唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「最近、どうも社員に覇気がない…」
「給料を上げても、一向にモチベーションが上がらない…」
「若手はすぐに辞めてしまうし、ベテランは指示待ちばかり…」
経営者や管理職の方々と日々お話ししていると、このような悩みを本当によく耳にします。これらは、多くの経営者が抱える、根深く、そして深刻な問題です。もしかしたら、あなたも同じような悩みを抱え、様々な人事施策や研修を試してきたかもしれません。しかし、それでも状況が好転しないのだとしたら、その原因は、社員の「動機づけ」、つまり「やる気の源泉」に対するアプローチそのものが、現代の環境に合っていないからかもしれません。
私の20年以上のコンサルティング経験から断言できることがあります。それは、持続的に成長する企業は、社員の「やる気スイッチ」を押すのが非常にうまい、ということです。
その「やる気スイッチ」の正体こそが、今回お伝えする「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」です。
この二つの動機づけは、どちらが良い・悪いといった単純なものではありません。両者の違いを正しく理解し、会社の状況や社員の成長段階に合わせて戦略的に使い分けること。これこそが、社員が自律的に動き出し、会社全体が活性化するための鍵となります。
このコラムでは、私のコンサルティング現場で培ってきた知見を基に、以下の点について、どこよりも分かりやすく、そして実践的に解説していきます。
- 「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」の決定的な違いと具体例
- 多くの企業が陥りがちな「アメとムチ」の罠
- 社員の「やりたい!」を内側から引き出す究極のマネジメント手法
- 明日からあなたの会社で実践できる、具体的な使い分け術
「また小難しい経営理論か…」と思われた方もご安心ください。本コラムは、学術的な話に終始するつもりはありません。中堅中小企業の経営の現場で、すぐに活かせるヒントだけを凝縮してお届けします。この記事を読み終える頃には、あなたの会社が抱える「人の問題」を解決するための、明確な道筋が見えているはずです。




そもそも「動機づけ」とは? なぜ今、これほどまでに重要なのか


本題に入る前に、少しだけ言葉の定義をさせてください。
動機づけ(モチベーション)とは、人が目標に向かって行動を起こし、それを維持するための一連の心理的なプロセスのことを指します。平たく言えば、「人がやる気を出し、行動を続けるためのエネルギー源」のことです。
「そんなことは分かっている」と思われるかもしれません。しかしなぜ今、この「動機づけ」が、かつてないほど重要になっているのでしょうか?その背景には、中堅中小企業を取り巻く深刻な環境変化があります。
- 深刻な人手不足: 我が国は、少子高齢化による生産年齢人口の急速な減少に見舞われており、少ない人数でより高い成果を出すことが求められています。一人ひとりの生産性を最大化しなければ、会社は立ち行かなくなっていまい、事業継続そのものが困難になるでしょう。
- 変化の激しい時代: 予測不可能な市場の変化に対応するには、トップダウンの指示だけでは対応できません。現場の社員が自ら考え、判断し、行動する「自律型組織」への転換が不可欠となります。
- 価値観の多様化: かつてのような「滅私奉公」や「終身雇用」を前提とした働き方は、現代の企業ではもはや通用しません。特に若い世代は、金銭的な報酬だけでなく、仕事の「やりがい」や「自己成長」を強く求める傾向にあります。
このような時代において、旧来の「言われたことだけやればいい」「給料のために働け」というマネジメントは、もはや機能不全に陥っています。社員一人ひとりの内なるエネルギーを引き出し、会社の成長ベクトルと重ね合わせること、この「動機づけのマネジメント」こそが、現代の経営者にとって最も重要な仕事の一つなのです。
外発的動機づけとは?~「アメとムチ」の効果と限界~


それでは、まず一つ目の「外発的動機づけ」から見ていきましょう。これは、多くの中堅中小企業の経営者にとって最も馴染み深いアプローチかもしれません。
外発的動機づけの定義と具体例
外発的動機づけとは、一言でいえば「外部からの報酬や罰によって、人の行動をコントロールしようとするアプローチ」です。「これをやれば給料が上がる」「やらなければ評価が下がる」といった、いわゆる「アメとムチ」のマネジメントが典型です。
【中堅中小企業でよく見られる外発的動機づけの具体例】
- アメ(報酬)の例
- 金銭的報酬: 昇給、賞与(ボーナス)、インセンティブ(成果報酬)、手当
- 地位・名誉: 昇進・昇格、役職の付与、社長賞などの表彰制度
- 物品・特権: 社員旅行、豪華な景品、特別な休暇
- ムチ(罰)の例
- 金銭的罰則: 減給、降格
- 心理的罰則: 叱責、厳しいノルマの設定、望まない部署への異動
- 関係性の罰則: 無視、仲間外れ(本来このようなことがあってはなりませんが…)
外発的動機づけのメリット:なぜ私たちは「アメとムチ」に頼るのか?
