唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

「売上が伸び悩んでいるが、何が原因かわからない」

「新商品を開発したが、思ったようにターゲットに刺さらない」

様々な企業のコンサルティングを行う中で、このようなご相談をいただくケースがあります。その原因を突き詰めていくと、驚くほど多くの企業が「実は顧客の顔が見えていない」という根本的な問題に行き着きます。

「30代女性」や「F1層」といった大まかな属性(デモグラフィック)で顧客をくくれば、ある程度の成果が出せる時代もあったと思います。しかし、価値観が多様化した現代において、そのような大雑把な網の掛け方だけでは、顧客の実像を捉える羅針盤として機能しません。

そこで注目されているのが、「ペルソナ分析」と「N1分析」です。しかし、この2つの分析手法を「どちらが良いのか?」と対立構造で捉えてしまっている方が少なくありません。

結論から申し上げますと、「ペルソナ分析」と「N1分析」は対立するものではなく、統合してこそ真価を発揮する車の両輪です

本コラムでは、私のコンサルティング経験も踏まえ、これら2つの手法の本質的な違いと、それらを組み合わせて「売れる仕組み」を作るための経営視点での極意を解説します。難解なマーケティング用語は噛み砕いて説明しますので、ぜひ最後までお付き合いください。

なぜ今、「顧客理解」が経営の最重要課題なのか?

多くの企業が「顧客第一」を掲げていますが、実態はどうでしょうか?

コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、「自社は優れた顧客体験を提供している」と考える企業は80%に達する一方で、それに同意する顧客はわずか8%しかいないというデータがあります(※引用元:Bain & Company, “Closing the Delivery Gap“)。

出典:Bain & Company, “Closing the Delivery Gap

この巨大な認識のズレこそが、現代の経営課題の正体です。

従来のマスマーケティング的なアプローチが通じなくなった今、企業は「平均的な顧客像」ではなく、「個の文脈」を理解する必要があります。そこで登場するのが、N1分析ペルソナ分析なのです。

徹底比較:「N1分析」と「ペルソナ分析」の本質的な違い

多くの現場で混同されがちなこの2つの手法について、まずは定義と役割を明確にしましょう。

N1分析とは?:一人の「個」から深層を掘り当てる

N1分析とは、「名前のある実在の1人の顧客(N=1)」に対してインタビューや行動観察を行い、徹底的に深掘りする手法です。

最大の特徴は「実在性」があることです。経営的なメリットとしては、アンケート等の数値データでは決して現れない、顧客自身も意識していない「無意識の動機」や、商品を購入する真の理由(文脈)を発見できます。

よく「たった1人の意見を聞いて何になるのか?」と質問されることがありますが、1人の深い悩みにこそ、万人に共通する普遍的な価値(インサイト)が隠れています。ここからイノベーションの「種」が見つかるのです。

ペルソナ分析とは?:組織を動かす「共通言語」を作る

一方、ペルソナ分析とは、「理想的・典型的な顧客像を『架空の人物』として描く」手法です。

最大の特徴は「象徴的なモデル」である、すなわちフィクションであるということです。経営的メリットとしては、開発・営業・広報など、部門を超えて「私たちの顧客は誰か?」という認識を統一できます。

ペルソナは、組織を動かすための「共通言語」です。例えば、「30代男性向け」と議論するより、「(ペルソナの)佐藤さんなら、この機能を使うだろうか?」と議論する方が、意思決定のスピードと具体性が格段に上がります

2つの手法の決定的な違い

両者の違いを実務的な視点で整理しました。

比較項目N1分析ペルソナ分析
対象実在する1人の人間架空だが代表的な人物像
主な目的発見:深いインサイトを得る共有:組織のベクトルを合わせる
強み「なぜ買ったのか?」という文脈の解明施策の一貫性と実務への落とし込み
弱み市場規模(広さ)が不明妄想で作ると「作り話」になる

経営者が陥る「ペルソナの罠」と「N1の誤解」

ここで、私が過去のコンサルティングの現場で目撃してきた失敗パターンをご紹介します。

失敗パターン①:会議室で作った「妄想ペルソナ」

ある製造業のクライアント様での話です。

「ペルソナを作ったのだが成果が出ない」と相談を受け、資料を拝見しました。そこには、「年収800万円、趣味はゴルフ、感度の高い生活をしている…」といった、いかにも企業にとって「都合の良い理想の顧客像」が描かれていました。

これはペルソナ分析における最大のリスク、「確証バイアス」です。各章バイアスとは、自分の持っている仮説や信念を支持する情報ばかりを集め、それに反する情報を無視・軽視してしまう心理的な傾向のことです。ペルソナ分析は、時に各章バイアスを強化してしまうのです。

実際の調査に基づかないペルソナは、単なる「作り手の願望」に過ぎません。世の中にあるペルソナの8割は実態を捉えていないと言われるほど、この罠は根深いものです。中身(インサイト)が空っぽの器を作ったとしても、ビジネスにはつながらないのです。

失敗パターン②:N1の声を「鵜呑み」にして暴走

逆に、N1分析に感化されすぎたケースもあります。ある熱心な顧客1名の「こんな機能が欲しい」という声を真に受け、多額の投資をして新機能を開発したものの、他の顧客には全く響かなかった、という事例です。

N1分析は「深さ」においては最強ですが、それが市場全体でどれだけのボリュームがあるかという「広さ(再現性)」は保証しません。ここを見誤ると、ニッチすぎる製品を作ってしまうリスクがあります。

最適解は「統合」:N1で種を見つけ、ペルソナで育てる

では、私たちはどうすれば良いのでしょうか?

