唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅・中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
近年、私たち中堅・中小企業の経営を取り巻く環境は大きく変化しています。原材料費、エネルギーコスト、そして人件費の上昇は留まるところを知りません。
「景気が良くなれば、また価格を元に戻せるだろう」
「取引先との関係を壊したくないから、今は耐えるしかない」
「お客様に申し訳ない…」
このように考え、コスト増を自社の利益を削って吸収し続けている経営者の方は少なくないでしょう。
しかし、結論から申し上げます。その我慢は企業の存続そのものを危うくします。私自身、数多くの中堅・中小企業の経営支援に携わってきましたが、現在の局面は過去のコスト上昇とは質が異なります。この構造的なコストアップの波を乗り越えるには、旧態依然とした「値上げは悪」という発想を捨て去り、戦略的な価格設定に踏み込む必要があります。
本コラムのタイトルは「価格転嫁とは?原価計算から考える“利益を守る”価格設定の基本」となっていますが、これは単なる「値上げの方法」を解説するものではありません。
- 価格転嫁とは、コスト増を販売価格に反映させる行為を指しますが、その本質は、企業が事業を継続し、従業員の生活を守り、未来への投資(設備投資、人材育成など)を行うために必要な「正当な利益」を確保することです。
- そして、その価格設定の土台となるのが、「正しい原価計算」と、そこから導かれる「戦略的な値決め」です。
このコラムでは、小手先のテクニックではなく、あなたの会社が中長期的に利益を守り、成長を続けるための揺るぎない価格戦略の基本を、わかりすく徹底解説します。
なお、2026年施行の「取適法」の枠組みを活用した価格転嫁については、以下の記事で解説しています。






多くの経営者が誤解している「価格転嫁」の真の定義
「コストを丸投げ」ではない。価格転嫁の正しい理解
「価格転嫁」と聞くと、「仕入れ値が上がった分を、そのままお客様に請求すること」と捉える方が多いかもしれません。しかし、これは価格転嫁の表面的な一側面に過ぎません。私は、価格転嫁を次のように定義します。
企業努力で吸収しきれない外部環境の変化(原材料費、エネルギーコスト、人件費など)によるコスト増を、「自社の企業価値の維持・向上」と「取引の継続性」を両立させる形で販売価格に適切に反映し、企業活動に必要な「正当な利益」を確保すること。
重要なポイントは、「自社の企業価値の維持・向上」です。
利益が確保できなければ、従業員の給与は上げられず、技術開発も滞り、結果的に提供する商品やサービスの品質が落ちます。これは、お客様にとっても不利益です。つまり、利益は「企業存続の条件」なのです。価格転嫁は、一時的なコスト逃れではなく、質の高いサービスを提供し続けるための「持続可能性」を確保する行為であることをまずは強く認識して下さい。
価格転嫁率の現状と中堅・中小企業が置かれた厳しい現実
日本政府も価格転嫁の必要性を認識しており、公正取引委員会が四半期ごとに「価格転嫁の状況」について調査・公表しています。
帝国データバンクが公表している「価格転嫁に関する実態調査(2025年7月)」によると、企業がコスト上昇をどの程度販売価格に上乗せできたかを示す価格転嫁率は39.4%であり、調査開始以来最低の水準でした。定量的な説明が難しい人件費などの上昇分に対する転嫁が進んでいないことに加え、川下産業を中心に度重なる値上げに対する抵抗感からさらなる価格転嫁に踏み切れずにいることが考えられます。


このデータが示すように、中堅・中小企業は相対的に交渉力が弱く、長年の取引慣行や「言いにくさ」から、十分に価格転嫁ができていない現実があります。この「転嫁率の格差」が、体力のない企業を一層苦しめているのです。
利益確保の土台となる「正しい原価計算」の基本
戦略的な価格設定を行うためには、「いくらで売れば儲かるのか?」を知る必要があります。その基礎となるのが「正しい原価計算」です。
