唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅・中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
「現場が忙しくて、経営のことを考える時間がない」
「自分が動かないと売上が上がらない」
「社員がなかなか育たず、結局自分でやってしまう」
私はこれまで多くの中堅中小企業の経営をご支援してきましたが、その中で多くの社長が共通して抱えている悩み、それは「社長業と現場仕事の兼務による疲弊」です。
創業期において、社長がトップセールスマンであり、トップエンジニアであることは必要不可欠でした。しかし今、私たち中堅中小企業を取り巻く環境は、社長が「現場で頑張る(プレイングマネージャー)」だけでは乗り切れない、極めて厳しい局面に入っています。
本コラムでは、経営コンサルタントとしての経験と最新の客観的なデータを踏まえ、きれいごとではない実戦的な「社長の役割」について解説します。




なぜ今、「社長の役割」を再定義すべきなのか?


本題に入る前に、直視すべき日本の現状を共有させてください。「忙しい」を理由に思考停止することが、いかにリスクであるかが浮き彫りになります。
「人」がいなければ会社は潰れる時代
中小企業庁の「2024年版 中小企業白書」において、「人材の確保」「人材の育成」は優先度の高い課題として上位に挙げられており、最重要課題となっています。


さらに深刻なのは、帝国データバンク(TDB)による「人手不足倒産の動向調査(2024年)」によると、人手不足を原因とする倒産は、2024年の累計で342件に達し、前年(260件)から約1.3倍に急増しています。


もはや「採用すればなんとかなる」時代ではありません。生産年齢人口が減少する中で、女性や高齢者の就業率も頭打ちになりつつあります。人が採用できない前提で、今いる人材をどう活かすか、その仕組みを作らなければ会社は存続できない経営環境となっています。
人手不足倒産については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。
「値上げ」ができなければ利益は出ない時代
原材料費や人件費が高騰する中、価格転嫁(値上げ)は避けて通れません。しかし、経済産業省「価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査」によれば、中小企業のコスト全体の価格転嫁率は49.7%にとどまっています。これは、コスト上昇分の内約半分を企業が自腹で被っている状態ということになります。


現場の担当者レベルで「値上げ交渉」は荷が重すぎます。社長が「方針」と「基準」を示さなければ、会社の利益は削られ続ける一方となります。
価格転嫁については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。
社長の価値は「量」から「質」へ
この状況下において、もはや社長の価値は「自分が汗をかいて動く量」ではありません。「会社が勝てる仕組みを作る力」にシフトしています。
では、社長は具体的に何をすればいいのでしょうか?私は実務上、社長にしかできない仕事を以下の3つに整理しています。
- 方向を決める(どこへ向かうか/何をやめるか)
- 人を活かす(誰とやるか/任せられる形にする)
- 最終責任を引き受ける(決める/守る/次へ渡す)
これらを一つずつ、明日から使えるレベルに落とし込んで解説します。


社長の役割①:方向を決める(戦う場所と勝ち筋を定める)
社長の役割の1つ目、そして最も重要なのが、会社の「進むべき未来」を決める「方向付け」です。
「社長の判断」が会社の限界を決める
中堅中小企業は、大企業に比べて「ヒト・モノ・カネ・情報」という経営資源(リソース)が圧倒的に限られています。ゆえに、あれもこれもと手を出す「総花的な経営」は負け筋となります。
社長の第一の仕事は、次の問いに孤独に向き合い、答えを出し続けることです。
- どの顧客の、どの困りごとを、誰より深く解決するのか?
- 「何をやらないのか?」(撤退・縮小・停止)
- 限られた資源をどこに一点集中させるのか?
ここで重要なのは、「戦略」とは高尚な言葉遊びではなく、「資源配分の決定」だということです。
「どこにエース社員を投入するか?」「何にお金(投資)を使うか?」「社長自身がどこに時間を使うか?」。この資源配分に関する決定権を握っているのは、他の誰でもない船長である社長だけなのです。
方向決定を“現場で使える形”に落とす:社長の3点セット
「ビジョンを語ったが、社員が動かない…」
これも実はよくあるご相談なのですが、その原因の多くは「方向性が“現場で伝わる形”に翻訳されていない」ことにあります。抽象的なスローガンだけでは、日々の業務に忙殺される社員は動けません。
私はコンサルティングの現場で、最低限、次の「3点セット」を作成し、社内に浸透させることを推奨しています。
①3年後の姿(数字より先に「状態」を描く)
売上目標も大切ですが、それ以上に「どのような状態になっているか」を具体的に示してください。
- 例:「価格交渉でこちらが主導権を握れるブランドになっている」
- 例:「採用費をかけずとも、社員紹介だけで人が集まるようになっている」
- 例:「クレーム対応が属人化せず、マニュアルで完結している」
前述の通り、経済産業省が指摘しているように価格転嫁はまだ道半ばです。3年後に「値決め」ができる会社になっているかどうかは、今の社長の意思をどれだけ社員に具体的に示すことができるかにかかっています。
②今年やること(最大3つに絞る)
あれもこれもと欲張って、重点課題を5つも10個も挙げていませんか? 人間の認知能力には限界があり、課題が5つを超えると実行率は劇的に下がります。
「人材」「DX」「価格転嫁」「新商品」…確かに課題は山積でしょうが、「今年はまず、採用導線の整備に一点集中する」など、勇気を持って順番(優先順位)を付けるのが社長の仕事です。
③やめることリスト(最も即効性がある)
社長の決断の中で、最も利益改善に直結するのが「やめること」の決定です。
- 長年の付き合いだが赤字垂れ流しの取引
- 手間ばかりかかって利益の薄い特注対応
- 形骸化した定例会議や独自ルール
これらを社長が「やめる」と宣言することで、社員に時間が生まれ、その時間を「未来のための仕事」に充てることができます。








