唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。

「最近、どうも部下とのコミュニケーションがうまくいかない」

「優秀な人材が定着しない」

経営者や管理職であるあなたがこのような悩みを抱えているとしたら、その解決のカギは「1on1(ワン・オン・ワン)」にあるかもしれません。

特に人が組織の成長を左右する中堅中小企業において、部下一人ひとりの能力を最大限に引き出し、主体性を育む「1on1」は、もはや経営戦略上の必須ツールともいえるかもしれません。

本コラムでは、コンサルタントとして多くの中堅中小企業を支援してきた私の知見に基づき、「1on1とは何か」をわかりやすく解説するとともに、「失敗しない1on1」を実現するための具体的な対話術と運用ノウハウを、実践的な視点から徹底的に伝授します。

本質を突いた対話術を身につけ、部下の成長を支援する「最高の支援者」としての役割を果たすための、即効性のある知恵を惜しみなく提供します。

そもそも1on1とは何か?従来の面談との決定的な違い

1on1の定義

1on1とは、上司と部下が1対1で定期的に行う対話の時間です。しかし、この定義の裏には、従来の面談とは一線を画す明確な目的と原則があります。

最も重要な原則は、「1on1は、上司の都合ではなく、部下の成長のためにある」という点です。従来の面談が「業務の進捗確認」や「評価の伝達」といった会社や上司の視点・目的で行われるのに対し、1on1は、「部下の視点・目的」に寄り添って行われます。

特徴1on1(ワン・オン・ワン)従来の面談(評価面談など)
会話の主導権部下(話すテーマは部下が決定)上司または人事(話すテーマは会社が決定)
上司の役割支援者(サポーター)指導者、評価者
主なテーマ部下の課題、キャリア、目標達成に向けた行動、気づき業務目標の達成度、業務の進捗
成功の基準部下が自ら気づき、行動を起こせるようになったか会社の目標が達成されたか、評価が滞りなく伝達されたか

1on1の場で、上司が「あれはどうなった?」「もっと頑張れ」と業務管理や指示に終始してしまうと、それはもはや1on1ではありません。上司は、部下の問題解決と成長を支援する「サポーター」としての意識を持つことが不可欠となります。

1on1の本質

ここで、人材育成における重要な法則をご紹介します。アメリカの人事コンサルタント会社ロミンガーが提唱した、通称「70:20:10の法則」です。70:20:10の法則は、「人が成長するために役立った要素の割合」を示しており、具体的な内訳は以下の通りとなります。

  • 70%:仕事上の経験(日々の業務)
  • 20%:他者からの薫陶(上司や先輩からの助言、フィードバック)
  • 10%:研修や座学(外部研修、書籍など)

この法則から分かることは、人の成長の7割は「日々の仕事経験」にあるということです。

しかし、経験しただけでは人は成長しません。経験を「学び」に変えるためには、「振り返り(内省)」が不可欠なのです。1on1の最大の価値は、この「振り返り」の場を提供することにあります。 上司が適切な対話を行うことで、部下は「経験から何を学んだのか?」「どうすれば次につながるのか?」を内省できます。つまり、1on1を正しく実施できれば、7割を占める「業務時間すべて」を、部下の成長につながる「質の高い研修時間」に変えることができるのです。

1on1が生み出す戦略的価値

価値1:上司への「信頼」と定着率の圧倒的向上

人が組織に定着するかどうかは、突き詰めれば「上司との信頼関係」にかかっています。

人は、「自分の話を最後まで、真剣に聴いてくれる相手」にこそ心を開き、信頼を寄せるものです。従来の面談のように、上司が一方的に話したり、途中で話を遮ったりする場では、信頼関係は醸成されません。

1on1で上司が部下の話を徹底的に傾聴し、その存在を承認することで、部下は「自分は組織に大切にされている」「この上司なら自分を確実に助けてくれる」と感じるのです。この心理的安全性が、エンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)を高め、結果として優秀な人材の定着率向上に直結します。

価値2:部下主導の「行動」と「気づき」による自律性育成

1on1の目的は、あくまで「部下の問題解決の支援」です。上司がすべきことは、部下に答えを教えることではなく、部下が自分で考えて、自分で気づき、自分で行動できるように支援することです。

  • ダメな例: 「君の資料はここがダメだ。次はこう直しなさい。」
  • 良い例: 「この資料を見た時、君はどういう効果を狙った?」「その効果を出すために、他にどんな選択肢があると思う?」

