唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
経営者であるあなたは、社員の給与や賞与の季節が来るたびに、胃が痛くなるような思いをしていませんか?
「あいつは頑張ったから少し色を付けよう」
「今期は業績が厳しいから、心を鬼にして全体的に下げざるを得ない」……。
もし、このような決定を「社長の頭の中にあるモノサシ」や「どんぶり勘定」だけで行っているとしたら、それは非常に危険なサインです。
私はこれまで、数多くの中堅中小企業の経営支援や組織改革の現場に立ち会ってきました。その中で確信した残酷な真実があります。それは、「曖昧な評価制度は、優秀な社員から順に会社を去らせるトリガーになる」ということです。
多くの経営者が悩みます。「絶対評価で社員の頑張りを認めてやりたいが、人件費が青天井になるのは怖い」「相対評価で競争させたいが、足の引っ張り合いになるのは困る」。
このジレンマに、正解はあるのでしょうか?
結論から申し上げます。「絶対評価か、相対評価か」という二者択一は、もはや古い議論です。
成長し続ける企業の多くは、この二つの概念を巧みに融合させた「現実的な解」を持っています。
本コラムでは、難解な人事用語を極力排除し、経営のプロとして「中堅中小企業が生き残るために選ぶべき評価制度」の結論を、データと実体験に基づいて提示します。これは単なる事務手続きの話ではありません。貴社の利益率と組織力を劇的に変える、経営戦略そのものの話です。




人事評価の基本:絶対評価と相対評価、その本質的な違いとは?


まずは、「絶対評価」と「相対評価」という二つの評価手法が、本質的に「何を見ようとしているのか」を整理することにしましょう。この部分を混同していると、制度設計は必ず失敗します。
絶対評価とは何か? – 「個人の成長」との戦い
絶対評価とは、あらかじめ設定された目標や基準(ゴール)に対して、その人がどこまで到達できたかを評価する手法のことです。他人の成績は一切関係ありません。わかりやすく例えれば、「検定試験」や「ゴルフのスコア」です。「漢字検定で80点以上取れば合格」という場合、隣の席の人が100点を取ろうが0点を取ろうが、あなたが80点を取れば合格です。
ビジネスの現場で言えば、「今期の売上目標1,000万円を達成したのか?」「期初に決めた資格を取得したのか?」といった基準で決まります。
- キーワード: 納得感、自己成長、マイペース
- 経営者へのメッセージ: 「昨日の自分より成長したか」を問う仕組みです。
相対評価とは何か? -「集団内での生存」競争
一方で相対評価とは、組織やチームといった集団の中で、成績順に順位をつけ、あらかじめ決められた枠(S評価は上位5%、A評価は次の15%…など)に当てはめる手法です。例えれば、「徒競走」や「椅子の取り合い」です。
あなたがどれだけ速く走ったとしても(=高い成果を出したとしても)、周囲の選手がウサイン・ボルトだらけであれば、あなたは「最下位」という評価を受けることになります。逆に、周りのレベルが低ければ、そこそこの走りでも「一位」になることができてしまいます。これを専門的には「強制分布法」とも呼びます。
- キーワード: 競争原理、選抜、ゼロサムゲーム
- 経営者へのメッセージ: 「ライバルより優れているか」を問う仕組みです。
一目でわかる!絶対評価 vs 相対評価 比較表
絶対評価と相対評価の違いを一覧表にすると、以下の通りとなります。
| 比較項目 | 絶対評価 | 相対評価 |
|---|---|---|
| 評価の基準 | 個人の目標達成度・基準への到達度 | 集団内での順位・偏差値 |
| 他者の影響 | 受けない (自分との戦い) | 受ける (相手次第で評価が変わる) |
| 人件費管理 | 困難 (全員高評価ならコスト増) | 容易 (予算内に確実に収まる) |
| 社員心理 | 「頑張れば報われる」(納得感◎) | 「あいつに勝たないと」(競争心◯ / 疲弊✕) |
| チームへの影響 | 協力を生みやすい | 足の引っ張り合いが起きやすい |
| SMEへの適性 | 高い (育成重視) | 低い (母数が少ないと機能不全) |
この一覧表を見て、「うちはやっぱり絶対評価がいいな」と思った社長、少しお待ちください。そこには甘い罠があります。次章でその裏側を解剖します。
どちらの手法にも光と影がある:メリット・デメリットの徹底分析


