唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。
「会社は人なり」という言葉を耳にしたことがある方は多いと思います。人材こそが、企業を動かす原動力であり、最も重要な経営資源のひとつです。しかし現実問題として、「人を大切にしない風土」を持ち続けている企業が少なくありません。人材を大切にするどころか軽視してしまい、最悪の場合には、人手不足や社員の大量退職が引き金となって事業存続の危機に陥ってしまう可能性すらあります。
今日のビジネス環境は、デジタル化や消費者ニーズの高度化などにより変化のスピードが格段に速くなっています。その変化に柔軟に対応できる「人材力」が求められる一方で、日本の労働市場は少子高齢化の影響もあって、若年層や即戦力人材の採用が年々難しくなっているのが現状です。こうした環境の中で、人を大切にしない企業は否が応でも致命的なダメージを受けやすくなります。ひとたび人材が流出し始めると、残った社員のモチベーションも下がり、結果として業績に悪影響が及び、最悪の場合は立て直しが困難になるのです。
本コラムでは、「人を大切にしない会社の末路」と題し、私が経営コンサルタントとして見てきた具体的なケースを交えながら、人材不足で崩壊寸前になってしまう企業の特徴と、その対策について考察していきます。
人を大切にしない会社が辿る「典型的なシナリオ」

シナリオ①:慢性的な不満の蓄積
「人を大切にしない」と一口に言っても、その中身は様々です。給与や待遇が業界水準より明らかに低いこともあれば、精神論ばかりが先行して社員に長時間労働や無理なノルマを押し付けることもあります。あるいは、パワハラやセクハラといったハラスメントが横行しているケースもあります。こうした状況が続くと、社員の心身には不満や疲労が徐々に蓄積していきます。
最初は「忙しいから仕方ない」「中小企業というのはどこでもそんなもの」と諦めていた社員が、ある瞬間に退職を意識し始めるタイミングがあります。中堅中小企業の場合、大企業と違って給与水準や福利厚生面では劣ると見なされがちです。だからこそ、経営者や上司が社員に寄り添い「この会社にいて良かった」と感じさせる取り組みをしっかり行う必要があるのです。もしこのような取り組みを怠り、社員の慢性的な不満を放置すれば、次の段階である突然の大量退職へとつながるリスクが大幅に高まります。
シナリオ②:突然の大量退職と組織力の崩壊
厚生労働省「令和5年雇用動向調査」によれば、女性労働者の転職理由で最も多いのが「職場の人間関係が好ましくなかった」(13.0%)、次いで「労働時間・休日など労働条件が悪かった」(11.1%)となっています。社員の不満を軽視して離職者が出ても放置していると、何かをきっかけに突然の大量退職が起きることも珍しくありません。例えば、1人のキーパーソンが退職を決意すると、続々と複数の社員が後に続く形で辞めるパターンがあります。この連鎖は「ドミノ退職」とも呼ばれ、組織にとっては深刻な打撃となります。
キーパーソンと周囲を巻き込む形で大量退職が起きると、その後の組織再編や引き継ぎ、そして新たな採用・教育コストが重くのしかかってきます。特に中堅中小企業の場合、組織規模が小さいゆえに1名が抜けるだけでも大きな痛手となります。大量退職となれば、なおさら会社に与えるダメージは大きくなります。
シナリオ③:事業継続への深刻な影響と不信感の拡大
大量退職が発生すると、現場業務の停滞や顧客への影響だけでなく、既存社員にも深刻な心理的ダメージが及びます。「自分もいずれは辞めるべきなのでは?」という疑念が頭をもたげ、企業に対する不信感がさらに強化されていきます。その結果、新しい人材が入ってきても組織に馴染めず短期間で離職してしまうなど、悪循環が生まれます。
事実、帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2024年)」によれば、人手不足を原因とする「人手不足倒産」は年々増加し、2024年には前年比1.3倍の342件と過去最多を更新しています。従業員の退職や採用難といった人材要因で事業継続を断念するケースが急増しているのです。「うちの会社には関係ない」と思われるかもしれませんが、たとえ黒字でも、後継者や人材が確保できず自主廃業する企業もあります。人材軽視は最終的に経営破綻という形で跳ね返ってくる恐れがあるのです。
