唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「新規顧客獲得には、既存顧客への販売コストの5倍がかかる」としばしば言われます。しかし、これは「既存顧客だけに注力すれば良い」という意味では決してありません。むしろ圧倒的なブランド力や潤沢な広告予算がない中小企業こそ、新規顧客へのアプローチと既存顧客のフォローを同時に行う「二正面作戦」が求められると私は考えています。
本コラムでは、この両輪戦略をいかに実践的に進めるか、そのポイントについて解説します。
「既存顧客の5倍コストがかかる」という事実の正しい捉え方

新規開拓を避けるとどうなるのか?
「新規顧客の獲得コストは既存顧客の5倍」が示唆するのは、「既存顧客と長期的な関係を築くことがコスト効率面でメリットをもたらす」という点です。
一方で、「だから新規開拓はやめよう」と解釈してしまうと、企業成長のチャンスを大きく逃す恐れがあります。特に中小企業では、顧客の自然減や競合への流出に対し、新規開拓で常に新しいお客様を増やしていかないと、売上がジリ貧になってしまうリスクが高いのです。
既存顧客への過度な依存の危険性
既存顧客だけに集中していると、一見「安心感」があるように感じます。
しかし、ビジネス環境や顧客ニーズの変化によって、同じ顧客がいつまでも継続発注してくれる保証はありません。新製品や新サービスを打ち出すとき、新規顧客の存在が将来的な事業ドメインを広げてくれるケースも少なくありません。多様な顧客層を持つことで、市場の変化に合わせて柔軟な対応ができるようになります。
新規顧客と既存顧客を同時に狙うフレームワーク活用法
新規獲得と既存顧客フォローをどう両立させるか。ここでは、よく使われるマーケティングフレームワークをもとに考えてみましょう。
STP(Segmentation/Targeting/Positioning)の具体的適用
- Segmentation(セグメンテーション)
「既存顧客」「新規顧客候補」「潜在的にニーズを持ちそうな層」などに分類し、それぞれの背景や特徴を洗い出します。地域・業種・規模などで切り分けるのも良いでしょう。 - Targeting(ターゲティング)
誰に何を優先的に提案するかを見極めるプロセスです。例えば、導入ハードルが低い業種から攻めるのか、あるいは大口取引につながりそうなセグメントを最優先で狙うのか。自社の強みと市場のニーズをマッチさせます。 - Positioning(ポジショニング)
自社の提供価値をどう打ち出すかを決める段階です。既存顧客には追加サービスやサポート拡充を、また新規顧客には初期導入のメリットや安心感を強調するなど、メッセージを差別化することが大切です。
4P(Product/Price/Place/Promotion)の組み合わせ
- Product(製品・サービス)
新規顧客向けに「お試しプラン」を設定したり、既存顧客向けには上位サービスへのアップセル提案を行ったりと、対象顧客によって提供内容をアレンジします。 - Price(価格)
新規顧客の導入をスムーズにする特別価格の設定や、既存顧客向けのロイヤルティ割引、追加購入特典など、価格施策の違いで「買いやすさ」「継続しやすさ」を演出します。 - Place(流通チャネル)
中小企業の場合、ネット広告やSNS、オンラインセミナーなど、低コストで広範囲にリーチできるチャネルが有効です。一方、既存顧客には訪問営業や個別フォローなど、よりパーソナルな接点づくりが効果を発揮します。 - Promotion(プロモーション)
新規顧客には認知度向上を狙ったキャンペーンやセミナー、既存顧客にはニュースレターやメールマガジン、顧客交流会などで関係を深めるアプローチが適切でしょう。
新規顧客獲得と既存顧客フォローの両立テクニック

リソース配分を数値化する
中小企業では、人員・資金・時間などの経営資源が限られているため、新規開拓と既存顧客フォローの両方を強化しようとすると、どちらか一方が手薄になりがちです。そこで有効なのが、リソース配分の数値化と社内での共有です。
- リソース配分の明確化
例えば、新規開拓に営業チームの労力の50%、既存顧客フォローに30%、残りの20%をマーケティングや管理業務に振り分けるなど、具体的なリソース配分の比率を事前に決定します。こうした「目安」を設けておくことで、何かトラブルやイレギュラーが発生した際にも、どの業務を優先すべきか社内で意思決定しやすくなります。 - 実情に合わせた継続的な調整