これは「絶対評価は優しくて、相対評価は厳しい」という単純な話ではありません。経営視点で見ると、それぞれに致命的なリスク(影)が潜んでいます。
絶対評価のメリットとデメリット
【メリット】納得感と「自律型人材」の育成
絶対評価の最大のメリットは、社員の「納得感」です。「何をすれば評価されるのか?」が予め明確になっていれば、社員はそこに向かって努力をします。結果として、社員は「上司に気に入られること」ではなく「目標を達成すること」にエネルギーを使うようになります。また、同僚は自身の敵ではないため、ノウハウを共有し合うような「学習する組織」を作りやすい点も特徴です。人材育成こそが生命線である中堅中小企業にとって、これは極めて大きなメリットとなります。
【デメリット】評価のインフレと「人件費爆発」のリスク
絶対評価には、経営を揺るがす二つのリスクがあります。
- 評価の甘辛(寛大化傾向): 明確な基準がないと、上司は部下に嫌われたくないため、全員に「B以上」をつけてしまいがちです。これを「評価のインフレ」と呼びます。
- 人件費の高騰: もし全社員がスーパーマンのように活躍し、全員がS評価をとってしまったらどうなるでしょうか? 理論上、全員の給与・賞与を大幅に上げねばならず、利益が吹っ飛ぶ可能性があります。「社員は幸せだが、会社が潰れる」では本末転倒です。もちろん、給与・賞与原資を固定して配分すれば、総額を変えずに処遇することはできますが、社員一人当たりの支給額が減少するため、「S評価をとってもこれしかもらえないのであれば、頑張る意味がない」と社員は感じるでしょう。
相対評価のメリットとデメリット
【メリット】鉄壁の「人件費コントロール」と競争意識
相対評価の経営的な正義は、「予算を守れること」です。「S評価は全体の10%まで」と予め決まっていれば、どれだけ社員が頑張っても、賞与原資が予算オーバーすることはありません。したがって、相対評価は財務的な観点での見通しが立ちやすく、安定経営には寄与します。また、誰がエースで誰がローパフォーマー(低業績者)かが残酷なほど明確になるため、組織の新陳代謝を促す効果もあります。
【デメリット】「配属ガチャ」とチームワークの崩壊
中堅中小企業にとって致命的なのがここです。例えば、営業部に「超優秀な5人」がいたとします。相対評価で下位20%を低評価にするルールなら、この優秀な5人の中の1人は、必ず「ダメな社員」のレッテルを貼られます。逆に、レベルの低い部署にいれば、楽に高評価が取れます。これを若手社員は「配属ガチャ」と呼び、強烈な不公平感を生みます。 さらに、「あいつにノウハウを教えると自分の相対的な順位が下がる」という心理が働き、情報の囲い込みや足の引っ張り合いが始まります。少人数で助け合わなければ回らない中堅中小企業において、これは「組織の自殺行為」に等しいです。


日本企業の実態
では、日本の企業の多くはどのように対応しているのでしょうか?実は、極端な二者択一をしている企業は少数派を言われています。公的なデータを見ると、多くの企業が「ハイブリッド型」という現実解にたどり着いています。
データが示す「入り口は絶対、出口は相対」
一般社団法人労務行政研究所の調査データ(人事評価に関する検討報告書)によると、興味深い傾向が見えてきます。
- 一次評価(直属の上司):約7割が「絶対評価」
- 最終評価(査定・配分):約6〜7割が「相対的な調整」を実施
つまり、現場レベルでは「君の目標達成度は素晴らしかった(絶対評価)」と褒めつつ、最終的に給与や賞与を決める経営会議の段階で「全社のバランスと原資を考慮して調整(相対要素)」を行っている可能性が高いのです。但し、本調査データの調査時期は2010年10月~11月と若干古いデータであること、対象は上場企業等を中心とした大企業である点には留意が必要です。
なぜハイブリッドなのか?
これは「社員のモチベーション(育成)」と「会社の財布(財務)」の両方を守るための苦肉の策であり、一つの知恵と言えます。 まず、個人の努力は絶対評価で認めなければ、人材を育成することはできません。しかし、会社の賞与原資には限りがあります。したがって、「評価(育成)」と「処遇(報酬)」のプロセスをあえて分けることで、矛盾を解消しようとしているのではないか?という1つの仮説が浮かび上がってくるのです。






