
唐澤経営コンサルティング事務所代表の唐澤です。
中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定のコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。。
本記事では、現代の中小企業が直面する経営課題の一つ、「心理的安全性は本当に必要か?」というテーマを掘り下げます。
まずは、そもそも「心理的安全性」とは何なのか、簡単にご説明しましょう。
心理的安全性とは、「チームの中で自分の意見やアイデアを自由に発言できると感じられる環境」のことを指します。具体的には、「失敗しても責められない」「批判される心配なく率直に意見を言える」という安心感を生み出すことで、組織の生産性やイノベーションを促進する効果が期待されています。
この概念は、Googleのプロジェクト研究でも「成功するチームの共通要素」として注目を集めました。
一方で、「心理的安全性」を重視しすぎると、組織が馴れ合いや責任回避に陥るリスクも指摘されています。
本記事では、IT業界でチャレンジ精神を重視するAさんと、製造業で堅実経営を掲げるBさんという2名の架空の経営者が、それぞれの立場から議論を交わします。
この記事を通じて、心理的安全性がもたらすメリットとリスク、そして自社に合った導入の工夫や課題解決のヒントを得ていただければ幸いです。
それでは、さっそくディスカッションを見ていきましょう!
ディスカッション
登場人物
A社長(心理的安全性を重視する経営者)
・従業員数30名ほどのITベンチャーを経営し、代表取締役を務める。
・新しい技術の活用や社員の提案を積極的に採り入れたいと考えている。
B社長(心理的安全性をそこまで重視しない経営者)
・従業員数50名ほどの老舗製造業を経営。
・2代目社長で、堅実な財務体質を維持してきた。
・組織に一定の緊張感を持たせることが大事と考えている。
唐澤(モデレーター)
・唐澤経営コンサルティング事務所の代表を務める経営コンサルタント。
中小企業における心理的安全性の必要性


本日は「中小企業における心理的安全性の必要性」というテーマで、A社長とB社長にご意見をいただきたいと思います。まずは、お二方の立場をざっくり聞かせてください。












よろしくお願いいたします。私は当社が若い社員も多く、変化の激しいIT業界ということもあり、失敗を恐れず挑戦できる環境、つまり「心理的安全性」が必要だと痛感しています。新しいアイデアは失敗のリスクと隣り合わせですから、心理的安全性が担保されないと“本当にチャレンジしたいこと”は出てこないと思うんですよね。













Bです、よろしくお願いします。ウチは創業50年以上の製造業で、基本は堅実経営。私は「心理的安全性」という言葉自体は否定しませんが、そこに重きを置きすぎると、組織の緊張感や業績目標へのコミットが緩んでしまう恐れもあると考えています。「気楽な雰囲気」のメリットはわかりますが、中小企業は利益を出し続けなければ存続できませんからね。



Aさんは「心理的安全性」を高めることでイノベーションや自律的な提案を促したい、一方Bさんは「仲良しこよし」だけでは企業の収益性が担保されないと懸念していると。ここで具体的に、Aさんはどんなメリットを感じているのでしょうか?












はい。弊社では新サービスの立ち上げや新規技術の実験を頻繁に行っています。メンバーが「言いにくいこと」や「リスクがあるアイデア」も提案しやすい雰囲気をつくることで、実際に数回は事業化に成功しました。たとえ失敗に終わってもノウハウとして蓄積され、別のプロジェクトで活きる事例が多いんです。もし心理的安全性が低ければ、アイデアを出し渋ったり、上司に忖度したりして新しい芽が摘まれてしまう。これが弊社にとっては大きなリスクだと考えています。













ウチでも新商品開発はありますが、それでも年間に2〜3案件程度です。そういう少数精鋭の開発チームであれば、むしろトップダウンで明確に方向性を示したほうがスピードが出るし、失敗のリスクも減ると思いますね。「心理的安全性」という言葉はキレイですが、社員があまりに気楽にあれこれ言うばかりで責任がぼやけるようなら困るというのが本音です。私が言っているのは、極端な「馴れ合い」になってしまわないかというリスクに対する懸念ですね。



AさんとBさんで、業界や企業文化もかなり違うというのは大きいかもしれません。製造業は不良品や納期遅延が即ビジネスダメージに繋がるので、緊張感が求められる場面が多いですよね。












確かに「心理的安全性=馴れ合い」になってしまうと、必要な競争意識や成長意欲が落ちてしまう可能性がある。それは認めます。しかし私が目指しているのは、「言いたいことを言うだけの場所」ではなく、「建設的に議論できる場」です。そこを勘違いされると、心理的安全性の本質が見えなくなる。













なるほど。確かに私も、ただの馴れ合いなら論外だと思っています。でも、中小企業って結局トップの一声がモノを言う場面が多いじゃないですか? 経営者と現場の心理的距離も近いし。建設的議論を促すために、具体的にどうやって運用しているんです?












