と結びつけながら継続的に実施していくべきです。
Q&A
Q1:評価者研修は一度やれば終わりですか?
A:いいえ、評価者研修は「継続的に実施」することが極めて重要です。人事評価制度の運用には、必ず「評価誤差」や「評価基準のズレ」が生じます。特に中堅中小企業では、評価者(管理職)の入れ替わりや昇進もあります。私が推奨するのは、最低でも年1回(できれば目標設定時と期末評価時の年2回)の実施です。特に評価者間の「評価基準のすり合わせ(キャリブレーション)」を目的としたセッションは、評価の公平性を保つ上で欠かせません。このすり合わせにより、「あの部署では甘い」「この部署では厳しい」といった部署間格差を防ぐことができます。
Q2:「忙しくて研修に時間を割けない」という管理職への説得方法は?
A:「質の高い評価は、管理職の仕事効率を上げる」と、具体的なメリットで説得すべきです。「研修は義務だ」という命令では、管理職の意識は変わりません。重要なのは、「質の高い目標設定と日常の記録が、期末評価時の負担と部下との衝突を減らす」という、彼ら自身のメリットを提示することです。具体的には、
- 目標設定の曖昧さが減れば、部下からの「これで合っていますか?」という疑問に伴う質問件数が減る。
- 日常の記録があれば、期末評価時に記憶をたどる時間が激減し、かつ部下へのフィードバックの説得力が増すため、反論が少なくなる。
- フィードバック技術が向上すれば、部下の自律性が高まり、管理職の「指示待ち」対応が減る。
つまり、研修は「時間効率を上げるための自己投資」であることを強調します。
Q3:評価制度が複雑で、研修内容が理解できるか心配です。
A:評価者研修は「制度解説」ではなく「評価技術(スキル)」に焦点を当てるべきです。評価制度が複雑な場合、研修で詳細な制度説明に終始すると、参加者は退屈し、頭に入りません。重要なのは、「あなたの会社が求める評価者の行動様式」を訓練することです。研修の時間は、
- 評価哲学(マインドセット)の確認(20%): 評価は何のためにあるのか?
- 評価誤差と事実記録の訓練(30%): 記録の仕方、誤差の回避。
- フィードバック面談のロールプレイング(50%): 実際の面談形式で、伝え方や傾聴を実践的に学ぶ。
といったように、「知識」よりも「実践」に重点を置くことで、制度知識に乏しい方でも、すぐに現場で使える「技術」として習得できるようになります。当事務所が提供する評価者研修では、お客様の人事制度に即したオーダーメイド型の評価者研修を提供しています。お客様の人事制度の説明に基づく評価哲学の確認やケースに基づく評価ワーク、そして受講者間でのフィードバック面談のロールプレイングなど、実践的な内容を提供しています。評価者研修に関する無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。
まとめ
本コラムで解説した、評価の質を高めるために押さえるべき3つの視点を改めて振り返ります。
- 評価哲学: 評価の目的を「査定」ではなく「成長支援」と捉え直すマインドセットチェンジ。
- 事実と論理の技術: SMART目標設定の徹底と、日常の記録による公平性の担保。
- フィードバック技術: 論理と感情を両立させた「7つのステップ」による面談の実践。
評価制度は、企業にとっての人材育成システムそのものです。評価者である管理職が、これらの視点を研修を通じて身につけることは、単なる業務の一環ではなく、「部下の能力と組織の未来に対する最高の投資」なのです。 私の経験から言えるのは、評価の質が高まれば、必ず組織は強くなります。もし、あなたの会社で「評価が部下の不満を生んでいる」「管理職の評価スキルにばらつきがある」といったお悩みがあれば、ぜひ一度、ご相談ください。あなたの会社の人事評価制度と組織文化に合わせた、真に効果的な評価者研修の設計を支援いたします。
私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、すでに人事評価制度を整備されている企業様に対する評価者研修も実施しています。豊富な人事評価・賃金制度構築コンサルティングの経験・実績を活かし、お客様の既存の人事制度に即した形でのオーダーメイド型での評価者研修を提供しています。「自社の人事制度の説明から入ってほしい」「自社の人事制度に基づくケース課題をワークとして実施してほしい」等、様々なご要望にお応えしてきています。評価者研修に関する無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。


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