唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅・中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

これまで数多くの中堅・中小企業の現場に立ち会ってきましたが、経営者のみなさまが最も頭を抱える瞬間、それは「素晴らしい技術やサービスを持っているのに、価格交渉の一言が言い出せずに利益を削り続けている」時です。

2026年は、日本の商習慣における重要な転換点です。「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」の施行は、あなたの会社にとっても追い風となりますが、その風をどう受けるかが重要です。いきなり法律を振りかざせば、相手は「面倒な法務案件」として警戒し、かえって心のシャッターを閉ざしてしまうでしょう。
※取適法は、2025年に成立・公布された改正法に基づき、2026年1月1日から施行され、従来の下請法(下請代金支払遅延等防止法)は取適法へ名称変更されました。

本記事は、単なる法律の解説ではありません。本記事は、原材料高や人件費高騰に苦しむ中小企業経営者が、2026年施行の「取適法」の枠組みを活用し、取引先との関係を維持しながら適正な価格転嫁を実現するための実践ガイドです。法律の改正趣旨である「協議・説明プロセスの整備」を踏まえ、あくまで対等なビジネスパートナーとして、円滑に協議を前に進めるための実務マニュアルです。明日から使えるメール文面まで用意しましたので、ぜひご活用ください。

なお、本記事では新法の用語に基づき、発注側を「委託事業者(旧:親事業者)」、受注側を「中小受託事業者(旧:下請事業者)」と表記します。

取適法(旧下請法)の改正ポイントは以下の記事で解説しています。

また、価格転嫁についても以下の記事で解説しています。

なぜ、あなたの値上げ要求は「無視」されるのか?

多くの経営者が、決死の覚悟で「値上げのお願い」を出したのに、なしのつぶてで終わる。この背景には、担当者の「現状維持バイアス」と「業務負荷の回避」という心理が働いています。

調達担当者にとって、価格改定の稟議は膨大なエネルギーを要する業務です。ここでいきなり「法改正対応をお願いします!値上げしてください!」と真正面からぶつかると、相手は「コンプライアンスを盾にした脅し」と受け取り、防衛本能が働きます。

目指すべきは、「脅し」ではなく「プロセスの整備」です。

「昨今のコスト増に対し、説明と協議のプロセスを整備して、お互いのリスク(説明責任)をクリアにしましょう」

このスタンスこそが、相手を動かす鍵となります。

【Step 0】交渉前の「適用判定」チェック

交渉に入る前に、自社と相手の関係が法の対象かを確認します。ここがズレていると前提が崩れます。

Check 1:取引類型

まず、自社の業務が法の対象かを確認します。

対象となる主な取引】

  • 物品の製造・修理委託
  • 情報成果物作成委託(IT開発、デザイン、コンテンツ制作、図面作成等)
  • 役務提供委託(運送、倉庫、情報処理等)
  • 特定運送委託(製造・販売等の目的物の引渡しに必要な運送委託) ※今回の改正ポイント

取適法の対象取引は、取引の内容(類型)と規模要件(資本金基準または従業員基準)の組合せで定まります(公正取引委員会リーフレット)。

【注意:建設業と「自家利用」の落とし穴】

  1. 建設工事:「工事請負(建設業法の領域)」は、原則として取適法の対象外です。ただし、建設業者であっても「設計図面の作成(情報成果物)」や「資材の製造委託」「運送」などは対象になり得ます。
    ※建設工事が取適法の対象外とされる趣旨(建設業法側での契約適正化規律があること等)も含め、公正取引委員会の説明資料で整理されています。
  1. 役務提供(自家利用):「役務提供委託」は外注一般を指すわけではありません。委託事業者が「第三者に提供するサービス」を委託する場合が対象です。委託事業者が自ら利用するための委託(自社オフィスの清掃、社内研修の講師など)は対象外となるケースが多いため、注意が必要です。こちらも、公正取引委員会の説明資料に記載があります。

Check 2:資本金・従業員基準(委託事業者と中小受託事業者の関係)

今回の改正で、従来の「資本金基準」に加え、「従業員数基準」が追加・拡大されています。これにより、資本金が小さい委託事業者(トンネル会社等)相手でも法の対象となる可能性がありますが、業種によって基準人数が異なる点に注意が必要です。

【従業員数基準の早見表】

区分従業員数基準該当する取引累計の例
300人基準委託事業者の従業員が300人・物品の製造委託、修理委託
・特定運送委託
・情報成果物のうち「プログラム作成」
・役務提供のうち「運送」「倉庫保管」「情報処理」
100人基準委託事業者の従業員が100人・上記以外の情報成果物作成委託 (デザイン、コンテンツ、設計図等)
・上記以外の役務提供委託

※従業員基準は、資本金基準が適用されない場合に適用される整理です。なお、いずれも「常時使用する従業員」です(公正取引委員会「取適法テキスト(令和7年11月)」)。