外発的動機づけは、決して悪者ではありません。適切に使えば、非常に有効なツールとなります。
- 即効性があり、効果が分かりやすい
「この目標を達成すれば、インセンティブ10万円」と言われれば、多くの人は目の前の仕事にすぐ取り掛かるでしょう。行動と結果がシンプルに結びつくため、マネジメントする側もされる側も分かりやすいのが特徴です。
- 単純作業・短期的な目標達成に強い
創造性を必要としない、ルールが決まっている単純作業や定型業務の生産性を上げる際には効果的な手段となります。例えば、「時間内に100個の製品を検品する」といった明確な目標に対して、強力に作用します。
- 組織の規律を保つ
最低限のルールや規律を守らせる上で、「罰」の側面は一定の効果を持ちます。遅刻をすれば評価が下がる、といったルールは組織運営の基盤となります。
私がコンサルティングに入るクライアント企業においても、乱れた規律を正すために、最初の手段として一時的に外発的動機づけ、特に「ムチ」の側面を強化せざるを得ないといったケースがあります。行動の基準を明確に示す上で、強力な手段であることは間違いありません。
外発的動機づけの恐るべき副作用と限界
しかし、この外発的動機づけに過度に依存してしまうと、組織は深刻な病に侵され始めます。私がこれまで見てきた多くの「停滞する組織」は、この罠に陥っていました。
- 効果が長続きしない(慣れが生じる)
最初は魅力的だったボーナスやインセンティブも、繰り返されるうちに「もらって当然」と受け取られるようになります。心理学や行動経済学が示すように、報酬の効用は逓減するため、より強い刺激(=より大きな報酬)を与え続けなければモチベーションを維持できません。結果として、企業体力を消耗させる危険があります。
- 自律性や創造性を奪う
「報酬があるからやる」という構図は、裏を返せば「報酬がなければやらなくてよい」という発想につながりがちです。その結果、評価されたことだけに従事する「指示待ち社員」を増やしやすくなります。とくに創造性を要するタスクでは、外的な管理が自律性を損ない、改善提案や新規アイデアが出にくくなります(ただし、報酬が「能力の承認」や「成長実感」を伴う形で与えられる場合は、むしろ創造性を促すケースもあり、条件次第で効果は変わります)。
- 報酬が「目的化」してしまう
本来は顧客満足や製品の品質向上といった目的のために働くはずが、報酬獲得が仕事の主目的化するリスクがあります。これは短期利益偏重、不正会計、データ改ざんなど、実際に企業不祥事を招いてきた要因とも重なります。報酬設計を誤ると、組織文化そのものが歪むのです。
- 【最重要】内なるやる気を破壊する「アンダーマイニング効果」
これが外発的動機づけの最も恐ろしい副作用です。アンダーマイニング効果とは、もともと仕事に楽しさややりがいを感じていた(=内発的に動機づけられていた)人に対して、金銭などの外的な報酬を与えると、その内なるやる気が失われてしまう現象のことです。これは、心理学者エドワード・デシらが行った有名な実験で証明されています。- 実験の概要: パズルが好きな学生を2つのグループに分け、一方のグループにはパズルを解くごとにお金を与え、もう一方のグループには何も与えませんでした。その後、自由時間にパズルで遊ぶ様子を観察したところ、お金をもらっていたグループは、報酬がなくなるとパズルで遊ぶ時間が明らかに減ってしまったのです。これは、あなたの会社でも起こり得ます。例えば、顧客のために良かれと思ってサービス残業をしていた社員に、「残業代をしっかり払うから」と伝えた途端、その社員が定時で帰るようになったり、以前ほどの情熱を見せなくなったりするケースです。これは、「顧客のため」という内なる動機が、「お金のため」という外的な動機に置き換えられてしまった結果なのです。
「アメとムチ」は、短期的には劇薬となり得ますが、長期的に常用すれば組織の免疫力を低下させ、じわじわと蝕んでいく。これが、私がコンサルティングの過程で見てきた現実です。


内発的動機づけとは?~「やりたい!」を引き出す究極のマネジメント~


では、外発的動機づけの限界を超えるカギはどこにあるのでしょうか?それが、もう一つの「内発的動機づけ」です。
