唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「自社の決算書を社員に見せるべきか、それとも隠しておくべきか」――これは多くの経営者が一度は悩むテーマではないでしょうか?実際、「役員報酬や給与額を社員に知られたくない」「社員に見せても理解できないだろう」「情報が外部に漏れるリスクが心配」という理由から、決算書を開示していない中堅中小企業は少なくありません。とはいえ、社員に決算書をまったく見せず、「経営数字を共有しないまま」で経営を続けることには大きなリスクが伴います。私自身、経営コンサルタントとして、様々な中堅中小企業の方々と関わってきました。その中で、多くの企業が「経営数字を社員に共有していなかったために」、真の組織力を発揮できていないと感じる場面を見てきました。
本コラムでは、決算書を社員に見せずに経営をすることのデメリットや、経営数字の共有によって生まれる組織力向上のメリット、そして具体的にどのように数字を共有していくべきか、実践的なポイントを解説していきます。この記事が、あなたの会社の経営判断に少しでもお役に立つことを願っています。
「数字を共有しない経営」のリスクと限界

経営方針と現場認識の乖離
経営トップが「高い利益目標を達成したい」「コストを削減したい」と発信していたところで、現場の社員たちが経営数字を知らなければ、「なぜそのそう考えているのか」を本質的に理解することはできません。結果として、経営サイドの方針だけが空回りし、現場は「なんとなく言われた通りに動く」だけの受け身の状態になります。
例えば、「“経営の見える化”に関する実態調査(株式会社オロ)」では、「経営の見える化」を行っている企業ほど売上目標到達率・従業員満足度の両方が高い傾向にあるというデータが報告されています。「数字共有=自社の現状を社員と共有すること」は、単なる情報開示にとどまらず、社員一人ひとりが経営の視点を持ち、主体的に行動するための大切なステップだということです。
不信感の醸成
社員に数字を一切開示しない会社は、社員から「経営陣は、社員にとって何か都合の悪いことが隠しているのではないか?」「どうせ社長や役員だけがおいしい思いをしているのだろう」という根拠のない不信感を招きやすくなります。実際、役員報酬や社長の給与は、多くの企業でデリケートな問題であり、外部や社員にあまり知られたくないと考える経営者も少なくありません。ですが、役員報酬や個人別の給与額などの個人情報の細部までオープンにする必要は必ずしもありません。大切なのは、会社全体の数字の推移(売上や利益、コストの構造など)をどれだけ社員と共有できるかという点です。
もし、上記のような理由で経営数字のすべてを閉ざしていると、ちょっとした噂が拡大して不信感や誤解が生まれやすくなります。そのようなマイナスの心理状態は、組織全体に伝播し、結果として社員のモチベーション低下や離職率の上昇、あるいは生産性の低下などを引き起こします。どの企業にとっても大きなリスクとなるでしょう。
社員の視野が狭くなる
「会社の数字は、経営者だけがわかっていればいい。社員は目の前の仕事だけに集中してほしい」という考え方は、一見合理的に思えるかもしれません。しかし、実際には、経営に関する数字を一切知らずに働く社員たちは、「自分たちの仕事が会社の利益や将来の成長にどのように関わっているのか」を実感しにくくなり、ただ与えられた業務をこなすだけになりやすいのです。
社員が会社全体の数字を把握することで、「なぜ今この業務が必要か」「どうすればより利益や成果につなげられるのか」を考えるきっかけになるのです。言い換えれば、「経営視点を持つ人材」が育ちやすくなるわけです。長期的に見ると、経営数字の共有は企業の人材育成にも大きく寄与します。
守りに入りすぎる危険
決算書をオープンにすると、「数字だけを見て不安を感じる社員が出るのではないか?」と心配される経営者がいます。しかし実際には、数字を開示することで、社員から具体的な提案が出てくるケースは多いです。例えば、「この作業、もっと早く終わらせる方法があるかもしれません」「このコストは無駄が多いのではないでしょうか?」等といった形で、現場から意見が活発に出てきます。これは現場の社員の方が具体的かつ細かい方法を熟知しているからこそ可能になる強みでもあります。
経営数字を共有していないと、問題意識がないためこのような声が上がりにくく、企業はコストやリスクを最小限にする守りの経営に偏りがちになります。結果として、イノベーションや改革の機会を失いかねません。
なぜ経営数字を共有しないのか? 「隠す理由」を考える
- 役員報酬や給与を社員に知られたくない
特に創業オーナー企業などでは、役員報酬の金額が大きく、社員との差が明確になってしまうことを懸念する声があります。ですが、個々の給与明細の細部まで公表する必要はありません。大切なのは、例えば「総人件費が全体のコストに占める割合」など、マクロな数字を共有していくことです。 - 見せたところで理解できないと思っている