例えば、定例ミーティングでは「1人1つ必ず提案や意見を出す」ルールを導入しているんです。たとえ否定的意見でも、「プロダクトの改善点を率直に言う」「明確な根拠を示す」というフォーマットで出してもらう。提案内容のレベルが低くても攻撃しないし、逆に「こうするともっと良くなるんじゃない?」という形でフィードバックしてあげる。これを経営幹部から積極的にやって見せることで、若手が真似していくんです。













なるほど。ウチでも「言いたいことを言え」とは言うんですが、実際はなんだかんだで遠慮してしまう人も多いですね。社歴が長い人が揃っていると、「年上に意見して波風立てたくない」みたいな心理も働く。それを防ぐためには、トップの姿勢が重要なんでしょうが…。












そうなんです。私自身も最初は『何でも言っていい』とは言いつつ、無意識に否定的な意見を顔に出してしまったり(笑)。それを直すために意識的に肯定から入るフィードバックを心がけて、まず褒められるところがあれば褒め、課題やリスクの指摘は最後にまとめて伝えるようにしました。
中小企業ならではのリソース制約と具体的手法








お二人とも「トップの姿勢」や「社内ミーティングの工夫」など興味深い事例を挙げられています。とはいえ、中小企業にはリソースの制約もありますよね。大企業のように専門部署を作って人的資源を十分に割けるわけでもない。そのあたりはどうやって対応しているのでしょう?












ウチは上場企業ではないので、大掛かりな研修プログラムを組む余裕はありません。私がやっているのは、リーダー層に対して『心理的安全性を高めるコーチングの基礎』を学んでもらう程度の取り組みです。たとえば、「相手が話しやすい質問を投げる方法」や、「叱責ではなく建設的フィードバックをするフレーム」などを短期講座で教える感じですね。費用も数十万円くらいに抑えてます。













そういう講座に投資できる余力があるのは羨ましいですね。ウチは下請けの納期や品質管理が常に最優先になるので、社内研修に時間を取れないのが実情です。現場は日々切迫した納期対応に追われていますから……。ただ、以前『5Sの徹底』や『改善提案制度』に取り組んだことはあります。これは生産現場が中心でしたけど、当時は多少なりとも“心理的安全性”に近い活動だったのかなと思います。








5Sや改善提案制度は、現場の声を吸い上げる仕組みですよね。そこを通じて言いやすい環境をつくるという意味では、心理的安全性の要素があると思います。Bさんの会社では、その取り組みはどうでしたか?













導入当初は、ベテランの作業員が『ウチのやり方は今までこれで問題なかったから』と言って変化を嫌がったり、若手から出た提案を『こんなの常識だ』と切り捨てたりする例もありました。でも、最終的には少しずつ改善が進んで、不良品率が下がったり、作業動線が短縮して成果は出たんですよ。それを成功体験として、少しずつ若手の意見を取り入れる風土が生まれたのは確かです。
心理的安全性と業績評価のバランス














そういう成功体験があるなら、さらに踏み込んでいけばもっと改善提案が増えそうですね。私は「心理的安全性の確保」と「成果責任の明確化」を同時進行でやるのが大事だと思います。













そこが難しいんですよ。提案が増えるのはいいんですが、実際に数字にどう結びつくかが曖昧だと社長としては不安が残る。例えば、提案のために使った時間がかさみ、結局その分の労働コストが増えただけで成果が出なかったら困るわけです。単純にアイデアの数が増えても意味がないので、どうやって提案の質や実行力を高めるかがポイントかと。