内発的動機づけの定義と具体例
内発的動機づけとは、自分自身の内面から湧き出る「興味・関心」や「探求心」、「やりがい」や「達成感」によって、行動が促される状態を指します。誰かに言われたからやるのではなく、「自分がやりたいからやる」という、極めて自律的でパワフルなエネルギーです。
【中小企業における内発的動機づけの源泉となる要素】
- 仕事そのものの面白さ
- 新しいスキルを習得できる
- 困難な課題を自分の工夫で解決できる
- 自分のアイデアが形になる
- 成長実感
- 昨日できなかったことができるようになった
- 専門知識が深まった
- 周囲から頼られる存在になった
- 達成感
- 大きなプロジェクトをやり遂げた
- 高い目標をクリアした
- ライバルに打ち勝った
- 貢献実感
- 自分の仕事がお客様から「ありがとう」と言われた
- 会社の成長に貢献できた
- 社会の役に立っていると感じられる
- 良好な人間関係
- 尊敬できる上司や仲間と一緒に働ける
- チームで一体感を持って目標に向かえる
- 自分の意見が尊重される(心理的安全性)
給料や役職といった「ご褒美」がなくても、寝食を忘れて趣味に没頭するように、夢中で仕事に取り組む社員。彼らを動かしているのが、この内発的動機づけです。






内発的動機づけの絶大なメリット
内発的動機づけが高い組織は例外なく強く、そしてしなやかです。
- パフォーマンスと創造性が向上する
「やらされ仕事」ではなく「やりたい仕事」をしている時、人は最も高い集中力を発揮し、質の高いアウトプットを生み出します。困難な壁にぶつかっても、簡単にあきらめず、どうすれば解決できるかを自ら考え、創意工夫を凝らします。
- 持続性が高く、自律的に成長する
エネルギー源が自分自身の内側にあるため、外部からの刺激がなくても行動が持続します。上司が細かく指示しなくても、自ら課題を見つけ、学び、成長していきます。
- 従業員エンゲージメントが高まり、離職率が低下する
従業員エンゲージメントとは、社員が会社に対して抱く「貢献意欲」や「愛着心」を指します。とりわけ内発的動機づけが高い社員は、仕事や組織そのものに強い結びつきを感じやすいとされています。
複数の調査結果によれば、エンゲージメントスコアが高い企業では、労働生産性や営業利益率の高さに加え、離職率が低い傾向が確認されています。こうした調査は「相関関係」を示しており、必ずしも因果を直接的に証明するものではない点に留意は必要ですが、少なくとも高いエンゲージメントが従業員定着に資する有力な要素であることは、多数の研究から裏付けられています。
やりがいを感じ、成長を実感できる職場であれば、社員は「もっとこの会社で力を発揮したい」と考えます。こうした好循環は、人手不足に直面する中小企業にとって、極めて大きな競争優位の源泉となり得るのです。
内発的動機づけを高める「3つの欲求」
では、どうすれば社員の内発的動機づけを高めることができるのでしょうか?ここで重要なのが、心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」です。少し専門的に聞こえるかもしれませんが、中身は非常にシンプルで実践的です。
この理論では、人は生まれながらにして、以下の「3つの基本的な心理的欲求」を持っており、これらが満たされることで内発的動機づけが高まる、とされています。
- 「自律性」への欲求
- 「自分で決めたい」「自分の行動をコントロールしたい」という欲求です。
- やらされ感ではなく、自分の意思で仕事に取り組んでいるという感覚が重要です。
- 「有能感」への欲求
- 「自分はできる」「有能でありたい」「成長したい」という欲求です。
- 自分の仕事を通じて、能力が向上している、成果を出せているという実感が必要です。
- 「関係性」への欲求
- 「他者と尊重し合える良い関係を築きたい」「集団に所属し、貢献したい」という欲求です。
- 孤独ではなく、信頼できる仲間や上司と共に目標に向かっているという感覚が、人を支えます。