「数字を共有しても、理解できる社員は限られている」という懸念を抱く経営者もいます。しかし、初めは理解されなくても、ポイントを絞った説明を繰り返す中で徐々に社員の「数字力」は高まるものです。むしろ、経営者側が積極的に数字を読み解く機会を提供することで、「経営視点を持つ社員」を育てるチャンスになると考えるべきでしょう。 - 情報が外部に流出するリスクが心配
「決算情報が外部に漏れてしまったら困る」という不安もよく耳にします。しかし、そもそも機密情報であることをきちんと伝えた上で開示すれば、内部の人材が悪意を持って外部流出を狙うケースは稀です。また、そもそも会社の規模によっては、例えば官報や商業登記で決算情報がある程度公開されている場合もあります。必要以上に情報を閉ざすよりは、適切な範囲でオープンにする方が逆にリスクを下げることにもつながります。
数字を共有することで得られる効果

1. 経営・現場の一体感の醸成
社員たちは、決算書を通じて会社全体の動きを肌で感じることができます。例えば、「今期は利益が増えそうだ」「売上は順調だが利益率が低下している」等の情報をリアルタイムに共有すれば、社員自身が「自分たちの仕事の仕方をどう工夫しようか?」と自然に考え始めるようになります。経営者が声を大にして指示を出すよりも、よほど強力な変化を生む可能性があるのです。
2. 社員の成長意欲・主体性を引き出す
数字を共有すると、一部の社員に「決算書の内容を見てしまったことで、転職されてしまわないか」という不安を抱く経営者もいます。しかし、多くの社員は、数字の意味を学び、「経営に関わっている」という実感を得ることで、むしろ会社に対する愛着や責任感が増していきます。社員が主体性を発揮し、前向きな姿勢で業務に取り組むようになれば、結果的に生産性が向上し、企業の成長にもつながります。
3. 組織風土の透明化
数字を共有することは、「経営のブラックボックス」を減らすことと同じ意味を持ちます。経営者が「何を大切に考え、どんな目標を達成しようとしているのか」を正直に示すことで、組織全体に透明性が生まれてきます。この透明性は、社員の安心感にも直結し、「経営者を信頼できる」という心理的安全を生み、社員のモチベーション向上や離職率の低下に寄与します。
4. 現場からのイノベーション促進
前述の通り、数字を共有することで「利益率を高めるには、こんなやり方があるかもしれない」「コスト削減には、ここのプロセスにムダ・ムリ・ムラがある」といった現場主導のイノベーションが期待できます。経営者が見落としている改善余地を、最前線にいる社員が見つけて提案できる体制を作ることは、組織の競争力強化に直結します。

数字を共有するための実践的アプローチ
「全体像」をわかりやすく示す
決算書と一口に言っても、損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)などがあり、内容は多岐にわたります。まずは、損益計算書を中心に「売上」「経費」「利益」の基本的な関係を可視化し、社員が自社のビジネスモデルを把握しやすいように説明することが大切です。社員が数字に慣れるまでは、大きな項目ごとの金額や増減をシンプルに伝えるだけでも十分効果があります。
損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書については、以下の記事でも解説しています。もしよろしければお読みください。
定期的な勉強会や説明会を開催
仮に決算書を共有したとしても、社員が見方を知らなければ活用できません。そこで、有志を募って勉強会を開く、あるいは決算発表のタイミングで社員向けの説明会を定期的に開催するなど、「数字を学ぶ機会」をあえて作りましょう。ここで大切なのは、経営者自身が主体的に説明役を担うことです。社長や役員が「こんな考えでこの数字を見ている」「ここが当社の強みで、ここが課題だ」と語ることで、社員は「経営の生きた視点」を学び、モチベーションが大きく変わってきます。
データの可視化ツールの活用
エクセルや経理システム、さらにBIツールなどを活用すれば、売上や経費の推移をグラフやチャートで視覚化できます。文字や数字の羅列だけで伝えるより、はるかに分かりやすくなります。例えば、社員が誰でもアクセスできる社内ポータルサイトに「売上実績グラフ」「利益率推移」などを毎月更新し、必要最低限の解説を添えて掲載するという方法でも、数字への理解を深めることが可能です。
BIツールについては以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。
段階的・部分的な開示をする
損益計算書、貸借対照表等、必ずしも決算書そのものをすべてオープンにする必要はありません。例えば、売上総利益(粗利)や利益率など、経営に大きなインパクトをもたらす指標に絞って共有し、社員と意見交換をする形で問題ありません。そこでメリットを感じられたら、さらにコスト内訳の一部や、最終利益(純利益)の状況など、徐々に開示範囲を広げていくのもよいでしょう。
Q&A
Q1. 社員に役員報酬が知られたくない場合、数字をどこまで共有すべき?
