唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
「先行きが不透明で、次の一手に踏み出せない…」
「社員の生活を背負っていると思うと、大きな決断が怖い…」
「競合の動きは速いのに、自社だけが取り残されている気がする…」
経営者であれば、程度の差こそあれ、このような悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか?
私自身、20年にわたり中堅中小企業の経営コンサルタントとして、数多くの経営者様と対峙してまいりました。その中で、企業の成長を左右する最も重要な要素は何かと問われれば、それは「最新の経営理論」でも「潤沢な資金」でもなく、「経営者の腹が決まっているかどうか」であると断言できます。
現代は、VUCA(ブーカ)の時代と言われて久しくなりました。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字を取った言葉で、予測困難な状況を指します。このような時代において、従来の延長線上にある意思決定や評論家的な分析に終始していては、あっという間に時代の濁流に飲み込まれてしまいます。経営者に真に求められるのは、不確実性を受け入れた上でリスクを引き受け、会社を前に進める「覚悟」です。
本コラムでは、私がコンサルティング現場で見てきた「腹が決まっている経営者」に共通する思考法と行動習慣を徹底的に解剖し、その「覚悟の正体」に迫ります。小手先のテクニックではない、経営の根幹を成す「軸」の作り方について、具体的かつ実践的にお伝えします。この記事を読み終える頃には、ご自身の経営判断に一本の太い芯が通り、迷いなく前に進むためのヒントを得ていただけることでしょう。




「腹が決まっている人」とは何か? – 決断が速い人との決定的違い


まず、「腹が決まっている」とはどういう状態を指すのでしょうか?単に「決断が速い」こととは似て非なるものです。
- 決断が速い人
- 特徴: 思考よりも反応が速い。直感的。せっかち。
- 背景: 熟考が苦手、あるいは情報を限定的にしか見ずに判断を下す傾向がある。
- 結果: 判断の質にムラがあり、一貫性がない場合がある。状況が変わるとすぐに意見がぶれることも少なくない。
- 腹が決まっている人:
- 特徴: 熟考の末に、確固たる信念に基づき意思決定する。一度決めたら、安易にぶれない。
- 背景: リスクを認識し、その上で「すべての責任を自分が引き受ける」という覚悟ができている。
- 結果: その決断が、たとえ短期的には困難な道であっても、組織に進むべき方向を明確に示し、周囲を巻き込む力を持つ。
つまり、両者の決定的な違いは「責任を引き受ける覚悟の有無」にあります。腹が決まっている人は、起こりうる最悪の事態を想定し、その結果に対する責任の所在を自分自身に置いています。だからこそ、その決断には重みがあり、周囲の心を動かすのです。
リーダーの仕事とは「決めること」だと言っても過言ではありません。そしてその決定は、たとえどのような結果になろうとも、すべての責任を自分が取るという覚悟の裏付けがなければならず、その覚悟の裏付けこそが「腹が決まっている」ことの本質なのです。


腹の決まった経営者が実践する「5つの思考法」
では、腹の決まった経営者は、日常的にどのような思考をしているのでしょうか?私がこれまでお会いしてきた優れた経営者たちに共通する5つの思考法をご紹介します。
思考法1:最悪を想定し、楽観的に行動する
腹が決まっている人は、決して単なる楽観主義者ではありません。むしろ、誰よりも悲観的に物事を捉え、起こりうる最悪のシナリオを徹底的に考え抜いています。
- この事業が失敗したら、資金はどこまで棄損するのか?
- 最悪の場合、何人の社員の雇用に影響が出るのか?
- 取引先への影響は? 銀行との関係は?
これらの問いから目をそむけず、直視します。そして、その最悪の事態に陥ったとしても、「この範囲のダメージであれば再起は可能だ」という覚悟のライン(損切りライン)を明確に引きます。
この「最悪の想定」があるからこそ、いざ行動に移す段階では迷いが消え、大胆かつ楽観的にプロジェクトを推進できるのです。正に「ここまで考えたのだから、あとはやるしかない」という境地です。
これは、単なる精神論ではなく、リスクマネジメントの根幹でもあります。事前にリスクを洗い出し、その対策を講じておくことで、不測の事態にも冷静に対処できるのです。
思考法2:「できない理由」ではなく「できる方法」を考え抜く
多くの組織では、新しい挑戦に対して「人手が足りない」「予算がない」「前例がない」といった「できない理由」が真っ先に挙げられます。しかし、腹が決まっている経営者の思考は真逆です。彼らは、「どうすればできるか?」という問いから必ずスタートします。
- 「人手が足りない」→ では、今いるメンバーで最大限のパフォーマンスを出すには? 外部の専門家を一時的に活用できないか?
