唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「辞めてほしくない社員が退職を考えている…」という話を耳にした瞬間、多くの経営者や管理職の方は大きな焦りを感じます。特にキーマンの離職は、売上や顧客対応、組織活性度合いなど、あらゆる面に影響を与えかねません。しかし、「ただ必死に引き止める」だけでは根本的な課題を解決できないケースも多いのが実情です。
本記事では、実際に人材定着のための支援を行ってきたコンサルタントの視点から、「優秀な社員が退職を決断する前・後に何をすれば効果的か」というポイントを整理します。社内の「準備」と「実行」を明確に分けましたので、ぜひ自社での具体的アクションに落とし込んでみてください。
なぜ“優秀な社員”の離職は問題なのか?

理由①:中堅・中小企業ほど致命的な損失につながりやすい
社員の離職は企業規模を問わずダメージが大きいものの、中堅中小企業では「1人抜けるだけで業務が滞る」「重要なノウハウがごっそり抜ける」といったリスクがより顕在化しやすい傾向にあります。優秀な人材が辞めると、売上や顧客満足度だけでなく、周囲のモチベーションやチームワークも大きく揺さぶられます。
理由②:採用・教育コストの増大
厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概要」によれば、2023年の日本企業全体の平均離職率は15.4%となっています。中堅中小企業の場合、給与や待遇面で大企業と競うことが難しいケースも多く、採用に時間とコストをかけても思ったように人材が定着しにくいという現実があります。また、採用後の教育コストや、現場での研修なども決して軽視できません。

理由③:組織風土への悪影響
ハイパフォーマーやリーダー格の社員が退職すると、「あの人が辞めるなら自分も…」という心理が伝播しやすく、離職の連鎖が起こる可能性が高まります。結果として、社内の活気が失われたり、残った社員が不安を抱えてモチベーションを下げたりするなど、組織全体の雰囲気を悪化させる要因にもなるのです。
優秀な社員が“辞める”真の理由を知る

「頑張っている社員が、なぜ辞めたいと思うのか?」を理解しないまま引き止め策に走ると、場当たり的になりがちです。まずは大きく4つの典型的な要因を押さえましょう。
- キャリアビジョンの不一致
向上心の高い社員ほど、キャリアビジョンの不一致によるギャップを痛感しやすい傾向にあります。- 「現状の会社では成長の幅が見えない」
- 「専門性を高める機会が少ない」
- 評価・報酬への不満
中堅中小企業の場合、「人事評価制度がない」「評価制度はあるが実質的には機能していない」といったケースが多いです。- 評価基準が不透明 or 曖昧
- 結果が給与や賞与に反映されない
- 職場環境・人間関係の問題
職場環境や人間関係のストレスが慢性化すると、「これ以上は続けられない」とある時突然限界点を迎えるケースも少なくありません。- 過度な業務負担が一部の優秀な社員に集中
- 上司・同僚との価値観の不一致
ストレスが慢性化すると「これ以上は続けられない」と限界を迎えるケースも少なくありません。
- 企業理念・トップの方針への違和感
規模が小さい企業ほど、良くも悪くも経営トップのカラーが社内全体に影響しやすいため、経営理念・トップの方針とのズレを感じると退職を考えやすい傾向にあります。- 経営理念が形骸化している
- 経営者の言動がビジョンと合致していない
「まず社内で整えるべき準備」―退職引き止めに動く前の土台づくり

