唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「なぜ、社員に指示しても動いてくれないのか?」「なぜ、頭ではわかっているはずなのに行動が変わらないのか?」――これは多くの中堅中小企業の経営者・役員・管理職の方々が、日々痛感している課題ではないでしょうか?
私自身、経営コンサルタントとして数多くの企業様と向き合ってきましたが、組織が思うように動かない原因の一つが「腹落ちしていない」ことにある、と感じています。「腹落ち」とは、単に頭で理解しているだけではなく、心の底から「なるほど、そうか」「やる価値がある」と納得している状態を指します。人は頭だけで理解していても、心が動いていなければ思うように行動しないものです。そして、会社が掲げる目標や戦略が組織に浸透し、実際に組織として動き出すためには、「腹落ちさせる伝え方」が必要不可欠となります。
本コラムでは、「腹落ち」していないと動かない時代において、組織を機能させる伝え方のポイントを解説します。誰もが納得し、「自分ごと」として捉えられるアプローチによって、組織全体が同じ方向に向かうための実践的なヒントになれば幸いです。
「腹落ち」が必要とされる時代的背景

社員の価値観多様化とエンゲージメントの低下
近年、働き方や価値観が多様化する中で、社員の「モチベーションを高めるにはどうすればいいか?」というテーマが様々な会社で大きな課題となっています。実際、世界規模の調査機関であるGallupが毎年発表している「社員エンゲージメント調査」では、自発的に企業の成果に貢献しようとする「エンゲージドな社員」は全体の2割程度と報告されています(出典:Gallup “State of the Global Workplace 2021”)。つまり、多くの社員は、頭では会社のビジョンや目標を把握していても、腹の底から共感・納得しているわけではないため、心の底から本気で動こうとはしないという状態に陥りやすいと言えます。
組織における「理解」と「共感」のギャップ
経営層や管理職が「これは必要だ」「やるべきだ」と考えている施策であっても、現場の社員にとっては必ずしもそれを「必要」と感じるわけではありません。そこには、視座や情報量、責任範囲の差による「理解のギャップ」があります。さらに問題なのは、仮にそれを正しく理解していたとしても、「共感」までには至っていないケースです。経営者や管理職からの説明を受けて頭でわかっていても、「なんだか腑に落ちない」「なぜこれを自分がやる必要があるのか、今一つピンとこない」と感じてしまえば、人は本気にはならないのです。
「腹落ち」がもたらす効果
「腹落ち」状態にあると、以下のような効果が生まれます。
- 自発的な行動
上から言われたからやるのではなく、「やる意義がわかった」という納得感が行動を後押しします。 - 組織の一体感
それぞれが同じ方向性で動くため、組織全体がまとまりやすくなります。 - 長期的な成長
「やらされ感」ではなく「自分もその一員としてやる」という意識が根付くため、長期的に持続的な成果につながります。
このように、組織のメンバーが本当の意味で理解し、共感すること――すなわち「腹落ちさせること」が、今の時代の経営には欠かせないのです。
組織が機能するための大切な視点

“Why(なぜ)”を繰り返す説明
腹落ちさせる伝え方の核となるのは、「なぜ、それをやるのか?」を繰り返し説明することです。やるべきこと(What)を示すだけでは、現場の社員は納得しづらいものです。まずは「それを行う理由(Why)」を明確にした上で、そこに到達するまでの方法(How)を順序立ててしっかりと話すことで、社員が迷いなく理解できるようになります。
例えば、「売上アップが目標だから新規開拓に力を入れよう!」というメッセージだけでは、「なんとなくわかったけど、本気でやる気になれない」と感じる社員も多いでしょう。しかし、「会社が目指している将来像」「社内外の環境変化」「そこに新規顧客がどう結びつくのか」を含めて説明すれば、社員はより腹落ちしやすくなります。
経営層と現場の情報格差を埋める
経営層や管理職は、現場の社員が知らない情報を数多く持っています。しかし、その情報が共有されていないまま「とにかくやれ!」と言われても、多くの社員にとっては背景や自社の置かれている状況をイメージしにくいのです。背景となる情報を省いてしまうと、「本当は必要ではないのでは?」「ただ思いつきで言っているだけのでは?」と、疑念を持たれかねません。
特に中堅中小企業では、トップのリーダーシップで組織を一気に動かせるケースもありますが、社員の人数が少ない分、一人ひとりの意識が成果に大きく影響してきます。経営者の頭の中にあるビジョンや戦略、外部環境の変化といった情報を、できるだけ丁寧かつ具体的に社員に伝えることが重要となるのです。