- 「予算がない」→ では、費用をかけずにテストマーケティングする方法はないか? クラウドファンディングを活用できないか?
- 「前例がない」→ では、我々が業界の先駆者になれるチャンスではないか? 他業界の成功事例を応用できるのではないか?
このように、制約条件を「言い訳」にするのではなく、「創造性を発揮するための前提条件」として捉え直します。この思考の転換こそが、イノベーションの源泉となるのです。
思考法3:情報を集めすぎず「本質」を見抜く
現代は情報過多の時代です。意思決定のために情報を集めようとすれば、無限に集めることができてしまいます。しかし、情報が多ければ多いほど、良い決断ができるとは限りません。むしろ、情報が多すぎることによって、些末な点にこだわりすぎて本質が見えなくなったり、選択肢が多すぎて決断できなくなる「決定麻痺」に陥ったりするものです。
ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは、著書『ファスト&スロー』の中で、人間の思考には直感的に素早く判断する「ファストな思考」と、論理的にじっくり考える「スローな思考」の2つがあると述べました。
腹が決まっている人は、この両方のバランス感覚に優れています。必要な情報はスローな思考で冷静に分析しつつも、最後は自身の経験や価値観に裏打ちされた「直観(ファストな思考)」を信じて、決断を下します。彼らは、「すべての情報が揃うことは永遠にない」という事実を理解しており、「7割程度の情報が集まったら決断する」という自分なりのルールを持っていることが多いのです。
思考法4:「誰のせいにもしない」究極の当事者意識
企業の業績が悪化したとき、多くの人はその原因を外部環境に求めがちです。「景気が悪いから」「市場が縮小しているから」「競合が安売りするから」。しかし、腹が決まっている経営者は、決して環境や他人のせいにしません。
彼らは、「起こることはすべて自分事」という強烈な当事者意識を持っています。たとえ景気が悪化しても、「そのような環境変化を予測し、備えることができなかった自分の責任だ」と捉えます。部下がミスをすれば、「その部下を適切に指導・管理できなかった自分の責任だ」と考えます。
この究極の当事者意識があるからこそ、問題が発生したときに、他者を批判するのではなく、「では、自分は何をすべきか?」という建設的な行動にエネルギーを注ぐことができるのです。この姿勢が、組織全体に「自責」の文化を育み、言い訳のない強いチームを作り上げます。
思考法5:時間軸を長く持ち、ビジョンから逆算する
目先の利益や目前の批判に囚われていると、経営判断は必ずブレます。短期的な売上のために安易な値下げに走ったり、一部の社員の反対を恐れて改革を先送りしたりといった過ちを犯しがちです。
腹が決まっている経営者は、常に「5年後、10年後、自社はどうあるべきか?」という長期的なビジョンを持っています。そして、すべての意思決定を、そのビジョンを実現するためのステップとして位置づけます。
「この決断は、我々のビジョン達成に貢献するか?」
「目先の利益は失うかもしれないが、長期的に見てブランド価値を高める選択か?」
このように、時間軸を長く持つことで、短期的な誘惑や脅威に惑わされることなく、一貫した判断を下すことができます。このブレない姿勢が、社員や取引先に安心感と信頼を与え、長期的な成長の礎となるのです。
周囲を動かす「腹が決まった人」の3つの行動習慣
思考がいかに優れていても、行動が伴わなければ絵に描いた餅です。腹が決まった人の思考は、必然的に特徴的な行動として現れます。
行動習慣1:即断・即決・即実行のスピード感
腹の決まった経営者は、とにかく行動が速いです。これは、単にせっかちなのではなく、「機会の窓は長くは開いていない」ということを知っているからです。特に変化の激しい現代において、スピードそのものが競争優位性となります。
彼らは、完璧な計画を立てることに時間を費やすよりも、まずは不完全でも良いから行動を起こし、市場や顧客の反応を見ながら修正していく「OODA(ウーダ)ループ」的なアプローチを自然と実践しています。OODAループとは、Observe(観察)、Orient(状況判断)、Decide(意思決定)、Act(行動)のサイクルを高速で回すことで、変化に迅速に対応するフレームワークです。
このスピード感が、組織に良い意味での緊張感とダイナミズムを生み出します。
行動習慣2:言葉で「覚悟」を伝え、周囲を巻き込む
どれだけ崇高な決断を下しても、それが経営者の胸の内に秘められているだけでは、組織は動きません。腹が決まった人は、自分の言葉で熱量をもってその決断の背景にある「覚悟」を語ります。