経営者や管理職の役割は、この「自律性」「有能感」「関係性」が自然に満たされるような仕事環境をデザインすることに他なりません。結果として、社員が「ここで力を発揮し続けたい」と感じる組織文化が育まれていきます。


【実践編】外発的動機づけと内発的動機づけの最適な使い分け方
ここまで、二つの動機づけの違いを見てきました。ここで多くの経営者が「なるほど、これからは内発的動機づけだ!」と短絡的に考えてしまうのですが、それもまた間違いです。私がコンサルティング経験の中で導き出した結論は、「持続的に成長する組織は、外発的動機づけと内発的動機づけを、戦略的に組み合わせ、使い分けている」ということです。
重要なのは、オール・オア・ナッシングではなく、バランスと移行です。ここでは、そのための具体的なフレームワークをご紹介します。
ステップ1:業務の「性質」で見極める
まず、社員に任せる業務がどのような性質のものかを見極めます。
- 単純作業・定型業務(例:データ入力、ルーティン作業、製造ライン)
- 基本戦略: 外発的動機づけが比較的有効。
- 具体策:
- 明確な数値目標と、達成度に応じたインセンティブを結びつける。
- ただし、「なぜこの作業が必要か」という目的(貢献実感)を伝えることで、内発的動機づけの要素も加えることが重要。「このデータ入力が、新商品開発の重要な基礎になるんだ」と伝えるだけで、仕事の意味合いは大きく変わります。
- 複雑な業務・創造的な業務(例:企画開発、課題解決、コンサルティング営業)
- 基本戦略: 内発的動機づけが絶対に不可欠。
- 具体策:
- 金銭的なインセンティブは、むしろ創造性を阻害するリスクがあるため慎重に。チーム全体の成果に対する賞与など、個人間の過度な競争を煽らない工夫が必要です。
- 「自律性」(ある程度の裁量権を与える)、「有能感」(挑戦的な目標設定と適切なフィードバック)、「関係性」(チームでの協業を促す)を満たす環境づくりに注力します。
ステップ2:社員の「成長段階」で使い分ける
次に、社員一人ひとりの習熟度や成長段階に合わせてアプローチを変えます。
- 新人・未経験者(入社~3年目程度)
- 基本戦略: 「外発的動機づけ」からスタートし、徐々に「内発的動機づけ」へ移行させる。
- 具体策:
- 守: まずは明確な指示やマニュアル(外発的)で、仕事の基本(型)を徹底的に教え込みます。
- 破: 小さな成功体験を積ませ、「できた!」という「有能感」を育みます。「〇〇さん、この資料すごく分かりやすいね。ありがとう!」といった具体的な承認が効果的です。
- 離: 徐々に「君ならどう思う?」と問いかけ、裁量を与えることで「自律性」を刺激します。
- 中堅・ベテラン社員
- 基本戦略: 「内発的動機づけ」を最大化することに注力する。
- 具体策:
- 彼らのモチベーションを下げている要因(過度な管理、マンネリ化した業務など)を取り除く。
- 新たな挑戦の機会(後輩育成、新規プロジェクトリーダー、専門職としてのキャリアパスなど)を提供し、「自律性」「有能感」をさらに高めます。
- 会社の意思決定に関わらせるなど、経営への「貢献実感」を感じさせることも有効です。
ステップ3:「外発」から「内発」へシフトさせる仕組みを設計する
最も重要なのが、このステップです。組織全体として、社員の動機づけが自然と内発的な方向へシフトしていくような「仕組み」を意図的に作ることが、経営者の腕の見せ所です。
- 評価・報酬制度の再設計
- 短期的な個人業績だけでなく、チームへの貢献度、新たな挑戦、後輩育成といった「内発的動機づけにつながる行動」も評価項目に加える。
- 「なぜこの評価になったのか」「あなたのこの行動が会社にどう貢献したか」を丁寧にフィードバックする場を設け、「有能感」と「貢献実感」を高める。
- 1on1ミーティングの導入・徹底
- 管理職と部下が定期的に1対1で対話する機会を設けます。これは進捗管理の場ではありません。
- 部下のキャリアプラン、興味関心、悩みに耳を傾け、「自律性」「有能感」「関係性」の3つの欲求が満たされているかを確認し、支援するための場です。
- ビジョンの共有と浸透
- 経営者が、自社の存在意義(ミッション)や目指す未来(ビジョン)を、自分の言葉で、情熱を持って語り続ける。
