唐澤経営コンサルティング事務所代表の唐澤です。
中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定のコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
近年、原材料費や物流費、人件費など、企業を取り巻くコストは上昇傾向にあります。特に中堅・中小企業にとって、コストアップをいかに自社の価格設定に反映させるかという「価格転嫁」は、事業の持続や利益確保に関わる重要な経営課題と言えるでしょう。
しかし「価格を上げれば顧客が離れてしまうかもしれない……」「取引先からクレームが入るのではないか……」といった不安から、価格転嫁に踏み切れない経営者の方も多いのではないでしょうか。
私は経営コンサルタント歴20年の経験を通じ、多くの中堅中小企業のみなさまの経営支援を行ってきました。その中で痛感しているのは、いかにコストアップの実情や価格転嫁の必要性を正しく相手に伝え、かつ自社を取り巻く価値や条件をきちんと整理した上で交渉することが重要かという点です。
本コラムでは、そもそも価格転嫁とは何か、その仕組みと具体的な成功ポイントを初心者にもわかりやすく解説してまいります。ぜひ参考にしていただき、貴社の持続的な成長につなげていただければ幸いです。
価格転嫁とは?

価格転嫁とは、商品やサービスのコストアップ分を販売価格に反映させることを指します。例えば原材料費が10%上昇した場合、最終的にエンドユーザーが支払う価格にも相応の価格上乗せを行うことで、自社の利益率を維持・確保していくという考え方です。
中堅中小企業にとって、コスト変動は決して他人事ではありません。資金的な体力に限りがあるからこそ、適切な価格転嫁を行わないと自社の利益が圧迫され、将来的な事業運営が危うくなる可能性があります。例えば、原材料費が急騰したり、人件費高騰に伴う労務コストが増加すると、そこで生じるマイナス分を吸収できずに赤字に転落するケースも少なくありません。
しかし一方で、仮に安易な価格引き上げを行えば、顧客離れや取引先との関係悪化を招きかねません。ここのようなリスクの狭間で悩み続ける経営者が非常に多いのが実情です。
なぜ価格転嫁が重要なのか?

利益確保のため
第一に、価格転嫁は企業が利益を確保する上で不可欠です。
言うまでもなく、企業が継続的に成長し、従業員へ安定的に給与を払い、社会に価値を還元するためには、一定の利益確保が前提条件となります。コストアップを吸収できるだけの利益構造を作れなければ、将来の投資資金や設備更新費用、研究開発費などが不足し、長期的な企業競争力を失ってしまう恐れがあります。
付加価値向上への投資
第二に、付加価値向上への投資を可能にする点です。
価格転嫁によって確保した利益の一部を新商品の開発やサービス改善、社員教育等に再投資することで、企業は付加価値を高め、さらなる企業競争力強化を図ることができます。この好循環を生むためにも、価格転嫁は重要な経営戦略の一部と言えるでしょう。
適正価格の実現
第三に、適正価格の実現という観点があります。
適正価格とは、取引先や顧客にとって納得感のある価格帯でありながら、自社にとっても無理なく適切な利益を確保できる水準です。適正価格が保たれれば、取引先や顧客とも長期的に安定した関係を築くことができ、企業の信頼性向上やブランド力強化にも寄与します。
中小企業における価格転嫁の実態
価格転嫁は困難か?
中堅・中小企業庁が公表している「2023年版中小企業白書」(経済産業省)によると、原材料費やエネルギー費、人件費などが上昇しているにもかかわらず、十分な価格転嫁ができていない中小企業が一定数存在することが指摘されています。
製造業では、原材料価格の変動が反映されたとする回答割合が高い一方で、労務費、エネルギー価格の変動については、いずれの業種においても、比較的反映されていない状況にあります。特に、労務費については全ての業種で共通して半数以上が十分な価格転嫁を行えておらず、賃上げの原資となる価格転嫁は、引き続き重要な課題となっています。

なぜ価格転嫁が進まないのか?