我が社に合うのはどっち?中堅中小企業のための評価制度「選び方」の結論


ここからが本題です。経営資源の限られる中堅中小企業は、どのように評価手法を転宅すべきでしょうか?私の経験からの「結論」を提示します。
結論:中堅中小企業は「絶対評価」をベースにせよ
従業員数300名以下の中堅中小企業であれば、原則として「絶対評価」を軸に制度設計すべきです。理由は3つあります。
- 母集団が小さすぎる: そもそも社員20人の会社で「上位10%(=2人)」といった統計的な分布(正規分布)に当てはめること自体が極めてナンセンスです。
- チームワークが命: 大企業のような分業ではなく、全員野球が求められる中堅中小企業で、相対評価による「蹴落とし合い」が発生すれば、組織は崩壊してしまうでしょう。
- 社長のメッセージ: 「隣のアイツに勝て!」ではなく、「会社の目標に向かって一緒に成長しよう」というメッセージこそが、中堅中小企業の求心力になるからです。
3ステップで導入する「中堅中小企業版ハイブリッドモデル」
とはいえ、絶対評価の「甘辛リスク」や「人件費リスク」にはどのように対処するのか?という問題は残ります。
その問題に対しては、以下の3ステップで運用することで、デメリットを消し込みます。
【Step 1】一次評価:完全なる「絶対評価」
直属の上司は、部下の目標達成度だけを見て評価します。「他のメンバーよりよいか?」は基本的に考えさせません。一時評価では、部下の成長と課題にフォーカスすることで、納得感を醸成します。
【Step 2】評価会議:人間による「相対調整」
ここが最重要です。各部署から上がってきた評価結果を、社長と全管理職が集まってテーブルに並べます。
「A課長の評価は全員Sだけど、甘すぎないか?」
「B課長は辛すぎる。C君の成果ならB評価でいいはずだ」
このように、評価の甘辛調整を合議制で行います。単純に機械的な比率で切るのではなく、経営陣の「評価の目線」を合わせることで、実質的な公平性を担保します。
【Step 3】処遇への反映:係数による「原資コントロール」
最終的な賞与額を決める際、会社の利益状況に応じた賞与原資を基に1ポイント当たりの単価を算出します。具体的には、賞与原資(賞与準備金)を評価結果に基づく個人の獲得ポイントの合計で割って1ポイント当たりの単価を算出し、個人別の支給額を計算します。
「みんな頑張って高評価(絶対評価)だった。しかし、会社の利益目標は未達だった。だから賞与単価(1ポイント当たり単価)は少し下がる」。 というロジックになります。このロジックであれば、「評価(=頑張り)」は認めつつも、「報酬」は会社の業績連動であることを論理的に説明できます。私が実際に人事評価制度導入を支援したクライアントでは、上記モデルを採用することで、評価と賞与原資のコントロールを両立しています。