部下が自ら考え、計画を立て、行動に移すことができれば、それは「誰かに言われてやったこと」ではなく、「自分が決めたこと」になります。この積み重ねが、指示待ちではない、自律性の高い人材を育み、組織全体の活力を高めるのです。

価値3:個々人に合わせた「オーダーメイド型」のマネジメント

企業においては、多様な価値観を持つ部下が一つの部署にいることが珍しくありません。一律の指導では、特定の部下には響いたとしても、他の部下には全く効果がないという事態が起こり得るのです。

1on1は、部下一人ひとりのスキルレベル、モチベーション、価値観、そしてその時々の悩みに合わせて、マネジメントのやり方や質問を変える「オーダーメイド型のマネジメント」を可能にします。

  • 内気な部下には質問を絞り、じっくりと考える時間を与える。
  • 経験豊富な部下にはより抽象度の高い問いで、視野を広げさせる。

この個別最適化こそが、部下一人ひとりの能力を最大限に引き出すマネジメントの真骨頂なのです。

失敗しない1on1を実現する対話術

ここからは、あなたの会社における1on1を成功に導くために、具体的な対話術の極意を私の経験に基づいて詳述します。

極意1:部下が行動できる「具体的な一歩」を導き出す

1on1が単なる「雑談会」や「精神論」で終わってしまうと、業務に活かされず、時間の無駄になります。対話の最後には、必ず「部下が、これから何をすべきか」という具体的な行動(アクション)を明確にすることが大切です。

質問の方向性目的に合わせた具体的な質問例意図
目標の明確化「目標達成のために、一番大きな課題は何だと感じている?」解決すべき問題の特定
行動の具体化「その課題に対し、来週一週間で『すぐ』に移せる行動は何?」抽象的な議論から、すぐ実行可能な行動へ落とし込む
動機づけ「それが実現すると、君にとってどんな良いことがある?」内発的動機づけの強化

【注意】
行動計画は、上司が指示するのではなく、部下が自ら考え、決定し、コミット(約束)するように支援してください。

極意2:「チャンクダウン」「スライドアウト」で思考を支援する

部下の抱える問題は、往々にして曖昧で言語化されていません。上司は、部下の思考を整理し、深めるための技術(質問技法)を身につける必要があります。

チャンクダウン(具体化・分解)

  • 意味: 抽象的な話(塊=チャンク)を、具体的な話に分解していく質問技法。
  • 例: 部下「営業力が足りません」→ 上司「営業力の中で、具体的にどのスキルを指して足りないと言っていますか?(例:提案力、クロージング力など)」→ 部下「提案力です」→ 上司「提案力の中で、一番つまずくのはどのフェーズですか?」
  • 効果: 曖昧な課題を具体的な行動レベルまで落とし込み、部下が「何をすればいいか」を明確に把握できます。

スライドアウト(視点の拡大・横展開)

  • 意味: 今話しているテーマとは別の、同レベルの視点を広げ、新たな選択肢や可能性に気づかせる質問技法。
  • 例: 部下「A案が最も良いと思います」→ 上司「A案の他に、B案、C案の選択肢は考えましたか?(横展開)」「この件に関して、他部署からアドバイスをもらうとしたら、誰に何を相談しますか?(視点拡大)」
  • 効果: 部下の視野を広げ、思考の幅を深くします。一つの考えに固執するのを防ぎ、より良い解決策を見つける可能性を高めます。

これらの質問は、「目的をもって」行うことが重要です。ただ質問するのではなく、「今、部下の思考を深めたいのか(チャンクダウン)」「視野を広げさせたいのか(スライドアウト)」といった意図を持って使い分けましょう。

極意3:「なぜ?」を避け、「肯定的質問」に置き換える

上司が部下に「なぜ、できなかったの?」と質問することは、部下からすると責められているように聞こえるため、部下は防御的になり、本音を話しづらくなります。「なぜ?」という問いは言葉としては強い上に、過去の原因追及に終始しやすいため、未来の行動につながりにくい傾向があります。

「なぜ?」という問いは、肯定的で未来志向の質問に言い換えましょう。

過去志向の質問未来志向の質問(肯定的質問)
なぜ遅れたの?どうすれば期限内に終わらせることができるかな?
なぜ失敗したの?今回の経験から、次に成功するために何を学べた?
なぜそう考えたの?どういった点に注目して、その答えにたどり着いた?