メンバー個々の「役割」と「期待値」を言語化する
会社全体の目標や施策を聞いただけでは、「で、自分は何をすればいいの?」と疑問をもつ社員も少なくありません。そこで、個々のメンバーに対して明確に「役割」「期待している成果」を伝えることが求められます。これにより、社員一人ひとりが自分事として捉えやすくなり、「自分が果たすべき役割は〇〇なんだ」「自分に求められているのはこういう成果なんだ」と腹落ちするきっかけになります。
具体的な伝え方のポイント

ポイント①:ストーリーを交えた説明
人はデータや理論だけよりも、ストーリーのほうが頭に入りやすく、心を動かされやすいと言われています。例えば、「この新規プロジェクトが成功すれば、地域の雇用が拡大し、結果的に顧客との結びつきが強まり、その利益で社員の待遇改善を検討できる」というように、具体的な未来図や物語を語る方法です。実際に、ハーバード・ビジネス・レビュー(Harvard Business Review)で紹介されている研究(出典:HBR “The Irresistible Power of Storytelling as a Strategic Business Tool”, 2014)によれば、数字やロジックよりもストーリーのほうが脳内で記憶に残りやすいことがわかっています。ストーリーを通じてイメージが湧くと、社員の腹落ち感も高まりやすくなります。
ポイント②:双方向のコミュニケーション
一方的に説明しっぱなしでは、社員は「言われたから受け取った」状態で終わってしまいがちです。本当に腹落ちしているかどうかを確認するためには、社員の疑問点や不安を吸い上げる仕組みが必要となります。会議や面談での質問タイムを設けたり、オンラインツールを活用して匿名で質問を募集するなど、双方向のコミュニケーションを意識しましょう。社員から出た疑問を解消し、「なるほど、そういう意図なら納得できる」と思えるやり取りが生まれれば、指示や戦略に対する反発も自然と小さくなります。結果として、社員の主体的な行動にもつながっていきます。
ポイント③:ビジュアルや具体例を活用する
言葉だけで説明すると、「概念的でよくわからない」という状況に陥ることがあります。そこで、図解やフロー図、写真、動画などを活用して視覚的に伝えことで、社員の理解を助けることができます。特に新しい施策や複数の部署にまたがるようなプロジェクトでは、現場の社員が全体像をイメージできるよう、ビジュアルの活用が効果的です。あわせて、他社事例や具体的な成功・失敗例などを示すと、よりリアルに感じられるため腹落ちしやすくなるでしょう。
成果に結びつける仕組みづくり
目標管理・評価制度との連動
ビジョンや経営方針について、いくらわかりやすい説明をしても、「個人の評価や報酬、キャリアには全く関係ありません」という状態では、社員もなかなか本気で取り組みにくいのが現実です。そこで、腹落ちさせる伝え方と同時に、ビジョンや経営方針を組織の目標管理や評価制度と連動させる必要があります。具体的には、施策への取り組み度合い・成果を評価項目に加えたり、目標設定時に会社のビジョンや経営方針と整合性をチェックする仕組みを整えることで、「やる意義」と「自分の成長・評価」が結びつき、腹落ち度が高まります。
PDCAプロセスの活用
施策を実行する段階でも、計画(Plan)→実行(Do)→振り返り(Check)→改善(Action)というサイクル、いわゆる「PDCA」を回していくことが重要です。進捗を共有し、課題を洗い出し、次のアクションを明確化するプロセスを常に組み込んでいくことで、「自分たちがどの段階にいるのか」がはっきりさせることができ、腹落ちを維持しやすくなります。
フィードバックと成果の「見える化」
施策を実行して終わりでは、そこからの組織としての学びはなくなってしまいます。定期的なフィードバックをしっかり行ことで、組織としての学びを深めて次に活かすことが重要です。うまくいった点・うまくいかなかった点を共有し、そこから学んだことを次にどう活かすかを考える場をしっかりと設けましょう。「自分たちの取り組みが、実際にどういう成果や影響を生んでいるのか」を社員が目に見える形で知ることで、さらに腹落ちが深まります。例えば、「売上が何%上がった」「顧客満足度調査で好意的評価が増えた」「社員から〇〇件の改善提案が寄せられた」などの数値や具体的な声を共有することで、社員が「頑張った成果が出ている」と実感しやすくなります。結果として、さらなる行動を促し、組織全体のモチベーション向上につながるのです。
Q&A
Q1. 腹落ちさせるには時間がかかるのではないですか? すぐに指示したい場合はどうすればいいですか?