ひょっとして「うちは製造業じゃないから関係ない」「原価計算は経理の仕事だ」と思っていませんか? もうしあなたがそう思っているのであれば、それは違います。なぜならば、経営者・管理職が原価計算の基本を理解していなければ、正しい値付けなど絶対にできないからです。
経営者が押さえるべき「変動費」と「固定費」
原価計算と聞くと難しく聞こえますが、経営者が戦略を立てる上で最も重要なのは、まずコストを「変動費」と「固定費」の2つに分けることです。
| 費用区分 | 説明 | 具体例 | 経営への影響 |
|---|---|---|---|
| 変動費 | 売上や生産量に比例して変動する費用 | 原材料費、仕入れ商品代、外注加工費、歩合制の賃金、売上連動の手数料など | 販売価格の「下限」を決定づけ、これを下回ると売れば売るほど損になる。 |
| 固定費 | 売上や生産量に関係なく発生する費用 | 人件費(固定給)、家賃、減価償却費、広告宣伝費、リース料、光熱費(基本料金)など | 企業の「体力」や「規模」を表し、これを回収できないと赤字になる。 |
利益を確保する価格設定の起点:「限界利益」の重要性
この「変動費」と「固定費」を理解すると、「限界利益」という極めて重要な概念が見えてきます。
限界利益=売上高-変動費
この限界利益が意味するのは、「商品やサービスを一つ売ることで、固定費の回収にどれだけ貢献できるか」という額です。
- 限界利益がマイナス(売上高<変動費)の商品・サービスは、売れば売るほど赤字を拡大させます
- 限界利益がプラスであっても、全商品の合計が固定費の総額を下回れば、最終的な営業利益はマイナス(赤字)になります
この「限界利益」を最大化できる価格設定こそが、企業の利益を守る基本中の基本です。
戦略的な価格転嫁のための計算式
コストが増加した場合、いくら価格を上げれば利益を維持できるかを判断するために、限界利益、変動費・固定費の考え方を使います。
(例)
・ある商品の変動費が100円から120円に20円増加
・固定費は変わらず
・改定前の販売価格が200円
このまま価格を据え置くと、限界利益は200 – 120 = 80円に減少し、20円分の利益が失われます。
ここで、「価格転嫁率100%」を目指す場合、価格の上昇分は変動費の増加分20円とですので、改定後の販売価格は200 + 20 = 220円となります。
もちろんこれでもよいのですが、しかしこれは利益額が「変わらない」価格設定です。この機会に、「目標利益率を維持する」ための価格設定を検討すべきです。
戦略的価格設定の基本ステップ:
- 原価計算:変動費と固定費を正確に把握する。
- 目標利益の設定:確保したい目標利益率(例:売上高利益率10%)を設定する。
- 付加価値の再評価:自社のサービスが顧客に提供している付加価値を再評価し、「値上げを正当化」できる理由を明確にする。


値上げの失敗を防ぐ!顧客と市場を理解した戦略的価格転嫁の技術


「正しく値付けをしたら、お客様が離れてしまった…」という失敗を避けるためには、計算機上の数字だけでなく、「顧客の心理」と「市場の状況」を考慮に入れる必要があります。






「単価アップ」と「利益率アップ」を両立させる3つの戦略
価格転嫁は、単に「コストが上がったから値上げします」と伝える作業ではありません。それは、「新しい企業価値の提供」を伴うべきです。
| 戦略 | 内容 | 具体的なアクション例 | 経営への示唆 |
|---|---|---|---|
| ① 価値転嫁 | 価格以上の「付加価値」を加え、単なる値上げではなく「新商品・サービスへの移行」と見せる | 機能追加、品質向上(例:素材のグレードアップ)、サポート体制の強化、納期短縮オプションの提供 | 最も難易度が高いが、成功すれば顧客満足度と利益率が向上する |
| ② 数量調整転嫁 | 価格は据え置く代わりに、提供する数量や量を適正化する(実質的な値上げ) | サービス提供時間の見直し、商品の内容量削減(いわゆるステルス値上げ)、パッケージ変更 | 価格交渉が難しいBtoBでは、サービス内容の「標準化」として実施しやすい |