ビジネス環境は常に変化します。実際に運用してみて、配分が偏りすぎていると感じたら都度修正することが重要です。固定的な比率に縛られすぎず、KPI(重要指標)や営業成果をモニタリングしながらフレキシブルに配分を変えていきましょう。
このようにリソース配分を定量化し、「新規と既存の両方を回す」意識を組織全体で共有しておくことが、安定的な売上拡大の基盤となります。
LTV(顧客生涯価値)最大化の視点
LTV(Customer Lifetime Value:顧客生涯価値)とは、顧客が取引開始から関係終了までにもたらす総利益のことを指します。新規顧客の獲得に注力するだけでは、獲得コスト(マーケティング費・営業活動費)を回収する前に離脱してしまう恐れがあるため、結果的に赤字を生むリスクも出てきます。
一方で、既存顧客にだけ注力しすぎると、新規獲得機会を逃し、将来的なマーケットシェア拡大や成長ポテンシャルを失いかねません。
- 新規顧客の獲得コストとLTV
新規顧客を獲得する際は、広告費や営業コストの回収タイミングを明確に把握しておくことが重要です。LTVが獲得コストを大きく上回る顧客層をターゲットにすることで、投資対効果(ROI)の高い営業・マーケティング活動が可能になります。 - 既存顧客の育成とクロスセル戦略
既存顧客のLTVを高めるためには、追加提案やアップセル・クロスセルなどのアプローチが欠かせません。アップセルとは、検討中の商品より上位モデル・グレードへ乗り換えてもらうことで、 クロスセルとは、関連商品を紹介して別商品の購入も促すことです。例えば、購入履歴や問い合わせ内容を分析し、その顧客が求める関連サービスを提供することで、継続的な売上を生み出せます。
LTVの概念を活用すれば、新規獲得と既存顧客の維持・育成をバランスよく配分しながら、長期的な利益最大化を目指す経営判断がしやすくなります。
CRMツールで情報を一元管理
新規顧客・見込み客・既存顧客とのやり取りを属人的に管理していると、連絡漏れや重複営業、タイミングを逃したアプローチなどの機会損失が起こりやすくなります。そこで、CRM(Customer Relationship Management)ツールを活用した情報の一元管理が極めて重要です。
- 情報共有のメリット
顧客情報・商談内容・問い合わせ履歴などを一元管理することで、だれがいつフォローすべきかをチーム全体で把握できます。特に中小企業では、担当者の交代や不在が売上に直結するリスクが高いため、CRMツールを導入しておくと業務の引き継ぎミスを最小限に抑えられます。 - 営業活動の可視化と効率化
CRMで管理した顧客データを分析することで、新規開拓における営業効率の高い施策や、既存顧客からのリピート率向上に成功した施策を社内で共有できます。チーム全体の知見を蓄積し、再現性を高めることで、営業活動の生産性を持続的に高める仕組みが整います。
加えて、最近ではSFA(営業支援システム)やマーケティングオートメーション(MA)ツールと組み合わせることで、見込み客の興味度合いや購買ステージを定量化し、より的確なアプローチが可能になっています。
新規顧客獲得と既存顧客フォローの両立には、リソース配分の可視化とLTV視点の導入、そしてCRMツールによる顧客管理が欠かせません。これらを総合的に実践することで、限られたリソースを最大限に活かしながら、継続的な売上拡大と安定経営を実現できるはずです。
CRMについては、以下の記事でも解説していますので、詳細を知りたい方はお読みください。

Q&A
Q1.広告費が潤沢にない中で、新規開拓を進めるにはどうすればいいですか?
A.SNSやオンラインイベント、紹介施策などの「低コスト高効果」のチャネルを活用しましょう。口コミや紹介制度を整備し、既存顧客に「顧客を紹介したら特典がある」仕組みを提供するのも手です。中小企業こそ、地元コミュニティのネットワークや各種業界団体の会合など、人脈を活かせる場が豊富にあります。限られた予算でも、ターゲットを絞った効率的な施策を続けることで、少しずつ知名度を高められます。
Q2.既存顧客向けと新規顧客向けで、どうメッセージを切り分けるべきですか?