人材不足で崩壊する企業の「5つの特徴」
私が実務の中で強く感じるのは、「人を大切にしない会社」には以下の5つの特徴が顕著に表れるケースが多いという点です。

- トップの独断専行が目立つ
経営者やオーナーが社員の声を全く聞かず、自分の経営方針を押し付ける。風通しが悪く、社員が率直な意見を述べにくい環境にある。 - 社員教育や研修に無関心
日常業務で手いっぱいになり、社員育成のための投資を軽視している。結果として社員のスキルアップが図れず、市場価値も下がりやすい。社員は自分の将来に不安を抱え退職に傾きやすい。 - 給与や評価制度が不透明
頑張っても報われない、あるいは人を正当に評価しない風土が蔓延している。公正な評価基準がないまま、「経営者のお気に入り」だけが優遇される場合もある。 - コミュニケーションが断絶している
上司と部下の間のコミュニケーションが希薄で、指示や命令が一方的となっている。相談や報連相(ほうれんそう:報告・連絡・相談)が機能しないまま、現場の不満を見逃しがちになる。 - 企業理念やビジョンの共有不足
「どういう社会貢献をしたいのか?」「社員にどんな成長を期待しているのか?」といった、会社としての意義や方向性が明確になっていない。そのため社員にとって働く意味が見えにくく、モチベーションを保ちにくい。
以上の特徴を複合的に抱えている企業では、人材が離れやすい土壌が形成されてしまいます。逆に言えば、人を大切にする企業ほど、これらのポイントに注意を払い、改善しようと努力し続けているのです。
人を大切にする経営で得られるメリット
メリット①:社員のモチベーション向上と定着率アップ
社員を大切にする会社は、一人ひとりが「この会社で働き続けたい」と思う環境づくりを積極的に進めています。具体的には、公平な評価制度の導入や、仕事の成果が正当に還元される給与体系が挙げられます。また、ワークライフバランスにも配慮し、過度な残業を抑制したり、休暇が取りやすい雰囲気をつくったりすることで社員の健康面にも注意を払います。こうした取り組みにより、社員のモチベーションが高まり、結果として離職率が低下していきます。
厚生労働省の「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査報告書」によれば、「働きがいがある」と感じている従業員は、会社に定着したいと考える傾向が高いとされています。また、同調査では、「働きがいがある」群と「働きやすい」群は、会社の業績も高いと回答する傾向が高いと報告されています。これらのことから、社員満足度の高い企業は、規模を問わず離職率が低めで安定している傾向があると考えられます。これは社員の定着が企業の組織力を底上げしている一例と言えるでしょう。
メリット②:イノベーション創出につながる
近年は、とりわけ中堅中小企業でも新しい発想やビジネスモデルを作り出す「イノベーション」の重要性が高まっています。社員を大切にする企業文化があると、上下関係や部署を越えたコミュニケーションが活発になり、新しいアイデアが生まれやすくなります。自由に意見を出し合える雰囲気や失敗を許容する姿勢があると、チャレンジ精神旺盛な人材が育ちやすく、結果として新製品や新サービスの開発につながります。
メリット③:顧客からの信頼度が上がる
「社員を大切にしている会社は、顧客も大切にするだろう」と考えるのは自然なことです。社員自身が満足し、モチベーション高く仕事に取り組んでいると、顧客への対応の質も向上します。クレーム対応や納期管理などの基本的な業務はもちろん、プラスアルファの提案力を発揮できるようになり、顧客満足度が向上します。その結果、リピート注文や紹介が増え、企業イメージが高まり業績の安定化にも寄与します。
東京海上日動コミュニケーションズの田口浩氏が発表した論文「コンタクトセンタにおける社員満足度と顧客満足度の関係性について」では、社員満足度が上がると、同時に顧客満足度(NPSの数値)も上がるという調査結果が報告されています。

人を大切にするための具体的な取り組み
ここでは、中堅中小企業の経営者・役員・管理職が取り組むべき具体策について解説します。

