唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。

あなたの会社や職場では、「いや、それは聞いてこないほうが悪い」「いやいや、教えないほうが悪い」という押し付け合いのやり取りを耳にすることはないでしょうか?こうした場面が続くと、社員同士あるいは上司・部下の間に不信感が生まれ、職場の雰囲気が悪くなることがあります。結果として、生産性の低下や人材の流出、ひいては企業の成長力の低下にまでつながりかねません。

経営コンサルタントとして、多くの中堅中小企業の現場を見てきましたが、その中でも組織内の「コミュニケーション不全」は大きな経営課題の一つです。特に「聞かないのが悪い」「教えないのが悪い」という責任の押し付け合いは、現場の人間関係をじわじわと蝕んでいきます。実際私のクライアントでも、「聞かないのが悪い」「教えないのが悪い」が原因で、若手人材の退職が発生したことがあります。

本コラムでは、こうした問題がなぜ起こるのか、その背景や原因を解明し、さらに組織としてどのように対処すればよいのかを解説します。中堅中小企業の経営者・役員・管理職の皆さんにとって、今後の人材育成や組織マネジメントを考える上で少しでもヒントになれば幸いです。

「聞かない vs 教えない」責任の押し付け合いが生まれる背景

職場で広がる「聞かないのが悪い/教えないのが悪い」。離職・ミス・判断遅れの連鎖を断つため、文化づくり、情報共有、1on1、心理的安全性、評価制度の打ち手を解説。

背景①:社員教育体制・マニュアルの不備

中堅中小企業では、特に急激に業務が増えたり、人手不足が続いていたりすると、社員教育のためのマニュアル整備や教育体制の構築が後回しにされがちです。現場が「OJT(先輩による実地指導)で何とかなるだろう」と考えてしまい、業務内容を形式知化(文章やデータ化して共有化しやすい状態にすること)しないまま日々を乗り切っているケースが多々あります。

例えば、株式会社エフェクト『「人的資本経営の実態と課題感」に関する実態調査』によると、多くの中小企業が人的資本経営の重要性を認識している一方で、約4割が人材研修を実施しておらず、教育プログラムやマニュアルの未整備が組織の成長を阻害する要因となっていることが示されています。現場任せの育成に頼る企業では、先輩社員は忙しさから新人社員への指導を後手に回してしまい、新人のほうも遠慮して「これを聞くべきかわからないまま」業務をこなすという不透明な状況に陥りやすいのです。このような環境でミスやトラブルが生じたとき、「事前に聞いてくれればよかったのに」「いえ、もっとちゃんと教えてくれればできたのに」というすれ違いが起きやすくなります。

背景②:日本の企業文化・風土による遠慮

日本企業の文化には「聞いたら迷惑になるのでは」「周りの邪魔をするのでは」という「遠慮」の気持ちが根強いところがあります。これは良い面もありますが、組織としてのコミュニケーションを適切に促していかなければ、当事者同士で「この程度は自分で考えろ」と思ってしまい、結果的に情報共有が不足してしまいます。毎年4月~5月は新入社員研修の講師として登壇する機会が私は多いのですが、「あなたたち新入社員は質問することを許されています。なので、わからないことがあれば、躊躇せずに先輩・上司に訊きましょう」ということを口酸っぱく伝え、積極的な質問を促すようにしています。

また、上司や先輩が「部下や後輩にいちいち細かいことまで教えるのは甘やかすことになる」と考えてしまうケースもあるでしょう。一方、部下や後輩は「忙しそうだから聞きづらい」という遠慮の気持ちが強く、結果として本来なら伝えるべき情報やノウハウが伝わらないままになってしまいます。

背景③:聞く側と教える側の情報格差

職場では、業務経験やスキルに大きな差があることは当然ですが、情報量にも大きな差があります。経験を積んだ社員や管理職は、暗黙知(頭や経験の中に蓄積されたノウハウ)や情報を多く持っている一方、新人や経験の浅い社員はそれがありません。

  • 教える側(上司・先輩):自分が当たり前だと思っていることは、相手にとっても「わざわざ言わなくても分かるはず」と無意識に考えてしまう。
  • 聞く側(部下・後輩):経験がないため、そもそも「何を聞いていいのか分からない」「聞くべきポイントがわからない」という状況に陥りやすい。

この情報格差によって、指示や業務の引き継ぎが曖昧なまま進んでしまい、その後「なぜそんな初歩的なことを聞かなかったんだ?」と叱られてしまう、あるいは「この会社では何も教えてもらっていない」と言い訳される、といった不幸なやり取りが発生します。

背景④:人材流動化と社内コミュニケーションの希薄化

最近は働き方改革の推進や転職市場の活況もあり、中小企業でも人の出入りが激しいことがあります。厚生労働省が公表している厚生労働省の実施した調査結果によると、企業規模が小さいほど新卒社員の3年以内の離職率が高い傾向があります。

人が頻繁に入れ替わると、社内でのコミュニケーションの土台が安定せず、仕事の引き継ぎやノウハウ共有が追いつきません。結果、「聞いていない」「教えてもらっていない」という認識ギャップが生まれやすくなります。