肯定的質問を使うことで、部下の意識を「できなかった原因」から「未来の解決策」へと自然に導くことができます。

極意4:上司の「語彙力」が1on1の質を決める

部下が「モヤモヤしている」「なんか上手くいかない」と抽象的な表現でしか話せないとき、上司の役割は、部下の言葉の裏にある感情や課題を言語化してあげることです。

例えば、部下が「この仕事はやりがいがない」と話したとします。

  • 語彙力の乏しい上司: 「そうか、じゃあ別の仕事に変えてみるか?」
  • 語彙力の豊かな上司: 「やりがいがない、というのは、自分の成長が実感できないということかな?それとも、仕事の目的や意義が感じられないということかな?」

上司が部下の曖昧な言葉に対し、適切な専門用語や、感情・課題を表現する言葉の選択肢を提供することで、部下は「これだ!」と自分の問題の本質に気づくことができます。上司自身の語彙力、すなわち概念を言語化する力が、1on1の質を大きく左右します。

傾聴と承認

部下からの信頼を得て、主体的な行動を引き出すためには、傾聴と承認のスキルが不可欠です。

傾聴の極意:人は「最後まで聴いてくれる」相手に心を開く

傾聴とは、単に黙って聞くことではありません。「共感的理解」をもって、部下の話に意識を集中することです。傾聴において重要なのは、上司が「話の内容」ではなく「部下の気持ちに焦点を当てること」です。

  • 「最後まで話を遮らない」: 上司が口を挟むと、部下は「自分への関心よりも、上司の意見の方が優先されている」と感じ、心は閉ざされます。部下の話を遮らず、上司が聴きたいことを聞く時間ではないという意識を徹底してください。
  • 「感情をありのままに受け止める(受容)」: 部下が不安や不満を口にしても、「それは違う」と否定したり、善悪を判断したりせずに、まずは「そう感じたんだね」と、その感情をありのまま受け止める姿勢を見せましょう。

承認の重要性:成長や変化を実感させる「鏡」の役割

人は自分の行動や努力、そして成長や変化を、自分自身ではなかなか気づけないものです。1on1における上司の役割は、部下にとっての「」となることです。

  • 承認の定義: 目の前にいる部下の存在を認め、そのありのままを受け止めることです。
  • 「できていること」を褒める(強化):部下が成長につながる行動や、会社が期待する行動をとったとき、上司はそれを具体的に褒め、強化しなければなりません。
    • 良い例: 「先週、自分でA案をB案に切り替えた行動は本当に良かった。あの迅速な判断で、我々は納期に間に合った。あの判断力は次もぜひ増やしてほしい行動だ。」
  • 褒める理由
    • 増やしてほしい行動を強化する: 褒めることで、部下はその行動を意識的に繰り返すようになります。
    • 良いコミュニケーションの土台を作る: 褒めることから入ることで、部下との間に肯定的な感情の交換が生まれ、その後の建設的なフィードバック(改善点)も受け入れやすくなります。

「君の存在がチームにとって大切だ」という存在の承認と、「君のこの行動はチームに貢献している」という行動の承認の両方を、相手に伝わるように言語化して伝えましょう。

Q&A

Q1. 1on1を実施する際、部下が何を話していいかわからず、黙ってしまう場合はどうすれば良いですか?
A. これは非常によくあるケースです。部下が安心して話せる「心理的安全性」がまだ築けていない証拠です。まずは、上司側から「自己開示」を行い、場の雰囲気を和ませましょう。ご自身の最近の失敗談や、仕事でモヤモヤしたことなどを軽く話すことで、「上司も完璧ではない、本音を話しても大丈夫だ」と部下が安心感を抱きます。また、テーマに詰まった場合は、部下のキャリアや目標達成に向けた「行動計画」に焦点を当てましょう。「今週、君が自分で決めて実行したことで、少しでも良かったと思えることは何?」といった、肯定的かつ具体的な行動に関する質問から入ることで、部下は答えやすくなります。

Q2. 1on1を単なる「雑談」で終わらせず、部下の「行動」につなげるにはどうすれば良いですか?
A. 1on1の価値は、部下が「次に何をすべきか」を明確にし、行動に移せるかどうかにかかっています。対話の最後には、必ず以下の3つのステップで着地してください。