経営トップからのコミットメント
どれだけ現場が声を上げても、経営トップが「人を大切にする経営」を掲げて行動しなければ組織全体には浸透しません。まずは経営トップ自身が、社員と同じ目線で会社の現状を見直し、彼らの声を聞く姿勢を示すことが重要です。具体的には、経営方針発表会や朝礼などの機会を活用して、トップが直接「社員を大切にしたい」「良い会社を一緒に作っていきたい」というメッセージを伝えましょう。
公平な評価制度と給与体系の整備
社員に「正しく評価されている」と感じてもらうためには、評価制度や給与の仕組みを透明化し、そのルールをしっかり運用する必要があります。例えば、目標管理制度(MBO:Management By Objectives)※を導入するのであれば、単に目標を設定するだけでなく、評価の基準を数値化や定量化するなど曖昧さを排除しましょう。
また、達成度に応じてインセンティブや昇給・昇格があると、社員のモチベーションが高まりやすいです。無論、全てを数値で割り切るのは難しい部分もありますので、一定の主観評価が入る場合は「なぜこの評価になったのか」をしっかりフィードバックすることが欠かせません。
※目標管理制度(MBO:Management By Objectives):会社の方針と社員の目標をすり合わせ、社員の成果を評価するマネジメント手法のこと。
人事評価制度については、以下の記事で解説しています。もう少し詳しく知りたい方は、ぜいお読みください。
コミュニケーション活性化の仕組みづくり
多くの中堅中小企業では、日々の業務が忙しくコミュニケーションの時間を確保しづらいという声が聞かれます。ですが、社員が組織を離れる大きな原因のひとつに「上司との意思疎通の不足」や「評価や指示の不透明さ」が挙げられます。そこで、以下のような仕組みづくりをおすすめします。
- 1on1ミーティング(上司と部下の定期的な対話)
月に1回でも良いので、30分程度の時間を確保し、部下が抱える課題やキャリアの方向性を把握する。 - 業務外の交流機会の活用
社員同士の親睦を深めるために、懇親会やランチミーティングを定期的に開催する。ただし、形式的にならないよう、参加自由にするなどの工夫が必要。
社員教育・研修への投資
社員を大切にしている会社は、教育や研修への投資を惜しみません。中堅中小企業の場合、大企業のような体系立った研修プログラムを用意するのは難しいかもしれません。しかし、例えば外部セミナーへの参加費を補助したり、オンライン研修の受講環境を整えたりといった形で「学びの機会」を提供することは可能です。
また、OJT(On-the-Job Training:職場内での実務研修)を行う際も、「先輩と後輩が一緒に業務をするだけ」では効果が薄いケースが多いです。指導する先輩社員に対して、教え方やコミュニケーションのとり方をレクチャーするなど、役割分担と指導方法を明確にするとともに、評価やフィードバックの仕組みをセットにすることで初めて成果が上がります。
企業理念やビジョンの再定義・共有
会社の存在意義や将来の展望が明確でないままでは、社員のモチベーションを引き上げるのは難しいです。経営者が改めて「なぜこの会社が存在するのか」「どんな価値を世の中に提供していきたいのか」「社員にはどんな成長を期待しているのか」といった点を見直し、明文化したうえで社内共有する必要があります。この共有には、社内報やHPだけでなく、日々の朝礼や週報ミーティングなどの場を活用すると効果的です。社外にも発信できるようにすれば、採用活動や取引拡大にも好影響をもたらします。
以下の記事では、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)について解説していています。もう少し詳しく知りたい方は、ぜいお読みください。
Q&A
Q1.人を大切にすると、かえって経営が甘くなるのではないですか?
A. 「人を大切にすること」と「経営が甘くなること」はイコールではありません。むしろ社員の能力を引き出すためにも、明確な評価基準や厳正なルールは必要です。甘さと優しさを混同しないようにすることが大切です。優しさの中には、時に厳しいフィードバックも含まれるのです。
Q2.当社はもう既に人が足りない状態ですが、今さら何をしても手遅れではないですか?
