唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」

最近、私が多くの中堅中小企業の経営者様からご相談を受ける中で、この言葉を聞かない日はありません。そして、みなさまが口を揃えたかのようにこうおっしゃいます。

「DXの重要性は分かるが、何から手をつけていいか分からない」

「とりあえずツールを導入してみたが、現場で使われず、うまくいっていない」

「ITに詳しい社員もおらず、多額のお金もかけられない…」

もし、社長であるあなたが少しでもこのように感じていらっしゃるなら、一度立ち止まって、根本的な問いについて考えてみていただきたいのです。

それは、「あなたの会社は、一体何のためにDXを推進するのですか?」という問いです。

実は、DXがうまくいかない企業のほとんどが、「DXの推進」そのものを「目的」にしてしまっています。流行りのツールを導入すること、ペーパーレス化すること、オンライン会議をすること…。これらはすべて、企業の未来を創るための「手段」にすぎません。

私が数々の中堅中小企業の経営課題と向き合ってきた経験から断言できるのは、成功するDXは、必ず「経営者の強い想い」から始まるということです。「3年後、会社をこんな姿にしたい」「社員にもっと働きがいのある環境を提供したい」「この技術で、お客様をもっと笑顔にしたい」。そんな社長自身の明確なビジョンと覚悟があって初めて、DXは本来の力を発揮するのです。

経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」は、確かにすぐそこまで迫る脅威です(経済産業省「DXレポート」)。しかし、この変化の時代は、明確な羅針盤を持つ企業にとっては、ライバルをごぼう抜きにする絶好のチャンスでもあります。

本コラムでは、小手先のツール紹介はしません。DXの「目的」を見定めるという本質的な議論から出発し、それを具体的な「手段」へと落とし込むための「5つの秘訣」を、どこよりも分かりやすく、実践的に解説していきますので、ぜひ最後までお付き合いいただき、貴社の魂のこもったDXストーリーを描くための一歩を踏み出してください。

秘訣1:DXを「自分ごと」に!経営トップが魂を込めて描く未来図

DX推進の要諦は、ITツールでも、優秀なIT人材でもありません。それは「経営トップの魂のこもったビジョンと、それをやり抜く覚悟」です。

私がこれまで見てきた失敗事例の多くは、経営者がDXを「IT部門の仕事」と捉え、現場に丸投げしてしまっているケースです。「何か良い感じに業務を効率化しておいて」といった曖昧な指示では、社員は何のために頑張ればいいのか分からず、DXはただの「やらされ仕事」になってしまいます。

思い出してください。あなたが会社を立ち上げた時、事業を継承した時、どんな未来を夢見ましたか?その原点にある「想い」こそが、DXの出発点です。

  • 「社員の無駄な残業をなくし、家族と過ごす時間を増やしてあげたい」
    → その想いが、勤怠管理システムや経費精算システムの導入という「手段(守りのDX)」に繋がります。
  • 「先代から受け継いだこの技術を、日本中の人に届けたい」
    → その想いが、ECサイトの構築やSNSでの情報発信という「手段(攻めのDX)」に繋がります。
  • 「お客様一人ひとりに、もっと寄り添ったサービスを提供したい」
    → その想いが、顧客管理システム(CRM)の導入とデータ活用という「手段(攻めのDX)」に繋がります。

このように、DXとは、社長の「想い」をデジタルの力で実現するための強力な武器なのです。

2024年版の「中小企業白書」も、DXの成果として「新製品・サービスの創出」を挙げる企業がまだ少ないことを指摘しています(中小企業庁「2024年版 中小企業白書」)。これは、多くの企業がDXの「手段」にとらわれ、「目的」を見失っていることの1つの表れかもしれません。

まずは社長、あなた自身が「DXによって、わが社はこうなるんだ!」という熱い未来図を、ご自身の言葉で語ってください。そのビジョンに魂が込められていれば、必ず社員にも伝播し、会社全体を動かす大きなうねりとなるのです。

秘訣2:「守り」と「攻め」のDX~まずは足元の業務効率化から~

「ビジョンは分かった。しかし、日々の業務に追われてそれどころではない」。ごもっともです。だからこそ、最初に手をつけるべきは、日々の業務の中に潜む「ムダ・ムラ・ムリ」を解消する「守りのDX」です。

私がDXコンサルティングで最初に行うのは、バックオフィス業務の徹底的な見直しです。なぜならば、経理・総務・人事といった部署は、多くの企業でいまだに紙とハンコ、Excelでの手作業が温存されており、DXによる効率化の効果が最も劇的に現れる領域だからです。

  • 請求書の発行・受領: 手入力や郵送作業に、社員の貴重な時間が奪われていませんか?
  • 経費精算: 領収書の糊付けとチェックという、誰も幸せにならない作業が残っていませんか?
  • 勤怠管理: タイムカードの集計という単純作業に、毎月何時間も費やしていませんか?