- 社員一人ひとりの日々の仕事が、その壮大なビジョンの実現にどうつながっているのかを具体的に示すことで、強力な「貢献実感」を生み出します。
この「外発」と「内発」の組み合わせと移行こそが、コンサルタントとして私が最も重視し、成果を上げてきた組織変革の要諦です。
1on1については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。


内発的動機づけを高める具体的なアクションプラン
理論は分かった。では、具体的に明日から何をすればいいのか? ここでは、経営者・管理職それぞれの立場で実践できる、即効性のあるアクションプランを提案します。
経営者・役員が今すぐやるべきこと
- 次の全体朝礼で「会社の存在意義」を自分の言葉で語る
資料を読み上げるだけではダメです。創業時の想い、お客様から言われて嬉しかった言葉、この仕事を通じて社会にどう貢献したいか。あなたの「情熱」を伝えてください。これが全ての土台です。
- 「ナイス・チャレンジ!」を口癖にする
社員が新しい挑戦をして失敗した時こそ、経営者の真価が問われます。「なぜ失敗したんだ!」と責めるのではなく、「よく挑戦したな!ナイス・チャレンジだ。次は何が見えた?」と声をかけてください。失敗を許容する文化が「心理的安全性」を生み、「自律性」を育みます。
- 一つ、現場に権限を委譲してみる
今まで社長決裁だった事項を、一つでいいので部長や課長に任せてみてください。「〇〇の件は、君に任せる。責任は私が取る」と伝えるのです。任された側は、強烈な「自律性」と「有能感」を感じるはずです。
管理職が今すぐやるべきこと
- 部下への「ありがとう」に「具体性」をプラスする
「いつもありがとう」を、「〇〇さん、先日の資料、お客様の関心事が的確に盛り込まれていたから、すごくスムーズに話が進んだよ。ありがとう!」に変えてみてください。具体的に褒めることで、相手の「有能感」と「貢献実感」を的確に刺激できます。
- 仕事を頼むときに「Why(なぜ)」から話す
「この作業、お願い」ではなく、「今、チームは〇〇という課題を解決しようとしていて、そのためには△△の情報が必要なんだ。だから、この作業をお願いできないかな?」と、仕事の背景や目的を丁寧に説明します。これにより、部下は「やらされ仕事」ではなく、目的を持った一員としての「関係性」を感じることができます。
- 部下の「得意なこと」「興味があること」を雑談の中で聞いてみる
1on1が難しくても、ランチや休憩中の雑談で構いません。「最近、何かハマってることある?」「入社前にやってたアルバイトで面白かったことって何?」といった会話から、その人の内発的動機づけのヒントが見つかることは非常に多いです。その強みを活かせる仕事を少しだけ任せてみるのが、「自律性」を引き出す第一歩です。 これらのアクションは、お金もかからず、明日からでも始められることばかりです。しかし、その効果は絶大です。ぜひ、一つでも試してみてください。
Q&A
Q1. 成果主義は外発的動機づけの典型だと思いますが、もう古いのでしょうか?
A. 決して「古い」わけではありませんが、「使い方に細心の注意が必要な劇薬」と考えるべきです。成果主義そのものが悪いのではなく、その設計と運用が問題なのです。多くの失敗する成果主義は、個人の短期的な数値目標のみを評価対象にしています。これでは、先述したように社員は評価されることしかやらなくなり、チームワークは崩壊し、長期的な視点が失われます。
成功する成果主義は、個人の成果(What)だけでなく、その成果を出すまでのプロセスや行動(How)も評価に組み込んでいます。例えば、「会社の理念に沿った行動ができたか」「新しい挑戦をしたか」「チームに貢献したか」といった内発的動機づけを促す項目を入れるのです。また、評価後のフィードバック面談で、本人の成長や今後のキャリアについてじっくり話し合うことがセットになっていなければ、成果主義はただの「社員をランク付けする道具」に成り下がってしまいます。
Q2. 全員の内発的動機づけを高めるのは理想論で、現実的には難しいのではないでしょうか?