A.まずは顧客ステージごとの目的を整理し、最適な言葉を選びましょう。新規顧客に対しては、「導入メリット」「解決できる課題」「サポート体制の安心感」などを強調し、購入ハードルを下げるメッセージを打ち出します。一方で既存顧客に対しては、「追加サービスの提案」「利用メリットの再認識」「ロイヤルティプログラムやイベントの案内」など、すでに関係性があるからこそ深く踏み込めるアプローチが有効です。これらをひとつの広告やメールに混在させるとメッセージが散漫になるため、ステージ別・セグメント別に分けて訴求しましょう。
Q3.営業担当が少なく、既存顧客のフォローが手薄になりがちです。どうすればよいですか?
A.自動化できる部分はツールに任せ、「人にしかできない対応」に注力しましょう。例えば、定期的なメールマガジンや簡易アンケートはシステムで自動的に配信できます。回答内容をもとに優先度の高い顧客へ個別に連絡を行うと、効率的にフォローできるでしょう。さらに、フォロー担当を専任化する体制を整えるのも一案です。新規開拓チームと既存顧客フォローチームを明確に分けるか、あるいは兼任の中でも役割比率をはっきりすることで、成果が出やすくなります。
Q4.既存顧客が安定収益をもたらしてくれるので、新規開拓の必要性を実感しにくいです。
A.既存顧客に依存しすぎると、将来的な市場変化への対応が困難になります。特定の顧客だけに頼る構造は、一見安定しているようでリスクも大きいもの。競合が参入してきたり、顧客の経営方針が変わったりすれば、一気に売上が落ち込む危険性が否めません。新規顧客の獲得によって市場シェアを広げ、需要の多様化に合わせた商品開発やサービス改善のヒントを得られる点も見逃せません。将来シミュレーションを行うなど、数字に落とし込んで危機感と可能性を共有することで、組織全体で新規開拓の重要性を再確認できます。
Q5.どのようにバランスを決めればよいですか?
A.まずは売上目標とリソース(人・時間・予算)を明確化し、試験的に割合を設定してみましょう。営業活動やマーケティング活動の時間・予算を「新規:既存=6:4」のように配分してみて、数か月単位で成果を見極めつつ調整します。さらに、顧客単価の違いやクロスセル・アップセルの可能性を踏まえ、柔軟に最適化していくことが重要です。定期的にKPI(重要業績評価指標)をチェックし、必要に応じて配分を変えることで、より効率的に成果を上げられます。
Q6.新規顧客開拓と既存顧客ケアを同時に進めるため、社員教育はどうしたらよいですか?
A.基本的な営業スキルだけでなく、顧客の購買プロセスを理解する教育を施しましょう。 新規顧客獲得にはヒアリング力や提案力が必須となりますし、既存顧客との関係継続には定期的なコミュニケーションやカスタマーサクセスの視点が求められます。よって、社員研修やOJTの場面で「相手の立場に立った提案の組み立て方」「購入・再購入の心理プロセス」などを体系的に学べる機会を設けると良いでしょう。担当部署が異なる場合でも、会社全体で共通認識を持つことで連携がスムーズになります。
まとめ
本記事で解説したように、新規顧客の獲得コストは既存顧客より高いといわれますが、それは決して「既存顧客だけを大事にすれば良い」という意味ではありません。むしろ、中小企業こそ新規と既存の両方に同時にアプローチすることで、売上の安定化とさらなる飛躍を同時に実現できます。
- STPと4Pを活用し、顧客セグメントごとに明確な戦略を立てる。
- LTV(顧客生涯価値)の最大化を意識し、新規・既存ともに疎かにしない。
- CRMツールなどを活用して顧客情報を一元管理し、営業プロセスを可視化する。
- リソース配分を数値化し、新規と既存のバランスを保った営業体制を構築する。
- 定期的に施策を振り返り、データをもとに柔軟に方針を調整する。
特に中小企業の場合、どちらか一方だけではなく両方を同時に進めることが競争力向上のカギとなります。新規顧客を通じて自社の新たな可能性に気づけることも多い一方、既存顧客は大事な安定収入源であり、さらなるアップセル・クロスセルの余地を秘めています。両輪を上手に回しながら、限られたリソースを最大限に活かしていきましょう。そうすることで、持続的成長を狙える強い経営基盤を築くことができるはずです。
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