A. 個人の給与や報酬額そのものを細かく公表する必要はありません。まずは損益計算書の大まかな項目、売上や経費、利益の推移などを共有することから始めましょう。個人情報を隠すために「人件費総額」のみ開示するケースもあります。その際、「何をどこまで見せるか」を社員にわかりやすく説明することで、不透明感の解消に繋がります。
Q2. 決算書を見せることで、社員が不安を抱くようにならないか心配です。
A. 確かに、赤字や業績不振の数字ばかりを見せ続ければ、社員が不安になることはあるかもしれません。しかし、数字を共有することで現場から改善策が出たり、経営者が社員と一緒に問題解決に取り組んだりという形が生まれる可能性も大きいのです。「今は厳しいが、ここを改善すれば黒字化できる」というビジョンをあわせて示すことで、不安を希望に変えられる場合が多々あります。
Q3. 社員に数字を見せても理解度が低く、結局形骸化してしまいそうです。
A. 最初から完全な理解を求めすぎると、社員側も構えてしまいます。まずはエッセンスを説明し、ざっくりと売上や利益がどう変動するのかを定点観測してみましょう。慣れてきたら段階的に内容を深めれば問題ありません。勉強会や説明会でのフォローが重要です。Q4. 数字を共有したいが、情報が外部に漏れるのが不安です。
A. 社員に対して「これは企業の大事な機密情報であり、業務上の守秘義務として扱う」という説明・同意を行い、漏洩対策を徹底することは必要です。データの持ち出しに対するルールを明確にするなど、リスク管理を行いましょう。最近ではクラウド上でもアクセス制限を細かく設定できるツールが増えているので、それらを活用するのも一つの方法です。
まとめ
決算書などの「経営数字」を社員に一切見せない経営は、企業の成長を阻む大きな要因となり得ます。社員との間に不信感が生まれやすく、現場の視野が狭くなりがちで、結果的に組織全体のモチベーションや生産性が低下してしまうリスクがあるからです。逆に、数字を適切に共有することで、社員の主体性を引き出し、イノベーションを促進し、企業全体の競争力を強化する大きなチャンスになります。
もちろん、個人の給与や役員報酬の詳細までオープンにしなければならないわけではありません。まずは損益計算書の大項目レベルや、売上・経費・利益といった主要指標を共有し、社員に数字の見方を学ぶ場を提供することからスタートしてみましょう。段階的に進めることで、情報漏えいのリスクをコントロールしながら、社員の意識変革と組織力アップを実現しやすくなります。
筆者が中堅中小企業を支援してきた経験から実感しているのは、「企業が大きく変わるかどうかは社員の意識改革にかかっている」という点です。数字を共有する取り組みは、まさに社員の意識改革の大きなきっかけの1つになるものです。自社の経営状況に合わせて徐々にオープン化を進め、社員と一緒に未来を作り上げていく――そのプロセスこそが、これからの中堅中小企業にとって不可欠な経営戦略ではないでしょうか?
ぜひ、あなたの会社の経営判断に役立てていただければと思います。社員に経営数字を共有し、「正しい危機感」と「前向きなアイデア」を育む経営を目指しましょう。 これからも、企業の成長・発展を願って、私自身の経験や知見を余すことなくお伝えしていきます。
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