制度だけでは動かない!導入で失敗しないための「3つの鉄則」


どんなに立派な評価シートを作っても、運用で魂を入れなければ、それはただの「紙切れ」です。むしろ、悪い運用は不満の火種になります。ここでは、人事評価制度導入で中堅中小企業が絶対に守るべき鉄則をお伝えします。
鉄則1:評価基準の「言語化」から逃げない
中堅中小企業で最も多い不満は「社長の好き嫌いで評価が決まっている」という疑念です。これを払拭する唯一の方法は、評価基準の言語化(見える化)です。「責任感を持って仕事をする」といった曖昧な言葉ではなく、「納期遅れが発生した際、30分以内に上司へ報告し、自らリカバリー案を提示できる」といったレベルまで行動基準(コンピテンシー)を具体化してください。これが「会社の期待」を伝えるということです。
鉄則2:管理職への「評価者トレーニング」は投資である
多くの社長は「課長なんだから評価できて当たり前」と考えがちですが、それは大きな間違いです。名プレイヤーが名監督ではないように、評価にはスキルが必要です。評価基準のすり合わせ、フィードバック面談のロープレなど、管理職への教育を怠ると、制度は必ず形骸化します。ここにかける時間とコストは、コストではなく「最強の組織を作る投資」と捉えてください。
評価者トレーニングについては以下の記事で解説していますので、もしよろしければお読みください。
鉄則3:フィードバック面談は「査定の通告」ではなく「未来の対話」
評価面談を「結果(SやA)を伝える場」にしてはいけません。それはメールで済みます。面談は「なぜその評価になったのか?」「次はどのようにすれば評価が上がるのか?」を話し合う「対話の場(1on1)」です。「今期はここが足りなかった。でも、君には来期こうなってほしいから、会社はこう支援する」。 この「未来の話」ができるかどうかが、社員のエンゲージメント(定着率)を決定づけます。
Q&A
Q1. うちは社員10名程度の小規模企業ですが、それでも評価制度は必要ですか?
A. 必要です。むしろ小規模こそ効果絶大です。「あうんの呼吸」で通じると思っているのは社長だけ、というケースが多々あります。ある調査では、人事評価制度を導入して適切に運用している企業は、そうでない企業に比べて「業績向上実感」や「賃上げ実施率」が約2倍高いというデータがあります(FNNプライムオンライン調査)。人数が少ないからこそ、「社長は自分のことを正当に見てくれている」という安心感が、離職を防ぎ、戦力化を早めます。簡易なもので構いませんので、基準を明文化しましょう。なお、社員数が20名以下の間は、等級制度や賃金制度といった総合的な制度ではなく、育成にフォーカスした部分的な人事評価制度で十分だと思います。
Q2. 営業職と事務職で、評価のやり方は変えるべきですか?
A.職務特性が異なるため、結果的に評価方法は変わるというのが回答になります。具体的には、数字で成果が見える営業職は「業績評価」重視である一方、成果が見えにくい事務職は「プロセス評価」重視といった形になると思います。「軸」はブラさず、定量化できるものは定量化するといった原理原則は変えないように注意してください。
Q3. 最近流行りの「ノーレイティング(ランク付け廃止)」はどうでしょうか?
A. 多くの中堅中小企業には時期尚早だと私は考えます。まずは基礎を固めましょう。Googleなどの先進企業が導入している「ノーレイティング」は、評価をしないのではなく、「年1回のランク付けをやめて、日常的に頻繁なフィードバックを行う」という、極めて高度なマネジメント手法です。 これには管理職にプロ級のコーチングスキルが求められます。基礎的な絶対評価や面談の習慣がない状態で導入しても、単に「評価がなくなった=上司のさじ加減になった」と受け取られ、現場が混乱するだけです。まずは、基礎的な絶対評価制度をしっかり運用することから始めましょう。
まとめ
本稿の要点を、3つに凝縮してまとめます。
- 中堅中小企業の基本戦略: 「相対評価(競争)」ではなく、「絶対評価(成長)」を軸に据える。
- 現実的な運用: 「入り口は絶対評価、出口は調整のハイブリッド方式」で、社員の納得感と会社の財務規律を両立させる。
- 成功の鍵: 制度を作るだけでなく評価基準を公開した上で、管理職をしっかりと訓練し、対話(フィードバック)を徹底する。
人事評価制度は、単なる「給与を決めるための計算式」ではありません。経営者であるあなたが、「うちはこういう人材を大切にする」「こういう働き方をしてほしい」という想いを、社員一人ひとりに伝える「最強のメッセージ・ツール」なのです。
「評価が変われば、行動が変わる。行動が変われば、会社が変わる。」
このコラムが、貴社の組織改革の第一歩となり、社員と会社が共に成長する未来への道しるべとなることを願ってやみません。
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