| ③ 条件転嫁 | 価格は据え置くが、取引条件を見直すことで実質的なコスト負担を軽減する | 支払サイト(代金の支払期限)の短縮、小ロット発注時の手数料設定、配送費の別途請求 | 既存の取引条件が自社に不利に偏っている場合に有効。交渉しやすい側面もある |
顧客が納得する「値上げの伝え方」
値上げの成功は、その価格設定が論理的であることだけでなく、「お客様へのコミュニケーション」で決まります。
- 【事前予告と猶予期間】
突然の通知は不信感を生みます。最低でも3ヶ月前には予告し、お客様が代替策を検討できる「猶予期間」を設けてください。 - 【値上げの理由の透明性】
「コストアップのため」だけでは不十分です。「〇〇の原材料費が、この2年で△△%上昇したため」「人件費の高騰により、優秀な人材を確保しサービス品質を維持するため」など、具体的な数字と、その値上げが「お客様のメリット」につながる理由(=品質維持、納期安定、未来のサービス開発)を明確に伝えます。 - 【代替案の提示】
値上げ幅の大きいお客様には、「品質はそのままに価格を抑えた廉価版のオプション」や「購入量を減らす代わりに頻度を上げるプラン」など、複数の選択肢を提供します。「選べる」状態にすることで、取引継続の可能性が高まります。
「価格弾力性」を考慮に入れる
お客様が価格の変化にどれだけ敏感に反応するかを示すのが「価格弾力性」です。
- 価格弾力性が高い(需要が価格に敏感):値上げをすると、顧客がすぐに他社に流れてしまう(例:コモディティ化している商品)。
- 価格弾力性が低い(需要が価格に鈍感):値上げをしても、顧客は簡単には離れない(例:代替品がない独自性の高い商品、企業の根幹に関わるサービス)。
あなたの会社の主力商品・サービスはどちらですか? 価格弾力性が低い商品は自信を持って高めの価格転嫁を、価格弾力性が高い商品は、付加価値を加える「価値転嫁」や、競争優位性を生むための「価格据え置き」(ただし、大幅なコスト削減努力を伴う)といった戦略を検討すべきでしょう。
価格弾力性については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。


値上げを成長のエンジンに変える
価格転嫁は、目先のコストを回収するための「守りの行為」で終わらせてはいけません。これを機に、「攻めの経営」へと転換するチャンスです。
価格改定を機に実現する「顧客の選別」
値上げをすることで、必ず少数の顧客が離れていく可能性があります。これは恐怖ではありません。むしろ、優良顧客の絞り込みのチャンスです。
- 採算の合わない取引先:価格交渉に応じず、利益率が極端に低い取引先は、貴社の貴重なリソース(時間、人材、資金)を浪費しています。
- 理想的な取引先:今回の値上げの意図を理解し、貴社の価値を認めて継続してくださるお客様は、まさに「優良顧客」です。
優良顧客の売上を維持・拡大し、不採算顧客に割いていた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を、より高い付加価値を生み出す活動(新技術開発、優良顧客向けの特別サポート)に振り向けることで、企業全体の収益性を向上させることができます。
売上にはよい売上と悪い売上があります。以下の記事で詳しく解説していますので、もしよろしければお読みください。
利益を未来への「投資」に振り向ける
価格転嫁によって確保した「正当な利益」は、単なる手元資金ではなく、以下の通り未来への投資原資です。
- 人材投資:優秀な人材の獲得・流出防止のための賃上げ、教育研修への投資
- 設備投資:生産性の向上、品質の安定化に繋がる最新設備への投資
- 技術開発:市場の変化に対応し、将来の価格競争力を生むための新技術や新サービスの開発
これらの未来への投資こそが、再びコスト増の波が来たときに「企業努力で吸収できる力」となり、「価格弾力性の低い、替えの効かない商品・サービス」を生み出す原動力となるのです。
Q&A
Q.1:価格転嫁を拒む取引先に対し、どのように交渉を進めるべきですか?