社長の役割②:人を活かす(採る・育てる・任せる会社にする)
2つ目の役割は、決めた方向へ進むための「組織づくり」です。
人手不足時代、「社長=最高の人事責任者」になる
前述の帝国データバンクのデータが示す「人手不足倒産の増加」は、経営にとって最大のリスクです。もはや中堅中小企業にとって、人事は総務・管理部長任せにする仕事ではなく、社長直轄の最重要プロジェクトです。
しかし、これは「社長が面接官をやりなさい」という意味ではありません。労働供給(働く人の数)に制約がある以上、「凡人でも成果が出せる仕組み」「今いる人材が定着し、成長する環境」を設計することこそが、社長の重要な役割となります。
「任せること」は技術である
「うちの社員はまだ能力不足で、重要な仕事を任せられない…」
そう嘆く社長様は多いですが、コンサルタントの視点で見ると、任せられない原因は社員の能力以前に、「任せ方が設計されていない(=丸投げになっている)」ケースがとても多いです。
仕事を任せ、人を育てるために社長が作るべきは、精神論ではなく以下の3つのツールです。
①判断基準(迷ったらここを見る)
社員がなぜ、いちいち社長にお伺いを立てるのか。それは「基準」がないからです。
- 「値引きは○%までは現場判断、それ以上は上長承認」
- 「納期短縮の要求には、必ず追加費用を請求する」
- 「クレームの一次対応は24時間以内に必ず行う」
これらを明文化することで、社員は迷わずに動けるようになり、社長の承認作業(ボトルネック)が解消されます。
②役割定義(誰が何に責任を持つか?)
社長の頭の中にある「あいつにはこれをやってほしい」という期待値を、組織図や職務分掌として可視化してください。責任の境界線(どこまでが誰の仕事か)が曖昧な状態で、「主体性を持て」と言っても無理があります。
③育成の型(OJTという名の放置をやめる)
「中小企業白書 2024年版」では、人材育成への取り組みを増やした企業では、売上高、労働生産性ともに増加傾向にあることから、人材育成の取り組みは企業の成長に相関することが示されています。


ポイントは、「教育を先輩社員任せ(属人的なOJT)にしないこと」です。忙しい先輩社員にとって、教育は負担でしかありません。動画マニュアルの導入や、教育カリキュラムの策定など、社長主導で「教える側の負担を減らす仕組み(育成の型)」への投資を行ってください。
社長の仕事の任せ方については以下の記事でも解説していますので、もしよろしければお読みください。
社長が“直接”やるべき採用業務とは?
社長が一次面接から日程調整まで関与するのは時間の無駄です。社長が直接関与すべきは、以下の2点に絞られます。
- 幹部候補・キーマンの口説き(営業責任者、工場長など)
- 会社の「魅力」の言語化
応募者は「給与」や「勤務地」だけでなく、「ここで働くとどうなることができるのか?(成長)」「どのような意義があるのか?(ビジョン)」を見ています。これらを熱量を持って語り、言語化できるのは創業者・社長だけなのです。
優秀な人材を採用するためのポイントを以下の記事で解説していますので、もしよろしければお読みください。


社長の役割③:最終責任を引き受ける(決める・守る・次へ渡す)
3つ目の役割は、「最終決断」と「責任」です。これが最も孤独で、重い仕事です。
正解のない問いに答えを出す
現場の業務には「正解」があることもありますが、社長のデスクに上がってくる案件は、「A案もB案もリスクがあり、どちらが正解かわからない」ものばかりです。
- 長年の取引先から無理な値下げを要求された。飲むか、断って売上減を覚悟するか?
- 新規事業に投資するか、内部留保を守るか?
- 功労者だが今の会社に合わない幹部を、降格させるか?
ビジネスは答えのないゲームです。
論理だけでは決められないこれらに対し、「最後はオレが責任を持つから、こっちで行こう」と腹を括る。これこそが社長の価値であり、AIにも社員にも代替できない仕事です。
会社を守る(リスクの芽を摘む)
「攻め」だけでなく「守り」も社長の専権事項です。資金繰り、コンプライアンス、情報セキュリティ、ハラスメント対策。これらは普段気にすることは少ないケースも多いですが、一度問題が起きれば会社が吹き飛ぶ時代につながることがあります。
社長が「現場が忙しいから」といってこれらのリスク管理から目を背けていると、組織は一気に脆くなります。
「次へ渡す」を今の経営課題にする
事業承継は「引退する時の話」だと思っていませんか?
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」でも早期取組が推奨されていますが、実務上、承継準備は「現在の経営体質強化」そのものです。
「社長しか分からない」「社長しか決められない」仕事を減らしていくプロセスこそが、承継準備であり、同時に今の組織を強くすることに直結します。 後継者がいる・いないに関わらず、「自分が明日いなくなっても回る会社」を目指すことが、結果として企業価値を高めます。