優秀な社員が「辞めたい」と打ち明ける前後でバタバタするよりも、事前に「社内としての準備」を整えておくほうが、いざというときに効果的・スピーディーなアクションがとれます。ここでは、直接社員と話す前に経営サイドで用意しておきたい土台を整理しています。
準備①:自社の課題を客観的に把握する
「退職を考える要因は何か?」を社員個人だけの問題にするのではなく、組織全体が抱える潜在的な問題に目を向けましょう。
- 第三者視点の活用
外部コンサルタントや専門家の組織診断を受けたり、他社事例を研究したりすることで、自社の盲点を見つけやすくなります。 - 社員アンケート・面談の定期実施
現場レベルの課題を早期にキャッチし、満足度や不満点を可視化しておくことも有効です。
準備②:「本当に引き止めるべき人材」を再確認する
仮に優秀な社員であったとしても、その社員のもつスキルセットが経営戦略・ビジョンに合わない場合、無理に残ってもらうよりは「卒業」してもらったほうがお互いに良いケースもあります。
- 期待役割と成長シナリオの再設計
3~5年先を見越し、どんなポジション・能力が重要かを再考しましょう。 - 数値化できる損失・投資コストの試算
社員が抜けることで発生するリスクを定量的に把握し、引き止めに投資するコストとのバランスを検証しましょう。
準備③:柔軟な制度や評価基準をあらかじめ設計しておく
「辞めてほしくない」と言っておきながら、会社として提示できる具体策が「給与アップ」のみというのは危険です。評価制度や働き方の柔軟性など、多面的な施策を備えておきましょう。
- キャリアパスの明確化
「成果を出した社員がどうステップアップできるか」を明示して、成長意欲を高めましょう。 - 評価制度の「見える化」
評価基準や評価フローがブラックボックスになっている場合、離職の大きな要因になりがちです。 - リモートワークやフレックス等の導入準備
勤務形態の柔軟性は、“過剰労働の是正”や“ワークライフバランス”の改善に大いに寄与します。
準備④:経営陣の「本気度」を固める
経営者やトップマネジメントが「本気で人材定着を考えている」という姿勢を示さなければ、いざ社員を引き止めようとしても説得力に欠けます。
- 企業理念・ビジョンの再点検
トップの言動と理念が合致しているか、社内にしっかり浸透しているかを見直しましょう。 - 社内コミュニケーションの仕組みづくり
経営陣が定期的に社員との対話を行い、現場の声を拾える習慣を作っておくと、退職の予兆を早期にキャッチできます。
【具体策】優秀な社員を引き止めるアクションステップ
ここからは、実際に「優秀な社員が退職の意思を固めた」とわかったタイミングで即実行できるポイントをまとめます。
ただし前提として、退職を切り出された時点で、「そもそも引き止められる可能性は低い」ということは認識しておいてください。退職を切り出すまでに、その社員も様々な考えを巡らして悩みに悩んでますし、既に退職に向けた行動を起こしている可能性も高いです。そのため、一般的にはそう易々とその社員の考えが翻るはずはないと思う方が正しいでしょう。むしろ会社側としては、その社員の気持ちを尊重する姿勢をもつことが大切です。
以上を前提にしながら、ここでは、退職意向を知った瞬間からの対処手順を紹介します。
- 第一報を受けたら冷静に状況を把握する
- 感情的にならず、まずはヒアリング
「本当に辞めたいと思う理由は何か?」「いつ頃からそう考えていたか?」など、背景を丁寧に聞き出しましょう。 - 否定や説得をすぐにしない
「考え直せ」などの一方的な否定は逆効果になりがち。まずは社員の気持ちや経緯を正確に把握することが大切です。
- 感情的にならず、まずはヒアリング
- 退職理由を「本人の視点」で整理する
- 主観的な意見を尊重してまとめる
「キャリアに不満があるのか?」「評価制度が不透明なのか?」など、本人が感じているポイントをきちんと区分し、優先度を把握します。 - すぐに対応できるもの・時間がかかるものを仕分けする
(例)職場環境や人間関係のトラブルなら短期的に改善できる場合もあるが、評価制度の改訂には時間を要する場合が多い。
- 主観的な意見を尊重してまとめる
- 準備しておいた「対応策」をカスタマイズし、提案する