A. たしかに、一度大量退職が起きたり、採用が進まずに組織が疲弊している状態からの回復は容易ではありません。しかし、そこで経営者が「もう無理だ」と放棄してしまえば、本当に手遅れになります。今からでも遅くありません。少しずつでも社員と向き合い、経営体制を整えれば回復の糸口は必ず見いだせます。
Q3.中堅中小企業は、教育研修に大きなコストをかけられません。それでも教育をすべきでしょうか?
A. はい、規模に合わせた形で必ず取り組むべきです。教育研修は必ずしも高額な外部セミナーに行かせることだけがすべてではありません。例えば自社内で勉強会を開催するといった小規模の取り組みでも、社員の成長とモチベーション向上につながります。外部の専門家を招く場合でも、費用対効果を考えながら、最適なレベルの投資を検討すれば良いのです。
Q4.給与アップや待遇改善はしたいですが、利益が少なくてできません。どうすればよいでしょうか?
A. まずは現状の経費や利益構造を洗い出し、無駄なコストがないかを徹底的に見直すことが大切です。さらに、顧客単価の見直しや新規事業の展開など、収益拡大の施策を並行して考えるべきです。給与や待遇改善に直接使える原資を増やす努力をしながら、同時に社員に対しても「状況を改善するために取り組んでいる」ことを真摯に伝えることで、一定の理解を得られやすくなります。
Q5.具体的にはどの程度のコミュニケーションが必要なのでしょうか?
A. 企業規模や業態にもよりますが、理想的には上司と部下の1on1ミーティングを月に1回、部署単位の定例会を週に1回程度は行えるようにしたいところです。もちろん実践するのが難しい現場もありますが、コミュニケーションの回数が増えれば増えるほど、早期にトラブルの芽を摘むことができます。必要なコミュニケーションの絶対量は「多すぎる」ということは滅多にありません。
まとめ:人がすべてを左右する時代
いまや中堅中小企業にとって、「人材の確保と定着」こそが生き残りの最重要課題と言える時代になっています。過去には社員を多少雑に扱っても、景気や地域の雇用状況によっては、ある程度やり過ごせた時代もあったかもしれません。
しかし、我が国は少子高齢化に伴う人口減少という構造的問題を抱えています。また、デジタル化やグローバル化が進む中で、優秀な人材はより待遇の良い企業や、自分の理想を実現できる企業を選べるようになりました。経営者がしっかりと「人を大切にする経営」を実行に移さなければ、優秀な人材はあっという間に他社へ流出してしまいます。そして、一度人材が大量に辞め始めると、その負のスパイラルを断ち切るのは非常に困難です。だからこそ、経営トップをはじめとしたリーダー層は、自社の現状を客観的に見直し、不足している部分を早急に補う必要があります。
コンサルタント歴20年の私が断言できるのは、「人を大切にする企業は業績も伸びやすい」ということです。実際、厚生労働省の調査(働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査報告書)でも、「働きがいを感じる」と答えた社員の半数以上が「自社の業績が上がっている」と回答しており、社員が働きがいを感じている会社では業績も好調である傾向があることがわかっています。短期的にはコストや手間がかかる施策であっても、長期的には優秀な人材が育ち、離職率が下がり、生産性が上がり、お客様からの信頼も高まります。結果として、安定した経営基盤を築くことができるのです。
人を大切にしない会社には必ず「末路」が待っています。それは、単に業績が下がるだけでなく、企業としての存在意義が失われることでもあります。だからこそ、もしこのコラムを読んで心当たりがある方は、今すぐにでも行動を起こしてください。具体的な施策は本コラム内で触れたように、経営トップのコミットメントから公平な評価制度の整備、コミュニケーションの活性化など多岐にわたります。大切なのは、そのすべてを「社員の視点に立って」取り組むという姿勢です。
社員が幸せに働ける環境を整えることは、企業が社会に貢献し、持続的に成長するための確固たる土台になります。ぜひ、あなたの会社でも「人を大切にする経営」を実践し、社員と共に明るい未来を築き上げてください。経営者・役員・管理職として、あるいはリーダーとして、あなたが一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。
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