これらの「守りのDX」は、派手さはありませんが、確実に会社の体力を強化します。ある顧問先では、クラウド会計と勤怠管理システムを導入しただけで、経理担当者の残業が月40時間も削減されました。その結果、その担当者は本来やるべきだった資金繰りの改善や意思決定に活用できる経営情報の提供といった、より付加価値の高い「攻めの管理業務」に時間を使えるようになったのです。

「守りのDX」によって生まれた時間、コスト、そして「やればできるじゃないか!」という小さな成功体験。これらすべてが、新たな商品開発や顧客満足度向上といった、本来会社が目指すべき「攻めのDX」に挑戦するための、何物にも代えがたい貴重な原資となります。 まずは社長室や経理部から、DXの聖域なき改革を始めてみてはいかがでしょうか?

秘訣3:小さな成功体験が会社を変える!「スモールスタート」のススメ

DXと聞くと、社運を賭けた一大プロジェクトを想像し、そのリスクの大きさに尻込みしてしまうかもしれません。特に、ヒト・モノ・カネといった経営資源が限られる中小企業にとって、大規模なIT投資の失敗は致命傷になりかねません。

だからこそ、私が強く推奨するのが「スモールスタート」という考え方です。全社一斉に取り組むのではなく、まずは特定の部署、特定の業務、特定の課題に絞って、小さく、そして賢く試してみるのです。

なぜ、スモールスタートが中小企業にとって有効なのでしょうか?理由は3つあります。

  1. リスクを最小限に抑えられる
    大規模投資の失敗は、金銭的損失だけでなく、社員の心に「DX=失敗」というトラウマを植え付けます。スモールスタートは、DXに向けた「賢い実験」。たとえ失敗しても、そのダメージは限定的です。
  2. 効果をスピーディに実感できる
    「営業部内の情報共有」「総務部の備品管理」といった身近な課題なら、数週間で効果検証が可能です。目に見える成果が、次の挑戦へのモチベーションになります。
  3. 変化への抵抗感を和らげられる
    「会社全体が変わる」となれば現場の反発は必至です。しかし、「まずは私たちの部署の、この作業だけ試してみよう」というアプローチなら、社員の心理的なハードルはぐっと下がり、前向きな協力を得やすくなります。

◆「スモールスタート」はこう始める!
まずは、社内を見渡し「ここが一番困っている」「ここを変えれば、すぐに効果が出そうだ」というポイントを探します。例えば、「営業部で顧客情報が共有されていない」「経理部で請求書発行に時間がかかりすぎている」といった「小さな課題」です。その課題解決に特化した、安価なSaaSなどを、無料トライアル期間を活用して現場の社員と一緒に試すのです。
※SaaS(サース):Software as a Serviceの略。必要な機能を必要な分だけ、インターネット経由で利用できるソフトウェアやサービスのこと。自社で高価なサーバーを持つ必要がなく、月額料金などで利用できるため初期投資を抑えられます。

そこで得られた「〇〇を導入したら、残業が月10時間減った!」という小さな成功体験こそが、会社全体のDXを推し進める何よりのエンジンになります。その成功事例を社内全体で共有することで、「うちの部署でも、あの課題を解決できるかもしれない」という前向きな連鎖が生まれます。 いきなり頂上を目指すのではなく、まずは足元の一歩から。この着実な積み重ねこそが、最も賢く、確実なDXの進め方なのです。

秘訣4:社員こそがDXの主役!「ITアレルギー」を克服する処方箋

どんなに素晴らしいシステムを導入しても、それを使う「人」、つまり現場で働く「社員」の心が動かなければ、DXはただの鉄の箱で終わってしまいます。

「うちの社員は年齢層も高いし、パソコンが苦手な人も多いから…」

そうおっしゃる社長の気持ちは痛いほど分かります。長年慣れ親しんだやり方を変えることへの抵抗感、新しいツールへの苦手意識、いわゆる「ITアレルギー」は、DX推進における最大の壁です。しかし、そこで諦めてはいけません。社員をDXの「抵抗勢力」ではなく「推進役」に変えるための処方箋は、確かに存在するのです。

  1. 徹底的な対話と「目的」の共有
    なぜ今、会社は変わらなければならないのか。それは決して「楽をしたい」からではなく、「お客様にもっと良いサービスを届け、変化の時代を生き抜き、みんなの雇用を守るため」なのだと、経営トップ自らの言葉で、腹を割って語りかけてください。「やらされ感」を払拭し、「自分たちのための改革なのだ」という当事者意識を育むことが何よりも大切です。
  2. 「使いやすさ」こそ正義!ツール選びの極意
    高機能で複雑なツールは、ITのプロではない現場社員にとっては苦痛でしかありません。導入初期は特に、ITが苦手な人でも直感的に使えるような、シンプルで分かりやすいツールを選ぶべきです。無料トライアルなどを活用し、必ず現場の社員に使ってもらってから導入を決定してください。
  3. 会社が「学び」を全力で支援する
    「やり方が分からない」という不安は、研修によって解消できます。全社的なITリテラシー研修の実施や、部署ごとにキーマンを育ててその人が他の社員に教える体制を作るなど、会社として「学び直し(リスキリング)」を全力で支援する姿勢を示しましょう。国も中小企業のリスキリングを支援する補助金制度を用意しています。
  4. 小さな「できた!」を称賛する文化
    新しいツールで業務報告ができた。オンライン会議に初めて参加できた。そんな社員の小さな挑戦と成功を、社長や上司が積極的に見つけ、褒め称える文化を作りましょう。「自分もやってみよう」という前向きな連鎖が、会社全体のITアレルギーを克服する特効薬となります。