1つには、中堅・中小企業が持つ交渉力の弱さが影響しています。
大企業や大きな取引先との関係において「価格を上げれば取引停止になるかもしれない」「顧客が離れてしまう恐れがある」などのリスクを懸念し、妥協してしまうケースが少なくありません。また、価格アップの根拠やメリットを明確に示せず、単に「仕方ないから値上げする」という姿勢になってしまうと、取引先に理解を得られにくくなります。
もう1つの理由は、価格転嫁に踏み切るための内部体制が整っていないことが挙げられます。原価計算やコスト分析が十分に行われていなかったり、市場調査や顧客ニーズ分析が疎かになっていたりすると、説得力のある価格設定が難しくなり、結果として不十分な転嫁にとどまるのです。
価格転嫁の仕組み
価格転嫁は大きく分けて「直接転嫁」と「間接転嫁」という2つのアプローチがあります。
- 直接転嫁
仕入れコスト増や人件費アップの分を、商品やサービスの販売価格にダイレクトに上乗せする方法です。例えば、原材料費が10%上昇した場合、それを根拠に価格を10%上げるといったイメージです。メリットは単純明快で分かりやすい点ですが、顧客側の心理的ハードルが高くなる恐れもあります。 - 間接転嫁
価格自体を変えずに、商品内容やサービス条件を一部変更することで事実上の値上げを図る方法です。例えば、1つの商品あたりの内容量を少し減らし、1個あたりの単価を据え置くケースや、オプションサービスを有料化するケースなどです。ただし、顧客に「改悪だ」「実質値上げだ」という印象を与えるリスクもあるため、慎重な対応が必要です。
価格転嫁を成功に導くためのポイント

コスト構造の見える化
価格転嫁の前提となるのが、「自社のコスト構造を徹底的に可視化する」ことです。
原材料費や人件費、固定費、変動費などを項目ごとに細分化し、どの部分がいつ、どのくらい上がっているのかを正確に把握することで、「どれだけの価格上乗せが必要なのか」を計算できます。さらに、必要以上にコストがかかっている部分があれば、コスト削減の余地がないか検討することで、値上げ幅を抑える工夫もできます。
顧客への価値提供を再確認
単に「コストが上がったので値上げします」では顧客に理解してもらいにくいものです。そこで重要になるのが、「自社が提供している価値をあらためて言語化し、顧客に伝える」ことです。
これは「当社の商品・サービスは、こうした点で他社と差別化されており、これだけのメリットがある」と説明することです。特に中堅・中小企業にとっては、独自の技術やきめ細かなサービス、素早いアフターフォローなど、大手にはできない強みが武器になるケースが多々あります。
ステークホルダーとの丁寧なコミュニケーション
価格転嫁を行う際には、顧客や取引先との丁寧なコミュニケーションが欠かせません。
具体的には「なぜ値上げが必要なのか?」「どのような経緯でいくら程度の値上げを予定しているのか?」「値上げ後も変わらず提供できる価値やメリットは何か?」を明確に伝え、納得感を醸成していく必要があります。これには書面による案内だけでなく、可能であれば訪問や対面での説明を行ったほうが効果的です。
段階的なアプローチ
いきなり大幅な値上げを告知すると、取引先や顧客の反発が大きくなる恐れがあります。そこで、段階的なアプローチをとるのも有効です。
例えば、年初と中間期に複数回に分けて値上げを実施する、あるいは先に一部商品だけ値上げし、需要や顧客反応を見つつ他のラインナップに広げていく。こうした計画的なステップは、顧客の心理的なハードルを下げることにつながります。
ただし、業界内で値上げの雰囲気が一般化していたり、競合企業が一斉に値上げをしているような状況では、それに歩調を合わせて一気に大幅な値上げを行うのも一つの手です。段階的な値上げが逆に顧客の不信感を招くケースもあるため、業界内の情勢や競合企業の動きを冷静に分析した上で、最適なアプローチをとることが重要です。
価格以外の付加価値向上
価格転嫁によって得た追加の利益は、新商品・新サービスの開発や品質・サービス改善に振り向けることが望ましいでしょう。
値上げ分をただ自社の利益として取り込むだけでは、「値上げの正当性が薄い」という印象を与えかねません。むしろ「値上げ分をこうした改善や付加価値向上に投資し、さらにお客様にメリットを還元します」とアピールすることで、顧客の理解と納得を得やすくなります。
価格転嫁における具体的な事例
製造業の事例
ある中小の金属加工メーカーでは、鋼材価格の上昇が続いたにもかかわらず、取引先への販売価格を据え置き続けた結果、利益率が徐々に低下し、設備投資が資金を確保することが難しい事態となっていました。