おっしゃる通りですね。私のところでも、提案が多い割に「具体性が乏しい」とか「その後フォローがない」ということが課題でした。そこで、OKR(Objectives and Key Results)を簡易化した形で、各提案の目的とキーリザルトを必ず設定させる仕組みを導入したんです。例えば新サービスなら「3ヶ月以内にテストユーザー10社に導入し、利用率50%以上を目指す」みたいに、目標を数値化して明確にする。そうすると提案だけで終わらず、実行力も伴いやすくなります。













それなら単なるアイデア会議にならずに済みそうですね。数値化した指標があれば、結果的にうまくいかなかった時も「どこが原因だったのか?」「どのタイミングで手を打つべきだったのか?」を検証しやすい。それなら心理的安全性があっていろいろ言えても、最後はちゃんと成果にひも付けられる仕組みになると。
組織カルチャーの醸成とリーダーシップ








ここまでの話をまとめると、心理的安全性を高めることと業績責任を明確化することの二軸を回しながら、リーダーが組織をうまく導くというのが理想的な姿なのかなと感じます。改めて、Bさんは「心理的安全性」のメリットをどう捉えていらっしゃるか、もう少し踏み込んでいただけますか?













メリットはもちろんあると思います。特に若手や中堅が意見を出しやすくなるのは大事だし、組織全体が前向きになれる点も認めます。ただ、ウチの組織は平均年齢が40代後半と高めなので、若手がはっきり意見を言うとベテラン社員が『そんなの聞いてない』『生意気だ』と反発するケースもあるんですよ。「心理的安全性」を高めるには、経営陣だけでなく管理職や現場リーダーの意識改革が欠かせないと思いますね。












確かに管理職層や現場リーダーの意識が変わらないと、トップがいくら『何でも言っていいよ』と言っても現場は動きませんよね。私のところではリーダー層に対し、積極的に部下の失敗や提案を尊重するよう指導しています。具体的には、失敗を発生させた当人に対しては「次にどう活かすか?」という問いを繰り返すことで、責任追及ではなく前向きな学びの場にする。そうすると部下も『やり直せるんだ』と思ってまたチャレンジしようとするんです。













なるほど。そこまで仕組み化して指導しているのは感心しますね。ウチでも、管理職にそういう問いかけの大切さを伝えようかと思います。ただ、失敗の許容範囲をどう設定するかが難しい。製造業だと、一つのミスが納期遅延やクレームにつながり、それが次の受注に響いたりするので、そこらへんは慎重にならざるを得ないですね。
“真の心理的安全性”とは? — 建設的対立と率直な議論










失敗許容の度合いは業種・業態によってかなり違うでしょうね。一方で、「心理的安全性」が高まると、単なるアイデア提案だけでなく、社内で健全な対立や議論が生まれやすくなるというデータもあります。いわゆる「はいはい」と同意するだけの会議ではなく、率直に意見交換が行われることで意思決定の質が高まる、という効果ですね。これはAさんの組織ではどう感じられますか?












おっしゃる通りで、実際に口うるさい部下が増えてきて、経営幹部が出す指示に対して『そのやり方だとコストがかさみませんか?』とか『顧客視点が抜けていませんか?』と平気で言うようになってきました。一見ネガティブに見えますが、むしろその一言で早めにリスクをキャッチアップできることも多いんです。上層部の暴走を防ぐ意味でも、率直な議論は組織にとってプラスだと感じています。













なるほど。現場に都合の悪いことでも言わせられる空気があるのは強いですね。ウチでは、ベテランの意見がやたら強くて、それに異を唱えることがタブーになりがち。そこは正直、変えていきたい部分でもあります。私も良い意味での対立を促しつつ、最終的には経営トップが判断するという形が健全かなと思いますね。








建設的対立や率直な議論は、イノベーションの芽だけでなく経営リスクの早期発見にも寄与すると私も考えています。心理的安全性が担保されていない組織だと、下の人が「問題に気づいていても言えない」ということがよく起こりますからね。それは経営者にとっても大きなリスクになりますよね。
今後の方針と落としどころ













ここまで話してみて、私としては「心理的安全性」をまったく否定する気はないんですが、「馴れ合い」との境目をどう作るかがカギだと再認識しました。業績に結びつく施策や、現場力を高めることにつながる形であれば積極的に取り入れたい。失敗を許容する範囲も、現場と経営陣でしっかり共有しておけば、そこまで問題にならないのかな、と。