【従業員数の確認方法】

相手企業のWebサイトにある「連結従業員数」をそのまま鵜呑みにしないでください。取適法の判定基準は原則として「常時使用する従業員」です。公開情報で判断がつかない場合は、交渉前に以下の文面で事務的に確認することをお勧めします。

◆従業員数区分の照会テンプレート
「現在、社内規定の整備に伴い、取引先様情報の登録更新を行っております。恐れ入りますが、御社の常時使用する従業員数について、『300人超』『100人超300人以下』『100人以下』のいずれに該当するか、ご教示いただけますでしょうか。」

【Step 1】交渉のマインドセット

ゴール設定を変えましょう。「即時の値上げ承諾」を目指すのではなく、「協議の席に着き、こちらの根拠資料を正式に受け取ってもらうこと」を第一目標にします。

取適法では、取引が完了した場合に、給付内容・代金額等の取引記録を書面または電磁的記録として作成し、2年間保存することが義務とされています。

また、内閣官房・公取委の「労務費転嫁指針」でも、交渉記録の作成・保存が推奨されています。したがって、こちらの根拠資料を正式に共有しておくことで、相手社内で検討・説明が進みやすい状態を作る(=無視して放置しにくい状態を作る)ことが、実務上の最大の狙いです。
労務費転嫁指針では、要請があれば協議のテーブルにつくこと、価格交渉の記録を作成し双方で保管すること等が示されています。また同指針は、取適法の施行に合わせて2026年1月1日付で改正されています。

【Step 2】交渉を有利に進める「4つの論点」

法律用語をそのまま使うと角が立ちます。ビジネス用語に「翻訳」して伝えます。

論点A:協議プロセス(無視・先延ばし対策)

  • 意図: 無視や放置を防ぐ。
  • 言い方:
    「当社からの申し入れに対して『回答なし』や『先延ばし』になってしまうと、御社のコンプライアンス上の懸念(説明責任の未達)が残るかと思います。まずは『いつなら回答できるか』の期日だけでも握らせてください」

論点B:取引条件の柔軟性(価格以外も提案)

  • 意図:「予算がない」で思考停止させない。
  • 言い方:
    「単価改定が難しい場合、発注ロットの統合や納期緩和など、条件変更によるコスト吸収も検討可能です。複数案お持ちします」

論点C:支払条件(資金繰り改善)

  • 意図: 実質的な手取り額の確保。
  • 言い方:
    「取適法の趣旨に沿って、支払期日までに当社が代金『満額相当の現金』を受領できる決済条件に整理したいです。なお、振込手数料等で当社の受取額が目減りしない形(御社負担)で運用できれば助かります」
    • 取適法では、検査の有無を問わず、受領日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定めることが義務とされています。また、支払遅延や減額等があった場合には、年率14.6%の遅延利息の支払義務が定められています(いずれも公正取引委員会リーフレット記載)。
    • 中小受託事業者の合意の有無にかかわらず、振込手数料を中小受託事業者負担として代金から差し引くことは、取適法上「減額」に該当し得るものとして整理されています(公正取引委員会の確認ポイント資料(代金編)
    • 手形や電子記録債権等の支払手段についても、期日までに満額(割引料負担等なく)を得られるかの観点で整理が必要です。

論点D:記録の共有(言った言わないの防止)

  • 意図:双方の認識齟齬を防ぎ、実務的な証跡を残す。
  • 言い方:
    「社内報告や今後の認識合わせのために、本日の協議内容は議事メモとして共有させていただきます」

【Step 3】段階別メールテンプレート

相手の反応に合わせて、件名とトーンを3段階で使い分けます。

ポイントは、フェーズ1では「取適法」「制度改正」といった言葉を使わないこと。まずは通常の業務相談として通し、相手が動かない場合のみ段階的にトーンを上げます。

フェーズ1:初回アプローチ(通常ビジネス便)

狙い: 担当者が社内で稟議を上げやすい「業務相談」として送る。

件名: 【ご相談】取引条件(単価・支払条件)見直しのお願い(労務費上昇分のご説明)

本文:

〇〇株式会社

資材調達部 〇〇様

いつも大変お世話になっております。株式会社△△の(氏名)です。

足元の労務費等のコスト上昇を受け、当社の供給体制および品質維持の観点から、現行の取引条件(単価・支払条件を含む)について、一度ご相談のお時間を頂戴したくご連絡いたしました。

当社側で、以下の内容を含む資料をまとめております。

  1. コスト上昇の内訳と根拠
  2. 条件調整の複数案(単価改定、ロット・納期変更等)
  3. 当社側の生産性向上への取り組み(自助努力)

つきましては、来週以降で30分ほど、オンラインまたは対面でお打合せの機会をいただけますでしょうか。

(候補日:〇/〇、〇/〇、〇/〇)