- なぜ、この変革が必要なのか?(背景・問題意識)
- この変革によって、我々は何を目指すのか?(ビジョン)
- どのような困難が予想されるか?(リスクの共有)
- しかし、私はこの困難を乗り越える覚悟がある。そして、その先には素晴らしい未来が待っている(決意表明)
このように、論理だけでなく感情にも訴えかけるコミュニケーションによって、社員の心を動かし、「社長がそこまで言うなら、ついていこう」というフォロワーシップを引き出すのです。彼らは、自分の決断が社員の生活に影響を与えることを理解しているからこそ、誠実に、真摯に語りかけます。この対話のプロセスが、単なるトップダウンではない、組織全体の「覚悟」を醸成していくのです。






行動習慣3:失敗を「学習」と捉え、粘り強くやり抜く
腹を括った決断であっても、必ず成功するとは限りません。むしろ、新しい挑戦には失敗がつきものです。重要なのは、失敗したときにどう向き合うかです。
腹が決まっている人は、失敗を「人格の否定」や「能力の欠如」とは捉えません。彼らにとって失敗は、「成功に近づくための貴重なデータ(学習機会)」です。
- なぜ、この計画はうまくいかなかったのか?
- 仮説のどこに誤りがあったのか?
- この経験から、次に何を活かせるか?
このように失敗を客観的に分析し、次の行動に活かします。そして何より、彼らは驚くほど粘り強い。一度や二度の失敗で諦めることは決してありません。この、転んでもただでは起きない「レジリエンス(精神的な回復力)」こそが、最終的に大きな成功を手繰り寄せるのです。
どうすれば「腹が決まる」のか?覚悟を育むための4つのトレーニング


ここまで読んで、「自分にはそんな覚悟はない…」と感じた方もいるかもしれません。しかし、ご安心ください。「覚悟」は、一部の特別な人間に与えられた才能ではありません。日々の意識とトレーニングによって、誰でも鍛えることができる後天的なスキルです。
トレーニング1:小さな「意思決定と実行」を繰り返す
大きな決断が怖いのは、経験が不足しているからです。まずは日常業務の中で自分で意思決定し、その結果責任を負うという経験を意図的に増やしてみましょう。
- 今日の会議のアジェンダは自分が決めて進行する。
- 部下への指示を、「あれやっといて」ではなく、「この目的のために、この方法で、いつまでに完了してほしい」と具体的に決めて伝える。
- 小さなプロジェクトのリーダーに自ら手を挙げる。
どんなに小さなことでも構いません。「決める→実行する→結果を引き受ける」というサイクルを高速で回すことで、意思決定の筋肉が鍛えられ、自己効力感(自分ならできるという感覚)が高まっていきます。
トレーニング2:自分の「判断軸」を言語化する
あなたは、何を大切にして経営をしていますか? 会社の存在意義(ミッション)は何ですか? どのような未来(ビジョン)を実現したいですか?
これらの問いに対する答えが、あなたの「判断軸」となります。この判断軸が曖昧だと、いざという時に判断がブレてしまいます。しっかりと時間を確保し、ご自身の経営哲学や価値観を文章に書き出してみてください。そして、それを手帳やPCのデスクトップなど、毎日目にする場所に貼っておきましょう。繰り返し目にすることで、その判断軸が潜在意識にまで浸透し、いざという時の迷いをなくしてくれます。
トレーニング3:あえて「修羅場」に身を置く
覚悟は、安楽な環境では育ちません。時には、あえて困難な状況やプレッシャーのかかる場面に身を置くことも重要です。
- 業界団体の役員を引き受けてみる。
- これまで避けてきた苦手な交渉事に、自ら臨んでみる。
- 新規事業の責任者になる。
このような経験は、あなたの器を確実に大きくします。もちろん、すべてを一人で抱える必要はありません。重要なのは、安全地帯から一歩踏み出す勇気を持つことです。
トレーニング4:信頼できる「壁打ち相手」を持つ
経営者は孤独だと言われます。重要な決断であればあるほど、社内の人間には相談しにくいものです。そんな時、利害関係のない客観的な視点から、あなたの考えを受け止め、問いを投げかけてくれる存在は非常に貴重です。
それは、社外のメンターかもしれませんし、異業種の経営者仲間かもしれません。あるいは、我々のような経営コンサルタントかもしれません。重要なのは、あなたが本音で話せる相手を持つことです。自分の考えを言葉にして誰かに話す(壁打ちする)だけで、思考が整理され、覚悟が定まることは少なくありません。
Q&A
Q1. 腹を括った決断が、必ずしも良い結果につながりませんでした。自分の判断が間違っていたのでしょうか?