そこで、同社が取り組んだのは「付加価値強化」と「交渉余地の洗い出し」です。具体的には、工程の一部を自動化し品質の安定度を向上させた上で、取引先に対して「従来より不良率を下げ、納期も短縮できる」点を改めて提示しました。その結果、製品自体の付加価値が高まったため、取引先からも一定の理解を得ることができ、値上げ交渉を優位に進めながら価格転嫁を図ることができました。
飲食店の事例
飲食店では、消費者向けの直接的な値上げに対する抵抗感が大きいことが課題となることが多くあります。
ある個人経営のレストランでは、原材料費の高騰や光熱費の上昇により採算が厳しくなっていましたが、「季節限定の特別メニュー」の導入や「高価格帯のコース料理」の新設を通じて、価値提案と価格設定の見直しを行いました。結果的に、一部のメニュー価格は上がったものの、「特別な食体験を提供するプレミアムメニュー」として顧客の満足度を向上させ、値上げに対する抵抗感を抑えることに成功しました。
Q&A
Q1.「取引先が大手企業で、こちらの交渉力が弱い場合、価格転嫁は不可能でしょうか?」
A. 不可能ではありません。たとえ大手が相手でも、「なぜ値上げが必要なのか」を根拠ある数字で示し、さらに「値上げ後も御社にとってメリットのあるサービスや品質を提供できる」という提案をセットにすることで交渉成立の可能性は高まります。交渉に必要な情報(コスト構造、差別化要素、競合他社との比較など)をしっかり準備することが大切です。
Q2.「値上げをすると顧客が離れるかもしれないと心配です。」
A. 確かに値上げによって一定数の顧客が離れるリスクはありますが、そのまま利益率が下がり続ければ、やがて事業継続自体が危機に陥る可能性もあります。価格転嫁は悪ではなく、適正な利益を確保するために必要な経営判断です。大切なのは、値上げによる顧客離れよりも、「値上げをしないことで生じる経営リスク」の方が深刻だという点を理解し、将来的なビジネスの持続性を優先することです。離れてしまう顧客がいたとしても、適正価格を維持することで中長期的に「質の高い顧客」を獲得できる可能性があります。
Q3.「値上げのタイミングはいつが良いのでしょうか?」
A. 一般的には、市場や競合企業の状況、あるいは自社の商品改良やサービス向上のタイミングが重なるときが良いとされています。例えば、新商品を発売する際に旧商品との比較で値上げ分を説明できる場合や、季節や年度替わりでの予算計画の変更時期などが狙い目となりやすいです。ただし、焦ってタイミングを逸すると反発を招きやすくなるため、十分な準備と事前告知期間を設けるようにしてください。
Q4.「間接転嫁で実質的に値上げをする場合、顧客とのコミュニケーションはどうすれば良いですか?」
A. 間接転嫁は表面上の価格を変えないため、一見すると顧客の反発を招きにくいかもしれません。しかし、商品内容量の減少やオプション付加の有料化などは、顧客に「改悪」という印象を与えかねません。むしろ事前に「こうした工夫で品質向上やサービス維持を図っている」「コストアップを抑えるために商品設計を見直す」というポジティブなストーリーを伝え、理解を得る努力をするのが望ましいです。また、既存顧客に対しては特典や継続プランを用意するなどの配慮を行うと良いでしょう。
まとめ
価格転嫁は単なる「値上げ」ではなく、「企業が適正な利益を確保しながら継続的に顧客に価値を提供していくための戦略的手段」です。原材料費や人件費が上昇する時代においては、コスト増をどのように吸収し、ビジネスモデルに反映させていくかが重要な経営テーマとなります。もし値上げがどうしても難しいのであれば、付加価値を高めたり、業務効率を改善することで、同等の価格でより質の高いサービスを提供するアプローチも考えられます。いずれにしても、自社の強みを明確化し、顧客や取引先にその価値をしっかりと伝える努力が不可欠です。
また、価格転嫁を成功させるためには、「コスト構造の把握」「丁寧な顧客コミュニケーション」「段階的アプローチ」など、地道な取り組みが重要となります。時には短期的な抵抗や顧客離れが生じるかもしれません。しかし、適正な価格設定を行うことで収益基盤が安定すれば、人材育成やサービス改善に積極投資が可能となり、結果的に顧客満足度を高めて、より強固な事業基盤を築くことができます。
これらを踏まえ、ぜひ自社に最適な方法で「価格転嫁」を前向きに検討し、長期的な成長につなげていただければ幸いです。
私が20年以上にわたり数多くの企業を支援してきた経験から申し上げると、価格転嫁は怖いことばかりではありません。むしろ、このステップを適切に踏むことで、企業体質の改善と顧客との関係強化を同時に実現できる大きなチャンスにもなり得ます。今の時代の変化をチャンスと捉え、ぜひあなたの会社でも価格転嫁を前向きに検討してみてください。丁寧な準備とコミュニケーション、そして自社の魅力をしっかりと発信することで、必ず道は拓けます。
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