現場を離れるための実践ステップ
ここまで「社長の役割」をお伝えしてきましたが、「頭ではわかるが、明日から急に変われと言われても難しい」という方もきっと多いと思います。そこで、スムーズな移行ステップをご紹介します。
ステップ1:業務の「棚卸」と「仕分け」
まずは、自分がやっている仕事をすべて書き出して棚卸してください。その上で、以下の4つに分類します。
- 社長しかできず、重要度が高い仕事(未来の構想、資金繰り、幹部採用など)→ これに集中する
- 社長でなくてもできるが、重要度が高い仕事(既存顧客の対応、定例会議の進行など)→ 幹部に権限委譲する
- 社長しかできないが、重要度は低い仕事(一部の承認作業など)→ 仕組み(ルール)を変えてなくす
- 社長でなくてもでき、重要度も低い仕事(細かな雑務、事務処理など)→ 捨てるか、外注する


ステップ2:「60点の出来」を許容する
仕事を任せる際、最大の壁は「自分よりうまくはできないと感じること」です。しかし、最初は60点で合格としてください。手を出さずに見守り、失敗させ、そこから学ばせる。これを我慢する「忍耐」こそが、人を育てる社長の給料の一部です。
ステップ3:タイム・ブロッキング
手帳に、あらかじめ「経営を考える時間」をブロックし、その時間を確実に確保してください。週に半日でも構いません。カフェやホテルに籠もり、PCを開かずにノートとペンだけで未来を考える。この時間が会社の3年後を作ります。
Q&A
Q1. 「社長の仕事」が多すぎて、何から手を付ければいいですか?
A. まず「やめることリスト」を作り、時間を確保してください。新しいことを始める時間は自然と作られるものではありません。一番効くのは、利益の薄い取引や、形骸化した会議など、「やめても実は困らないこと」をやめることです。次に、Q2で述べる「判断基準」を作り、社長への確認事項を減らします。ここまでやって初めて、未来を考える時間が生まれます。
Q2. 値上げ(価格転嫁)が進まず、利益が残りません。社長は何をすべき?
A. 「値上げの基準」と「交渉の段取り」を会社のルールにしてください。経済産業省のデータ通り、価格転嫁率はまだ約5割です。多くの会社が進まないのは、交渉を現場担当者の「度胸」や「スキル」に依存しているからです。「原価が○%上がったら値上げ申請する」「説明資料のテンプレートはこれを使う」「例外対応(値上げ拒否された場合)はどうするか」といったルールを社長が決めてください。社長が出るべきなのは、最重要顧客とのトップ交渉だけです。
Q3. 幹部が育ちません。社長の関わり方が悪いのでしょうか?
A. 「任せる=丸投げ」になっていないか点検してください。人は「権限」と「責任」を与えられた時に初めて育ちます。「育ったら任せる」ではなく「任せるから育つ」のです。ただし、丸投げはいけません。「何を、いつまでに、どの基準で」やるかという「仕事の型」を渡し、最初は小さな権限(例:30万円までの決裁権)から渡して、失敗を許容しながら段階的に広げていく設計が必要です。
Q4. 社長が現場を離れると、現場の実情がわからなくなりそうで怖いです。
A. 「現場作業」ではなく「現場観察」に入ってください。現場に入ること自体は悪ではありません。問題は「労働力」として入ることです。社長が現場に行くなら、「仕組み通りに動いているか」「顧客の反応はどうか」「社員の表情はどうか」を観察(モニタリング)するために入ってください。また、KPI(重要業績評価指標で、簡単に言えば中間目標のこと)を設定し、数字で現場の異常値を察知できるダッシュボードを作ることも有効です。
まとめ:社長が変われば、会社は必ず変わる
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、データや実務的な観点から「社長の役割」について解説しました。
- 方向を決める(戦略とやめることの決定)
- 人を活かす(判断基準・仕組みづくり)
- 責任を取る(決断・守り・承継)
これらはすべて、すぐに結果が出るものではありません。今日種をまいて、花が開くのは3年後かもしれません。だからこそ、多くの社長は手っ取り早く「やった感」が出る現場仕事に逃げてしまいがちです。
しかし、社長が現場作業という「足し算」の仕事から、組織を動かす「掛け算」の仕事にシフトした会社は、必ず飛躍的な成長を遂げます。
人手不足やコスト高など、環境は待ってくれません。「忙しい」を言い訳にせず、まずは1時間、未来のために時間を使ってみませんか? もし、「自社のビジョンをどう言語化すればいいかわからない」「幹部への権限委譲がうまくいかない」とお悩みであれば、ぜひ一度ご相談ください。壁打ち相手として、御社の現状整理からお手伝いさせていただきます。
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