A: 確かに、腹落ちさせるコミュニケーションは一朝一夕では難しく、ある程度の時間は必要です。しかし、「なぜやるか」を説明するだけなら、短時間でも取り組む価値があります。忙しくても、少なくとも「これをやる理由」を簡潔に共有し、メンバーが納得したうえで取り組めるようにすることは、むしろ長期的な時短につながります。
Q2.トップがなぜやるかを理解していても、管理職と現場が乖離している場合はどうすればいいですか?
A: まずは管理職自身に「腹落ち」してもらうことが重要です。トップが管理職にしっかり背景情報とビジョンを伝える。管理職から現場に対しても、同じように情報を噛み砕いて共有する。組織構造が階層型であればあるほど、階層ごとに“腹落ちの連鎖”を起こす意識が必要です。
Q3. 数字やデータを示しても社員が動かないときはどうすればいいですか?
A: 数字やデータは重要な要素ですが、それだけでは心は動きにくいのが現実です。データを示すと同時に、ストーリーや具体的な事例を交え、「なぜその数字が問題なのか」「どう変わればメリットがあるのか」を伝えると効果的です。数字はあくまで“客観的裏付け”であり、“心を動かす材料”としてはストーリーや共感が欠かせません。
Q4. 毎回しっかり背景まで説明するのは手間がかかる。簡潔に進めるコツはありますか?
A: ポイントは「何を省略し、何を丁寧に説明するか」です。すべてを事細かに話す必要はありません。大事なのは、社員が疑問に思いそうな点や不安に感じる点を先回りして提示し、それに応える形で情報を出すことです。また、会議の前に資料やビジュアルを共有しておくことで、説明時間を短縮できます。必要なら、段階を踏んで追加で説明するやり方も有効です。
まとめ
「腹落ち」していないと動かない時代において、組織が成果をあげていくためには、「なぜその行動が必要なのか」を徹底的に伝え、納得してもらう工夫が欠かせません。そのためには、以下のポイントを押さえることが大切です。
- 「なぜ」を繰り返す
目的や背景を示すことで、社員が自分の役割を理解しやすくなります。 - 情報格差を埋める
経営層や管理職が持つ情報をできるだけ開示し、腹落ちにつなげます。 - メンバー個々の「役割」と「期待」を明確化
自分の役割がわかれば、自発的な行動が促されます。 - ストーリー性を持たせる
データや理論だけでなく、物語的要素でイメージを具体化します。 - 双方向のコミュニケーション
疑問や不安を吸い上げて解消し、納得度を高めます。 - 成果に直結する仕組みづくり
評価制度や目標管理と連動させ、結果を定期的にフィードバックします。
中堅中小企業においては、一人ひとりの腹落ち度が組織全体のパフォーマンスを左右する大きな要因になります。トップダウンでスピーディに物事を決められる利点もある反面、現場が本気で納得していないと大きな成果につながりづらい側面があることもまた事実です。だからこそ、経営者や管理職が「なぜやるのか」を丹念に説明し、社員が「自分がやる意味」を心から理解できるような伝え方を意識する必要があります。
私自身、これまで数多くの中堅中小企業と伴走してきましたが、最初は「そんなこと言っても時間がない」と拒否反応を示していた経営者や管理職の方々が、実際に従業員の「腹落ち」を意識したコミュニケーションを取り始めると、徐々に組織がよい方向に動き出すというケースを目にしてきました。特に中堅中小企業では、一人でも多くの社員が「腹落ち」すると、一気にスピード感が増し、業績や雰囲気にも好影響が表れます。
「腹落ちさせる伝え方」は、最初は少々手間に感じるかもしれません。しかし、それは中長期的に見れば大幅な時間とコストの削減につながり、組織文化そのものを強くしていく投資とも言えます。ぜひ本コラムの内容を参考に、経営や組織運営における新たなチャレンジとして取り組んでみてください。 あなたの会社が「なるほど、そういうことか」と社員全員が心から腹落ちし、同じ方向を向いて走り出す――そんな未来を応援しています。今こそ「腹落ち」を意識し、組織の力を最大化する伝え方を実践してみてはいかがでしょうか。
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