組織に与える悪影響

悪影響①:職場の雰囲気の悪化

「聞かなかった人」「教えなかった人」の押し付け合いが継続すると、社内全体に「誰も責任を取りたがらない」というムードが広がります。これが深刻化すると、お互いに疑心暗鬼になり、生産的な意見交換や情報共有の機会がどんどん減少します。さらに新たに入社した社員は「ここではうかつに聞くと責められるかも」「教えてもらえないかも」という不信感を抱き、早期離職につながってしまうケースも少なくありません。

悪影響②:生産性の低下と業務ミスの多発

情報不足のまま業務を進めれば、作業プロセスでミスや重複作業が発生しやすくなります。例えば、部門Aで実施した施策を部門Bが知らない、顧客からの情報を共有しないなど、典型的な連携不足が生じた結果、やり直しやクレーム対応に追われることになるかもしれません。こうした無駄な労力や時間が増えると、組織の生産性は大きく損なわれます。

悪影響③:経営判断の遅れと誤り

経営者としては、現場の実情や社員の声を正しく把握しないと適切な意思決定ができません。しかし「聞かない vs 教えない」が蔓延してしまう職場では、管理職やリーダーが正確な情報を取得しづらくなります。結果として経営判断が遅れたり誤った方向に向かってしまい、事業の拡大や新規投資などで大きなリスクを抱えることも考えられます。

解決策:コミュニケーションの土台づくり

では、実際にこの問題を解決するにはどうすればよいのでしょうか。ここでは中堅中小企業が取り組みやすい実践的な方法を紹介します。

解決策①:聞く文化・教える文化の明確化

経営トップが「聞いて当たり前」「教えて当たり前」という文化を明示的に掲げることが重要です。例えば、社是や理念のなかに「コミュニケーションを大切にする」と明記し、朝礼やミーティングで繰り返し全社員に共有していきます。「新人からどんな質問があっても歓迎する」「先輩は新人に積極的に声をかける」という姿勢を見せることで、遠慮や溝を生まない土壌が整います。

また、経営者や管理職が率先して「何でも聞いてほしい」と部下に声をかけるだけでなく、自分から気軽に質問し、部下からフィードバックをもらう姿勢を見せることも効果的です。

解決策②:仕組みとしての情報共有・ナレッジ蓄積

口頭でのOJTに頼るだけでなく、文書化やデータベース化を進めることも大切です。マニュアル化や手順書の作成、チャットツールを使った情報共有体制を整備し、社員がいつでも必要な情報を参照できるようにしておきましょう。

  • マニュアルの整備:業務フロー、トラブル対応策、よくある質問などをまとめたドキュメントを作成する。紙媒体でもよいが、更新の容易さを考慮するとデジタル化(クラウド上での共有)が望ましい。
  • FAQの整備:新人や異動者が抱く疑問点をリストアップしておき、社内ポータルサイトなどで一覧を共有しておく。
  • チェックリストの活用:新人が迷いがちな手続きを一覧表にして、抜け漏れを防ぐ。

こうした仕組みが整っていれば、「聞かないのが悪い」「教えないのが悪い」という不毛な押し付け合いを最小限に抑えることができます。

解決策③:1on1ミーティングや定期的な面談制度

上司と部下が定期的にコミュニケーションを取る仕組みを作ることも効果的です。たとえば、月に1回、30分~1時間程度の1on1ミーティングを設け、業務上の悩みやキャリアの希望をじっくり話し合う機会を作ります。特に中堅中小企業では、「顔が見える距離感」だからこそ気軽なコミュニケーションを設計することが大切です。1on1ミーティングで実施する内容は以下の通りです。

  • 業務進捗や困りごとの共有
  • スキルアップやキャリアパスのヒアリング
  • 相互フィードバック(部下から上司へも意見を述べやすくする)

こうした定期面談を通じて「わからないことはそのままにしない」「上司は部下の状況を常に把握する」という文化が醸成されやすくなります。

解決策④:チームビルディングと心理的安全性の確保

心理的安全性」という言葉は、アメリカの研究者エイミー・エドモンドソン氏が提唱した概念ですが、簡単に言えば、「自分の発言や行動が批判されることなく安心して表明できる状態」のことです。職場における心理的安全性が高まれば、部下は遠慮なく質問でき、上司も情報提供を惜しまなくなります。

  • 具体的な施策例
    • 定期的な親睦会や懇親会の開催
    • グループワークや研修によるチームビルディング
    • 部署横断のプロジェクトでの交流促進
    • 失敗談や成功談を共有する仕組みづくり

「失敗したら責められる」という空気があると、誰も質問したり報告したりしたがらないものです。経営者やリーダーが先頭に立って、「失敗を共有しよう」「何でも聞こう」という安心感を作り出すことが重要です。

心理的安全性については、以下の記事で詳しく解説しています。ご興味のある方は、ぜひお読みください。

具体的アクションプラン

小さな打ち手の積み重ねが大切

「聞かない vs 教えない」の問題は、企業文化や組織風土に深く根ざしているため、一朝一夕ですべてを変えるのは困難です。まずは小さな取り組みを積み重ねて、じわじわと組織体質を改善していくことを目指しましょう。