  1. 気づきの言語化: 「今日の対話で、一番の気づきは何だった?」と問いかけ、部下の口から言ってもらう。
  2. 行動計画の具体化: 「その気づきを活かすために、来週一週間で『最初の一歩』として、具体的に何をしますか?」と問いかけ、部下自身に具体的な行動を宣言させる。
  3. 上司の支援の約束: 上司は「その行動を達成するために、私にできる支援は何がある?」と尋ね、支援者としてコミットする。

このプロセスを徹底することで、1on1はただの会話ではなく、未来の行動を約束し、達成を支援する場に変わります。

Q3. 部下が「なぜ失敗したのか?」を深く反省させたいとき、「なぜ?」という質問は使っても良いですか?
A. 「なぜ?(Why?)」という質問は、確かに物事の原因を探る上で強い力がありますが、1on1の場ではできるだけ避けるべきです。「なぜ?」は部下を「責めている」ように聞こえやすく、部下が防御的になり、本音を隠してしまうからです。
部下の問題解決を支援するためには、過去の原因追及ではなく、未来の肯定的な行動に焦点を当てるべきです。「なぜ失敗したの?」ではなく、「どうすれば●●(成功の状態)を達成できるかな?」や「今回の経験から、次に向けて最も学べたことは何?」といった、肯定的で未来志向の質問に言い換えましょう。これにより、部下の思考は自然と改善策に向かい、建設的な対話が生まれます。

Q4. 部下を褒めたり承認したりする際、どのような点を意識すべきでしょうか?
A. 承認は、部下にとっての「鏡」であり、成長の原動力です。意識すべき点は大きく2つあります。

  1. 増やしてほしい行動の強化: 単に「頑張ったね」と褒めるだけでなく、「具体的にどの行動(例:納期前の段取り)が、チームにとってどう良い影響(例:残業の削減)を与えたか」を詳細に言語化して伝えます。これにより、部下はその行動を意識的に繰り返すようになります。
  2. 存在そのものの受容: 成果が出ていない時でも、「目の前の部下の存在を認め、ありのままを受け止める」姿勢を示すことが重要です。部下が不安や悩みを打ち明けた際に、最後まで傾聴し、その感情を否定しないことが、部下への深い承認のメッセージとなります。

部下は、自分の行動から成長を実感すると言われますが、自分で気づくのは困難です。上司が具体的な言葉で承認することで、部下の自己効力感(自分ならできるという自信)が高まります。

まとめ

本コラムでは、コンサルタント歴20年の経験に基づき、中堅中小企業が「失敗しない1on1」を実践するためのノウハウをお伝えしてきました。

1on1は、単なる面談や技術論ではなく、「社員一人ひとりの成長を、上司が支援者として真剣にサポートする」という、貴社の企業文化そのものを創り上げる取り組みです。

  • 「70:20:10の法則」に基づき、業務経験を成長に変える「振り返りの場」として活用し、
  • 徹底的な傾聴で部下の本音と信頼を獲得し、
  • チャンクダウンや肯定的質問で部下の自律的な気づきと行動を促し、
  • 承認によって部下の存在と行動を肯定し、再現性の高い行動を強化する。

この実践こそが、貴社の人材を自律的に成長させ、変化の時代を乗り切るための強固な組織力に繋がります。 まずは、このコラムの内容をもとに、ご自身の部署で「試しに30分」の質の高い1on1をスタートさせてみてください。

私たち唐澤経営コンサルティング事務所では、「コーチング」と「コンサルティング」を組み合わせ、中堅中小企業の経営課題解決と成長戦略の策定を強力にサポートいたします。経営に関するご相談や無料相談をご希望の方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

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この記事を書いた人

唐澤 智哉

新卒で大手金融系シンクタンクに入社し、大手企業向けのITコンサルティングに従事。その後、2社のコンサルティングファームにて、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。
2012年に大手IT企業に入社し、中小企業向けのコンサルティング事業の立ち上げの中心メンバーとして事業化までを経験し、10年間中小企業向けの経営コンサルティング・ITコンサルティングや研修・セミナーに従事。
その後、2022年に唐澤経営コンサルティング事務所を創業。中小企業向けの経営コンサルティング、DXコンサルティング、研修・セミナー等のサービスを提供している。
趣味は読書で、年間200冊近くの本を読む。