A. まず、結果が出なかったことに対して、真摯に向き合っておられる姿勢が素晴らしいと思います。しかし、決断の良し悪しを結果だけで判断するのは早計だと考えます。腹を括った決断とは、「その時点での最善手」を尽くすことに他なりません。未来が予測できない以上、結果が保証されている決断などこの世に存在しないのです。
重要なのは、その「失敗」から何を学び、次にどう活かすかです。失敗は「学習の機会」です。なぜその結果になったのかを徹底的に分析し、プロセスを改善し、粘り強く次の挑戦に向かうことこそが、腹の決まった経営者のとるべき行動です。一度の失敗で、「自分には決断力がない」と烙印を押す必要は全くありません。
Q2. 周囲(特に古参の役員や社員)の反対が強くて、腹を決めきれません。どうすれば良いでしょうか?
A. 非常によくあるお悩みです。反対意見が出るのは、ある意味で健全な組織の証拠でもあります。ここで重要なのは、反対を力でねじ伏せるのではなく、反対の裏にある「懸念」や「不安」を徹底的にヒアリングすることです。
彼らはなぜ反対するのでしょうか?「変化についていけない不安」「失敗した時のリスクへの懸念」「過去の成功体験への固執」など、様々な理由があるはずです。まずは、彼らの意見に真摯に耳を傾け、リスペクトを示す姿勢が不可欠です。
その上で、「言葉で覚悟を伝える」を実践します。なぜ変革が必要なのか、その先にある未来はどんなに素晴らしいものか、そして、彼らの懸念にどう対処していくのかを、熱意をもって語り尽くすのです。誠実な対話を重ねることで、単なる「反対勢力」が、変革を共に進める「協力者」に変わっていくケースを、私は何度も見てきました。
Q3. 決断のスピードと正確性のバランスはどう取れば良いですか?
A. これは経営における永遠のテーマの一つですね。私の考えでは、「決断の重要度」によってバランスを変えるべきです。
- 取り返しのつかない重要な決断(例:大型の設備投資、会社の売却など)は、スピードよりも正確性を重視します。第2章の思考法を総動員し、時間をかけてでも情報を集め、慎重に検討すべきです。ただし、「完璧な情報」を待つのではなく、期限を区切って決断することが重要です。
- 修正可能な比較的重要度の低い決断(例:新しいWeb広告の試行、社内業務フローの改善など)は、正確性よりもスピードを優先します。まずは「やってみる」こと。70点の完成度でも良いので、素早く実行し、結果を見ながら改善していく方が、結果的に早くゴールにたどり着けます。
すべての決断に100%のエネルギーを注いでいては、経営者は身が持ちません。決断の「重み」を見極め、ギアを使い分ける意識を持つことが大切です。
まとめ
本コラムでは、「腹が決まっている人」の思考法と行動習慣、そしてその「覚悟」を育むための具体的なトレーニング方法について解説してきました。
改めて要点を振り返ります。
- 「腹が決まっている」とは、単に決断が速いのではなく、「責任を引き受ける覚悟」がある状態。
- その思考法は、「最悪の想定」「できる方法の探求」「本質の直視」「当事者意識」「長期的視点」に特徴づけられる。
- その行動は、「スピード」「巻き込む対話」「失敗からの学習」として現れる。
- そして、その「覚悟」は、日々の小さな意思決定の積み重ねによって、誰でも鍛えることができる。
変化の激しい時代において、経営者が持つべき最大の武器は、未来を予測する能力ではありません。予測できない未来を、自らの意思と行動で切り拓き、創造していくという「決意」です。それこそが、「腹を決める」ことの正体であり、経営に効く覚悟の本質です。 この記事が、日々奮闘されている中堅中小企業の経営者、役員、管理職の皆様にとって、ご自身の経営を見つめ直し、明日への一歩を踏み出すための一助となれば、これに勝る喜びはありません。
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