なお、双方の認識齟齬を防ぐため、当日は議事メモを当方で作成し共有いたします。

何卒よろしくお願い申し上げます。

フェーズ2:返信がない場合のフォロー(期限を切る)

狙い: 「無視」が業務遂行上のリスクであることを伝える。ここではまだ法務的な脅し文句は使いません。

件名: 【再送】取引条件見直しのご相談(ご回答期限のお願い)

本文:

(略)

先日はご連絡失礼いたしました。

社内調整にお時間を要する点は承知しておりますが、当社側でも来期に向けた供給体制計画(要員確保・資材手配等)への反映が必要な状況です。

恐れ入りますが、〇月〇日までに「協議実施の可否」または「一次回答の予定日」だけでもご教示いただけますでしょうか。

計画策定のため、協議の機会すら持てない状態は避けたく存じます。

ご多忙の折恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。

フェーズ3:2回以上スルー・停滞時(カードを切る)

狙い: ここで初めて「取適法」を出し、コンプライアンス部門や上長へのエスカレーションを促します。

件名: 【重要】取引条件の協議のお願い(取適法の趣旨:協議・説明プロセスの整備)

本文:

(略)

再三のご連絡となり恐縮です。

本件、2026年1月施行の「中小受託取引適正化法(取適法)」におきまして、価格協議の申入れがあった場合、協議に応じないことや、必要な説明・情報提供を行わないことなどにより、一方的に代金を決定することは、制度上問題となり得る旨が示されております。

当社としましても、御社と長く安定した取引を継続したいと考えており、コンプライアンス上の懸念を残すことは本意ではありません。

つきましては、改めて協議の場を設定させていただきたく存じます。

万が一、調達部門様単独での判断が難しい場合は、御社の法務・コンプライアンス担当部署様も含めてご相談いただけますでしょうか。

【Step 4】協議後のクロージング

協議が終わったら、その日のうちに必ず「議事メモ」をメールで送ってください。「合意」していなくても構いません。

  • 残すべき記録
    • いつ協議したか
    • こちらが何を要望したか(提案資料を添付)
    • 相手がどう回答したか(「持ち帰って検討する」等)
    • 次のアクションと期限

▶NGな考え方:「値上げOKをもらうまでが勝負」
▶OKな考え方:「協議の申入れに対し、相手が無視・先延ばしせず、説明責任を果たそうとしているか(プロセス)を確認する」

このプロセスを淡々と進めることで、自然と法的な記録が積み上がり、協議を前に進めざるを得ない状況が整います。

Q&A

Q1: 強気に出すぎて、取引停止(報復)をちらつかされたらどうすればいいですか?
A: 感情的にならず、事実確認から進めてください。取適法等における「報復措置の禁止」は、正確には「違反事実を公取委等に申告したこと等を理由とした不利益取扱い」を指しますす(公正取引委員会リーフレット)。まずは「今のお話は、取引停止のご示唆でしょうか? 停止の理由、時期、移行期間について文書でいただけますか?」と冷静に確認してください。また、契約上の解除条項も確認しましょう。
もし「申告・相談をしたこと」を理由に停止を示唆された場合は、その事実を記録し、速やかに専門家や相談窓口(公取委・中小企業庁等)へ連絡してください。

Q2: 満額回答ではなく「半分なら認める」と言われました。受けるべきですか?
A:まずは「部分合意」として実績を作りましょう。0か100かで交渉を決裂させるより、まずは50を受け入れ、残りの50については「半年後に再協議する」という条件を議事録に残すのが賢明です。一度「価格転嫁のプロセス」が社内で通れば、次回のハードルは格段に下がります。

Q3: 原材料費は認められましたが、労務費はダメだと言われました。
A:「労務費転嫁指針」を根拠に、粘り強く説明してください。「労務費転嫁指針(内閣官房・公取委)」において、発注者は要請があれば協議のテーブルにつくことや、交渉記録の作成等が示されています。労務費は「会社の利益」ではなく、供給責任を果たすための「人材確保の原資」です。公的統計などの客観的データを添えて、あくまで供給維持の観点から説明を続けてください。

まとめ:情報は「知恵」に変えてこそ力になる

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

2026年1月1日から下請法は改正され、通称「取適法」として施行されますが、これは単なるルールの変更ではありません。日本の中小企業が長年強いられてきた「我慢の経営」から脱却し、サプライチェーン全体で適正なコスト負担を行うための構造改革です。

法律は「武器」ではなく、対話を促進するための「共通言語」です。 今回ご紹介した手法を用いて、まずは取引先1社に対し、Step 3のフェーズ1にある「業務相談メール」を送ってみてください。その一通が、あなたの会社の利益構造を変える第一歩になると確信しています。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅・中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。