A. その通り、全員が常に100%内発的に動機づけられている状態というのは、現実的ではありません。人間ですから、体調やプライベートの状況によってモチベーションに波があるのは当然です。
しかし、経営者や管理職の役割は、「社員が内発的動機づけを見出しやすい『環境』や『仕組み』を、諦めずに作り続けること」です。全員を一度に変えようとする必要はありません。まずは、影響力の大きい中堅社員や、意欲のある若手からアプローチしていくのが効果的です。一人の社員が内発的動機づけによって活き活きと働き始めると、そのポジティブなエネルギーは必ず周囲に伝播します。「あの人、最近楽しそうだな」「自分も何かやってみようかな」という空気を醸成することが重要なのです。コンサルティングの現場では、このような「小さな成功事例」を意図的に作り、社内に広めていくことで、組織全体の動機づけレベルを底上げしていきます。
Q3. とはいえ、給料が低いと内発的動機づけだけでは限界があるのではありませんか?
A. まさにその通りで、非常に重要なご指摘です。これは衛生要因と動機づけ要因の関係で説明できます。
アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した理論で、仕事における満足と不満足を引き起こす要因は別のものである、とされています。
- 衛生要因(不満足要因): 給与、労働条件、会社の制度、人間関係など。これらが満たされなくても不満は生じるが、満たされたからといって満足度(やる気)が積極的に高まるわけではない要素。
- 動機づけ要因(満足要因): 達成感、承認、仕事そのもの、責任、成長など。これらが満たされると満足度(やる気)が高まる要素。これは、まさに「内発的動機づけ」の源泉と重なります。
つまり、給与や労働条件といった「衛生要因」は、社員の不満を防ぐための最低ラインなのです。この土台が崩れていては、いくら「やりがい」や「成長」といった「動機づけ要因」を説いても、社員には全く響きません。「生活もままならないのに、やりがいなんて言ってられるか!」というのが本音でしょう。 したがって、まずは業界水準や地域水準を鑑みた、公正で納得感のある給与水準を確保することが大前提です。その上で、本コラムで解説してきたような内発的動機づけを高める施策を打つ。この順番を間違えてはいけません。
まとめ
本記事では、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」という二つのアプローチについて、その違いから具体的な使い分けまで、私のコンサルティング経験を基にお話しさせていただきました。
最後に、本日の要点を振り返ります。
- 外発的動機づけ(アメとムチ)は、即効性がある一方、持続性がなく、自律性や創造性を奪う副作用がある。
- 内発的動機づけ(やりがい・成長)は、時間はかかるが、持続性が高く、社員のパフォーマンスとエンゲージメントを最大化する。
- カギは、人の内なる「自律性」「有能感」「関係性」の3つの欲求を満たす環境づくりにある。
- 優れた経営者は、業務の性質や社員の成長段階に応じて、この二つを戦略的に使い分け、組み合わせている。
- まずは公正な給与(衛生要因)を確保した上で、経営者がビジョンを語り、管理職が日々の承認や対話を行うことが、内発的動機づけの第一歩となる。
これからの時代、企業が生き残るために最も重要な経営資源は、間違いなく「人」です。そして、人のポテンシャルを最大限に引き出すのが「動機づけ」の力です。
かつてのように、社員を「管理」し、「コントロール」する時代は終わりました。これからは、社員一人ひとりの内なる声に耳を傾け、彼らが自ら輝ける舞台を整える「動機づけのプロデューサー」としての役割が、経営者や管理職には求められています。
それは、決して簡単な道ではありません。しかし、社員が自分の仕事に誇りを持ち、目を輝かせながら成長していく姿を目の当たりにすること、そして、そのエネルギーが結集して会社が大きく飛躍していく瞬間に立ち会うことは、経営者として何物にも代えがたい喜びであるはずです。
あなたの会社には、まだ発揮されていない、無限の可能性が眠っています。このコラムが、その可能性を解き放つ一助となれば、コンサルタントとしてこれ以上の幸せはありません。 もし、自社だけでの取り組みに限界を感じたり、より具体的な組織変革の進め方について相談したいとお考えでしたら、いつでもお気軽にご相談ください。あなたの会社の「人」が輝く未来を、共に創造していきましょう。
私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。


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