例:朝礼での“質問タイム”導入

  • 毎日の朝礼で「業務上わからないことを1つ挙げてもらう時間」を作る。
  • それに対して先輩社員や管理職が短い回答をする。
  • その場で解決できない質問は、昼休みや終業後にフォローアップする。

例:社内イントラやチャットツールの活用

  • 部署ごとに専用のチャット部屋を設けて気軽に質問できる仕組みを整える。
  • 「質問歓迎」「回答歓迎」という雰囲気を、管理職が率先して示す。

管理職の評価指標に「教える力」を組み込む

管理職にとっても「仕事を早く終わらせる」「成果を出す」ことが主要な評価項目になりがちですが、同時に「部下に対して適切に情報や知識を伝え、指導しているか」「部下が育っているか」も重要な評価指標に組み込みましょう。そうすることで管理職が部下育成や情報共有に力を入れやすくなります。部下の育成は、管理職の重要な仕事の1つなのです。

外部専門家や研修の活用

自社だけで改革を進めようとしてもうまくいかない場合は、外部の専門家やコンサルタント、研修機関を活用するのも一案です。特にコミュニケーション研修リーダーシップ研修は、多くの中小企業で導入が進んでいます。外部機関ならではの客観的視点で組織課題を分析し、必要な施策を具体的に提案してくれるでしょう。

Q&A

Q1. 「聞かない vs 教えない」の問題が慢性化していて、すぐに改善できる気がしません。何から始めればいいですか?
A. まずは「小さく始める」ことを意識してください。たとえば、毎日の朝礼で質問タイムを設ける週に1回のミーティングで「聞きたいこと」を必ず1つずつ挙げてもらうなど、小さな仕組みを導入することで「聞く・教える」のハードルを下げていくことが大切です。トップや管理職が率先して自分から質問することも、「質問=悪いことではない」という意識改革につながります。

Q2. マニュアル化を進めたいのですが、現場の担当者は忙しくて作成に手が回りません。どうしたら効率的に進められますか?
A. マニュアル作成は一度に完璧を目指すと挫折しがちです。まずは「要点を箇条書きにする」「よくある質問のQ&A形式でまとめる」など、最小限かつ頻出度の高い情報から始めましょう。また、定期的に見直しと更新をするプロセスを組み込むことが大事です。最初は粗削りでもよいので、誰かが見れば最低限の業務はこなせるレベルを目指すのが第一歩です。

Q3. 社内の雰囲気が既に悪化していて、社員同士の不信感が強い状況です。今からでも間に合うでしょうか?
A. 間に合いますが、時間と経営トップの強いリーダーシップが必要です。社内研修や懇親会など「社員同士が腹を割って話す機会」をまず増やし、少しずつ信頼関係を再構築していきましょう。特に、リーダーが自らの失敗談をオープンに語り、社員の声に耳を傾ける姿勢を見せることが大切です。短期間での変化は難しいかもしれませんが、経営者の姿勢次第で空気は大きく変わります。

Q4. 部下や新人に聞いてほしいのに、なかなか素直に聞いてくれません。どうアプローチすればいいですか?
A. 部下が「聞きづらい」「質問しにくい」と感じている原因を取り除くことが先決です。具体的には、部下が忙しそうだと感じないように余裕を見せるわざと雑談の中で情報提供をするなど、上司側から歩み寄ってみてください。また、評価面でも「質問しても大丈夫」という安心感を与えることが大事です。叱責やネガティブなフィードバックばかりしていると、部下はますます黙り込んでしまいます。

まとめ

「“聞かないのが悪い”vs“教えないのが悪い”」という責任の押し付け合いが起こる背景には、組織の文化や風土の問題、教育体制の不備、情報格差、遠慮のしすぎなど、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。一方で、中堅中小企業がこうした問題を解決するための手立ては、決して特別なものばかりではありません。

  • 「聞いて当たり前」「教えて当たり前」という風土づくり
  • マニュアル整備やFAQ、チェックリストなどの情報共有基盤の構築
  • 1on1ミーティングや面談制度を通じたコミュニケーション習慣
  • 心理的安全性の高い職場環境の整備
  • 評価制度に「教える力」「聞く力」を組み込む

こうした取り組みを、一気にすべて導入する必要はありません。まずはできる範囲の小さな改革から始めてみることで、職場の雰囲気が少しずつ前向きに変わり、「聞かない」「教えない」という文化が改善されていきます。

責任の押し付け合いによる社内のギスギスした空気を取り除き、社員が安心して業務に集中できる環境を整えることは、企業の成長に直結します。特に中堅・中小企業では、限られた人材とリソースを最大限に活かすためにも、コミュニケーションや情報共有の質を高めることがカギとなります。

経営者や管理職の方々が意識改革と具体的な行動を起こせば、必ず組織は変われます。社員一人ひとりのやる気と能力を活かすためには、「聞く・教える」文化の定着こそ最優先課題です。どうか今日から、あなたの企業でも小さな一歩を踏み出してみてください。そうすれば、必ず大きな成果へとつながるでしょう。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。