社員は会社の最も大切な財産です。その可能性を信じ、粘り強く伴走することが、全社一丸となったDXを実現する唯一の道なのです。

秘訣5:一人で悩まない!国や専門家と「伴走」する賢い経営

ここまで、DX推進における経営者や社員の役割についてお話してきましたが、「理想は分かったが、やはり専門的なことは分からない」と感じている方がほとんどではないでしょうか?

その通りです。すべてを自社だけでやろうとする必要は全くありません。むしろ、利用できるものは何でも利用し、外部の力を賢く借りることこそ、現代の経営者に求められるスキルです。

◆ 知らないと大損!国の強力な支援策「IT導入補助金」
中小企業のDXを後押しするため、国は非常に手厚い支援策を用意しています。その代表格が、中小企業庁が所管する「IT導入補助金」です。これは、中小企業が会計ソフトや受発注システムなどのITツールを導入する際に、その経費の一部を国が補助してくれる制度です。2025年版では、インボイス対応やセキュリティ対策も含め、最大で450万円もの補助が受けられる場合があります(出典:中小企業庁「IT導入補助金2025」概要)。これは、国が「中小企業よ、ためらわずにDXを進めなさい」と背中を押してくれているに等しい制度です。活用しない手はありません。

◆ 専門家を「伴走者」にするという発想
自社の本質的な課題に最適なツールの選定、社内への導入支援…。DXのプロセスは、専門的なノウハウの連続です。そんな時こそ、我々のような外部の専門家の出番です。信頼できる専門家は、単にツールを売るのが仕事ではありません。社長のビジョンに心から共感し、課題を共に悩み、汗をかき、ゴールまでの道のりを「伴走」するパートナーです。時には厳しいことも申し上げますが、それは全て、会社の未来を本気で考えているからに他なりません。 餅は餅屋。自社にない知見やノウハウは、外部のパートナーから積極的に取り入れる。その戦略的な判断が、DXの成功確率を格段に高めるのです。

Q&A

Q1. ITに詳しい社員が一人もいませんが、本当にDXは可能なのでしょうか?
A. はい、可能です。 むしろ、そういった企業こそ、専門家と伴走しながらDXに取り組むべきです。秘訣5でお伝えしたように、国からの手厚い補助金を活用して専門家の支援を受けることができます。重要なのは「ITスキル」ではなく、「会社を良くしたい」という経営トップの「覚悟」です。

Q2. 導入コストがやはり心配です。具体的にどれくらいの費用を見込んでおけば良いですか?
A.「スモールスタート」なら月々数千円から始められます。 クラウド会計ソフトや勤怠管理システムなら、月額数千円~数万円で利用できるものが大半です。いきなり高額な投資を考えるのではなく、IT導入補助金も活用しながら、まずは手の届く範囲で試してみることをお勧めします。

Q3. 昔、新しいシステムを導入したけれど、結局誰も使わずに定着しなかった苦い経験があります。どうすれば防げますか?
A. 非常によくあるお悩みです。これを防ぐ鍵は「目的の共有」と「現場の巻き込み」です。 なぜこのツールが必要なのかという「目的」を、社長の言葉で熱く語ってください。そして、ツール選定の段階から現場の代表者に参加してもらい、彼らの意見を尊重することです。トップダウンの「押し付け」ではなく、全社で「育てる」という意識が、ツールの定着に繋がります。

まとめ

本日は、中小企業がDXを成功させるための「5つの秘訣」について、貴殿のnote記事の「DXは目的ではなく手段である」という本質的な視点を核としてお話ししました。

  1. 経営トップが魂を込めたビジョンを描き、DXの「目的」を定めること。
  2. まずは「守りのDX」で足場を固め、成功体験と原資を創出すること。
  3. リスクを抑え、着実に進める「スモールスタート」という賢い選択をすること。
  4. 社員を主役と考え、対話と学びを通じて「ITアレルギー」を克服すること。
  5. 一人で悩まず、国の補助金や信頼できる「伴走者」を最大限に活用すること。

DXは、単なるデジタル化の取り組みではありません。それは、**社長の想いを実現し、会社の未来を切り拓くための「旅」**のようなものです。その旅の道のりは、決して平坦ではないかもしれません。しかし、明確な目的地と、信頼できる仲間がいれば、必ず乗り越えられます。

「2025年の崖」を嘆くのではなく、それを「未来への架け橋」に変える。その力は、間違いなくあなたの中にあります。

この記事を読んで、「よし、うちも本気でやってみよう」と、少しでも心が熱くなったなら、コンサルタントとしてこれ以上の喜びはありません。 さあ、今日から、貴社だけのDXという素晴らしい旅を、一緒に始めましょう。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。