そうですね。私の経験上、最初は『どこまで失敗を許すか』が曖昧でなんでもアリになってしまうリスクがありますが、明確な指標やゴールを設定しつつトップや管理職が対話ベースで学びを引き出すことを続けていけば、自然と馴れ合いではなく「学習する組織」に近づくと思います。そこに「心理的安全性」が根付くと、急な変化や危機に強いチームができる印象ですね。








A社社長、B社社長、今日はありがとうございました!
総括
- 心理的安全性は“仲良しこよし”ではなく、“健全な対立”や“率直な議論”を促すための基盤
- 仲間同士で無批判に賛同し合うことが目的ではなく、実りある批判が可能になる空気づくりこそが核心です。
- 否定的意見を言われても個人攻撃には発展しない、失敗しても人格否定されない、という安心感があるからこそ、組織としての意思決定レベルが上がります。
- “提案の質”や“学びの成果”にフォーカスした仕組みをつくる
- 単に「何か意見を出してください」というだけでは“提案の質”が低下し、時間だけが浪費される恐れがあります。
- OKR(Objectives and Key Results)の導入や改善提案制度など、提案を形にし、追跡・検証していく仕組みが有効です。
- “心理的安全性”を担保することで気軽にアイデアを出しつつ、最終的に成果検証をきちんと行うことで、効果的な改善・イノベーションにつなげられます。
- 経営者や管理職の“フィードバックスキル”と“スタンス”がカギ
- 中小企業において、現場の雰囲気は管理職や経営者の姿勢によって大きく左右されます。
- 経営トップが“失敗から学ぶ”姿勢を自ら示し、管理職には建設的フィードバックを徹底させることで、全体が“言いやすい環境”へシフトしていきます。
- 特に現場のベテラン勢や年長者が若手の意見を尊重できるかどうかは、管理職の教育次第です。
- 業態に応じた“失敗許容度”の設定と明文化
- 製造業など品質・納期にシビアな業態では、“どこまで許容して良い失敗か”を明確化しないと、組織に混乱をもたらします。
- 明文化したガイドラインや段階的なテスト運用などを取り入れ、無制限に失敗を許すわけではない、というルールを設けることが大切です。
- 逆に、ITベンチャーなどでは素早いトライアル&エラーが競争優位につながるので、より大胆に失敗を許容して学びを促す方が得策です。
- 小さなトライアルから始め、成功事例を共有して浸透させる
- 全社的に一気に「心理的安全性向上プロジェクト」を展開すると混乱を招きがちです。
- まずは一部チームや部署で試験導入し、成功事例(失敗から学んで成果を出した例など)を広く共有することで、心理的安全性のメリットを体感してもらうのが効果的。
- そうすることで、ベテラン勢や懐疑派の社員にも納得感を与えながら、全社的な取り組みに拡大していけます。
まとめ
心理的安全性は、中小企業においても「イノベーションの源泉」「組織学習の土台」「リスクの早期発見」において大きな役割を果たし得る一方、「馴れ合い」や「責任回避」と紙一重のリスクも内包しています。
したがって、単なる「気のいい組織」を目指すのではなく、建設的な対立やフィードバックのしやすさを実現するための基盤として位置づけることが重要です。
A社長のようにITベンチャーで常に新しいアイデアを必要とする企業は、「心理的安全性」を高めるメリットが大きいです。特にOKRや短期検証プロセスを取り入れることで、提案や失敗をスピーディーに活かす仕組みが機能しやすくなります。
B社長のように製造業で品質管理や納期遵守が死活問題の企業は、失敗許容度や対話プロセスを明文化し、まずは管理職の姿勢とフィードバックスキルを変えるところから始めるのが現実的です。現場の改善提案制度などの延長線上で、「若手の意見をどの程度、どのプロセスで取り入れるか?」を合意形成するとスムーズです。
最終的には、経営者のリーダーシップと組織が学習する仕組みの両輪によって、馴れ合いではなく強く柔軟な組織へ成長することが目指すべき姿ではないでしょうか。
心理的安全性を正しく理解し活用することで、環境変化の激しい時代において競争優位を築く可能性を高めることができると考えます。
意図的にデザインし、必要な時にスピードを、必要な時に多様性を発揮する柔軟性が求められています。
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