事前に用意していた柔軟な制度やキャリアパス、評価の見直しプランなどを、社員のニーズに合わせて具体的に提示します。但し、特定社員の意見のみを過度に反映させた対応策は、社内の不公平感を高める悪手です。「主張すれば、会社は言い分を全部聞いてくれる」という誤った認識を社員に抱かれないよう、十分注意して対応策を提示しましょう。 - 合意形成と定期フォローアップ
- 「本人の希望×会社の方針」のすり合わせ
提案内容が本人の理想と会社の現実をどこまで埋められるかを話し合い、合意を目指します。 - フォローアップの場をスケジューリング
四半期ごと、あるいは1ヶ月ごとなど、経過をチェックできる定期面談や評価の見直しを設定し、改善が形骸化しないようにする。
- 「本人の希望×会社の方針」のすり合わせ
- それでも難しい場合は「円満退職」と「再縁」を視野に
- 無理に引き止めず、卒業をサポート
どうしても意思が変わらない場合は、円満退職となるよう配慮し、社外でも悪評が立たないように気を配ることも重要。 - ノウハウの引き継ぎと関係維持
退職者が持っている顧客情報や専門知識をしっかり移管し、将来的に外部パートナーとして再度関わる可能性も視野に入れましょう。
- 無理に引き止めず、卒業をサポート
Q&A
Q1. 今すぐ使える「引き止めのセリフ」はありますか?
A: 社員一人ひとり状況が異なるため、万人に効く「魔法の言葉」は存在しません。ただし以下のポイントを押さえると効果的です。
- まずは徹底して聴く姿勢を示す(本人が感じている問題を細かく把握する)。
- 会社への貢献度を具体的に共有する(数字や事例を使って、いかに必要な存在かを伝える)。
- 未来ビジョンを提案する(給与面だけでなく、キャリア開発や働き方の柔軟性も含めたプランを提示)。
Q2. 給与アップは最終手段でしょうか?
A: 給与面の改善は大切ですが、それだけでは根本解決にならないことが多いです。評価制度や職場環境、人間関係など他の要素をないがしろにすると、再度不満が噴出します。“多角的な改善策の一部”として給与アップを検討するのがおすすめです。
Q3. 具体的な進め方はどうなりますか?
A: 一例として、以下のステップをおすすめします。
- (準備段階)社内課題の洗い出し・必要人材の再評価・柔軟な制度づくり
- (退職意向を把握)まずはヒアリングと状況把握
- (対策案作成)本人の不満点や要望を踏まえ、事前に用意した制度をカスタマイズして提案
- (合意形成と実行)短期施策・中長期キャリア計画をセットで提示し、定期フォロー
- (最終判断)引き止めが難しければ円満退職サポートとノウハウ継承
Q4. 引き止めに失敗したらどうすればいいですか?
A: あらゆる策を講じても退職を回避できない場合は、以下を意識しましょう。
- 円満退職のサポート:退職者の将来を応援しつつ、社内に悪影響を残さないように配慮。
- ノウハウの引き継ぎ:顧客情報や業務フローのマニュアル化を徹底。
- 離職理由の再検討:組織側で得られた学びを、今後の人材定着策に活かす。
離職は問題であると同時に、組織改革の「チャンス」でもある
優秀な社員が退職を検討する背景には、個人のキャリア志向だけでなく、会社全体の制度や人間関係、トップの姿勢など多くの要素が絡んでいます。大切なのは「どうして?」「なぜ?」をしっかり理解し、会社側で準備してきた改善策と照らし合わせながら誠実に対応することです。単なる「条件闘争」で終わらせるのではなく、社員の未来ビジョンと会社の成長戦略をすり合わせることで、結果的に他の社員のモチベーションアップや組織改革につなげられます。もし引き止められなくても、そのプロセスで明らかになった課題を改善すれば、今後の離職率低下や社内の活性化に大きく寄与するでしょう。
ぜひ本記事で紹介した「準備→実行」の流れを自社に取り入れ、「辞めてほしくない社員が働き続けたいと思える職場づくり」を進めてみてください。社員一人ひとりが納得感を持って活躍できる環境づくりこそが、企業の未来を盤石にする最良の道です。
唐澤経営コンサルティング事務所では、コーチングとコンサルティングを融合したアプローチで、経営者が組織の課題を把握し、適切なマネジメントを実行できるよう支援しています。社員の退職対策や職場環境の改善に関してご相談がありましたら、以下のフォームよりお気軽にお問い合わせください。全力でサポートいたします。

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