その解は、「N1分析で得た深いインサイトを、ペルソナという『器』に入れて組織で活用する」という統合アプローチになります。

ハンマーとドライバーのどちらが優れているかを議論するのが無意味なように、N1分析とペルソナ分析は役割が異なる補完関係にあります。

実践的統合プロセス:5つのステップ

私が推奨する、中堅中小企業でも実践可能な5段階のプロセスをご紹介します。

ステップ1:「聞くべきN1」を戦略的に選ぶ

いきなり誰でも良いから話を聞くのではなく、まずは顧客を「ロイヤリティ(忠誠度)」や「購買頻度」などで分類(セグメンテーション)します。「現在の経営課題は解約率の増加だ」→「そうであるならば、最近解約した顧客(離反顧客)に話を聞こう」といった形で、経営課題に直結する顧客を選定します。

ステップ2:N1インタビューで「ジョブ」を発見する

選んだ顧客にインタビューを行い、その人が商品を「雇った」理由を探ります。

ここで重要な概念が、クリステンセン教授が提唱した「ジョブ理論」です。例えば、顧客は「ドリル」が欲しいのではなく、「穴を開けたい」という用事(ジョブ)を片付けるためにドリルを買います。N1分析では、「ソフトクリームを、甘いものを食べるためではなく、喉の渇きを癒やすために買った」といった、顧客独自の文脈(ジョブ)を突き止めます。

ジョブ理論については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。

ステップ3:共通パターンを抽出し、仮説化する

1人だけでなく、5〜10人のN1インタビューを行うと、「あ、この人も同じことを言っている」といった共通要素が見えてきます。これが正に、個人的なエピソードが「市場のニーズ」へと変わる瞬間です。

ステップ4:定量データで「広さ」を検証する

見えてきた仮説が、市場全体でどれくらいの規模(ボリューム)があるのかを、アンケートやアクセス解析などで検証します。ここで初めて「数字」の裏付けをとります。

ステップ5:検証済みインサイトをペルソナ化する

検証された確かなインサイトを基に、ペルソナを作成します。このペルソナには、N1インタビューで得られた「生々しい言葉(リアリティ)」が宿ります。こうして作られたペルソナは、もはや妄想ではなく、「リアルな顧客の集合体」として機能します。

【経営フェーズ別】今、御社が優先すべきはどっち?

最後に、あなたの会社の現状に合わせ、「明日から何をすべきか?」についての指針をお示しします。

ケースA:新規事業・新商品開発のフェーズ

優先順位:N1分析 > ペルソナ

まだ顧客が確立していない段階では、ペルソナを作っても妄想になりがちです。まずは「強烈に欲しがっている1人」を見つけ、その人の課題を解決することに全力を注いでください。

ケースB:事業が軌道に乗り、組織が拡大しているフェーズ

優先順位:N1分析 + ペルソナ(統合運用)

社員が増えると、顧客像のズレが致命傷になります。定期的なN1分析で「ロイヤル顧客」や「離反顧客」の心理をアップデートし続け、それを反映したペルソナを全社共有することで、マーケティングと営業の連携を強化してください。

ケースC:リソースがない・時間がない場合

最低ライン:簡易N1インタビュー

「忙しくて分析などできない」という場合でも、最低3〜5人の実在顧客に話を聞いてください。それだけで、的外れな意思決定を回避できます。最も避けるべきは、「会議室だけで想像して決める」ことです。

Q&A

Q1. たった一人(N=1)の意見を経営判断にして、本当に大丈夫なのでしょうか?
A. その「一人」の選び方と、分析の深さが鍵です。N1分析の目的は、一人の意見をそのまま全体に適用することではなく、「まだ言語化されていない潜在ニーズ」を発見することにあります。その発見(仮説)が正しいかどうかは、その後の定量調査(ステップ4)で検証すればリスクは回避できます。まずは「平均値」からは決して見つからない「外れ値の中の真実」を見つける勇気を持ってください。

Q2. ペルソナは一度作れば終わりですか?
A. いいえ、作った瞬間から陳腐化が始まります。市場環境や競合状況が変われば、顧客の心理も変化します。紙に書かれた静的なペルソナは、AIやリアルタイムデータが主流の現代において、すぐに古くなります。半年に一度はN1インタビューを実施し、ペルソナを「生きたドキュメント」として更新し続ける運用体制が必要です。

Q3. B2B企業(法人向けビジネス)でもN1分析は有効ですか?
A. むしろB2B企業でこそ有効だと考えます。「法人がモノを買う」と言いますが、決裁するのはつまるところ「感情を持った人間」です。担当者が抱える「社内での立場」「上司への説明責任」「失敗への恐怖」といった文脈をN1分析で理解することは、受注率向上に直結します。B2Bこそ、組織図の向こうにいる「個」への理解が差別化になります。

まとめ

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「N1分析か、ペルソナ分析か」。

この二元論を超え、「N1で深い真実を発見し、ペルソナで組織の力に変える」という統合プロセスこそが、現代マーケティングの最適解です。

AIやデジタルツールが進化しても、ビジネスの基本は「人」対「人」です。データは「過去」を教えてくれますが、顧客の「心」までは教えてくれません。

今日、あなたのビジネスにとって最も重要な「N=1」は誰ですか?

まずはその一人のお客様の、本当の声に耳を傾けることから始めてみませんか。そこには、御社の次の成長を切り拓く、確かなヒントが必ず眠っています。

本コラムを読み、「自社の顧客理解を見直したい」と思われた方は、まずは「最近、自社商品を解約した、あるいは購入に至らなかったお客様1名」へのインタビューを企画してみてください。成功しているお客様の話を聞くのは心地よいものですが、失敗の中にこそ経営のヒントがあるものです。具体的なインタビュー設計にお悩みの際は、いつでもご相談ください。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。