A. 最も効果的なのは、「値上げしなければ、提供できる品質・量が維持できなくなる」という、取引継続の危機を具体的な数字とセットで伝えることです。
交渉の際は、感情論ではなく、以下の3点を準備します。
- 客観的なコストデータ:原材料費の上昇率、最低賃金の増加率など、外部要因のデータ。
- 具体的な改善提案:値上げ幅の代わりに、取引条件の変更(支払いサイトの短縮など)を提案する代替案。
- 付加価値の再確認:長年の取引で提供してきた貴社だけの強みや、他社には真似できない安定供給の実績などを再認識させ、「御社にとって最もリスクが少ないのは、弊社のサービス継続である」と論理的に理解させます。
(補足) 独占禁止法や取適法(旧下請法)では、「優越的地位の濫用」として、不当な価格据え置きを強いる行為は禁止されています。あまりにも理不尽な要求が続く場合は、公的な相談窓口(公正取引委員会など)の存在を示唆することも、交渉のカードになり得ます。
Q.2:「価格転嫁はできたが、売上が減ってしまった」という場合はどうすれば良いですか?
A. それは、「需要の価格弾力性」が高い商品・サービスであった可能性が高いです。すなわち、「値上げ幅が、お客様が感じる価値提供のレベルを超えていた」ということです。この場合、単価を元に戻すのではなく、以下の2つの方向で改善を検討します。
- 付加価値の強化:顧客が「これならこの価格でも仕方ない」と思えるよう、サービス内容を再強化します。例えば、無料だったサポートを充実させる、保証期間を延ばすなどです。
- コスト構造の徹底見直し:価格転嫁に頼るだけでなく、社内のコスト削減を徹底します。特に、間接部門の固定費(家賃、不必要なシステム利用料など)や、非効率なプロセスを洗い出し、原価自体を下げる努力が必須です。売上減少は、「より効率的な経営」への転換を迫るサインと捉えるべきです。
Q.3:BtoC(消費者向け)ビジネスの場合、どのように値上げを伝えれば良いですか?
A. BtoCでは、「共感」と「正当性」が鍵となります。
- ストーリーテリング:単に「原材料高騰」ではなく、「持続可能な生産のために、どうしても値上げが必要であること」を正直に伝えます。例えば、「長年お付き合いのある生産者を守るため」「従業員が生活できる賃金を確保し、サービスの質を維持するため」など、「誰」のために値上げが必要なのかを明確に伝えます。
- SNSやプレスリリース:情報が拡散しやすいツールを使い、丁寧かつ誠実な姿勢で公表します。
- 「価格の見える化」:一部の高級品・サービスでは、「この値上げ分の〇〇円は、環境に配慮した〇〇な素材の調達に使われます」のように、コストの内訳の一部を開示することで、納得感が高まる場合があります。
まとめ:価格転嫁は「成長戦略」の第一歩である
本コラムの冒頭で申し上げた通り、物価高騰が続く現代において、「価格転嫁しない」という選択は、未来の成長を諦めることに等しい行為です。
経営コンサルタントである私が断言します。
あなたの会社が提供する商品・サービスには、必ず「その対価としての正当な価格」があります。
その正当な価格を計算し、自信を持ってお客様に提示し、交渉を成功させるためには、以下の3つの行動が不可欠です。
- 行動の起点:徹底した「原価計算」:まずは変動費・固定費を正しく把握し、赤字を生まない価格設定の「下限」を知ることから始めましょう。
- 戦略の実行:付加価値を加えた「価値転嫁」の追求:単なる値上げで終わらせず、価格改定を機に、提供価値を高め、優良顧客との関係を強化する。
- 未来への投資:確保した利益を「成長の原資」へ:価格転嫁で守り抜いた利益を、人材育成や設備投資といった未来への「攻めの投資」に振り向け、コスト構造に強い企業体質を作り上げる。
あなたの会社の継続的な利益確保と成長を実現するために、ぜひこのコラムの内容を実践し、戦略的な価格設定に挑戦してください。
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