唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
このコラムでは、私のこれまでのコンサルティング経験をもとに、中堅中小企業の経営に役立つ情報を発信しています。。
コンサルティングをしていると、「経営と運営の違いがわからない」「社長と現場での役割分担が曖昧になっている」という声をよく耳にします。大手企業であれば、社長が戦略面を主導し、現場の管理職やリーダーが日々のオペレーションを担う、という構図が明確に分かれていることが一般的です。しかし、中堅中小企業の場合、社長が営業活動や実務の細部にまで携わらないといけない場面が少なくありません。その結果、「経営」も「運営」も社長が同時に行い、現場の意識や役割分担が曖昧になってしまう状況が散見されます。
本コラムでは、まず「経営」と「運営」の本質的な違いを整理します。その上で、社長と現場それぞれが意識すべきポイントや、役割分担が曖昧になることで発生しがちなトラブルの事例、そして実務的な改善策を提示いたします。さらに、読者の皆さまからよくいただく質問をQ&A形式でまとめ、最後に本コラム全体を振り返るまとめを用意しました。どうぞ最後までお付き合いください。
「経営」と「運営」の基本的な違い
「経営」とは何か
経営とは、企業の方向性を決定し、限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・時間など)をどのように配分していくかを考える行為です。具体的には下記のような要素が含まれます。
- 経営理念・ビジョンの策定
企業が何を目指し、社会にどのような価値を提供していくのかを示す。 - 中長期の戦略立案
市場環境や競合状況の分析をもとに、将来を見据えた方向性・優先事業の選定などを行う。 - 組織設計・資源配分
人員計画や部門編成、資本や設備投資の計画を立案し、組織体制を整備する。 - リスクマネジメント
事業継続のために考え得るリスクを把握・評価し、対応策を講じる。
経営は、企業全体の「羅針盤」や「舵取り」に該当する活動です。ゴールがどこなのか、進むべき道がどこにあるのかを指し示すのが経営者の役割となります。
「運営」とは何か
一方で運営とは、日々のビジネスを円滑に回すための活動です。具体的には以下のような内容が該当します。
- 日常オペレーションの管理
商品・サービスの提供プロセス管理、在庫管理、受発注管理など。 - 人的マネジメント
部下の指導・育成、勤怠やシフトの管理、チームビルディング、モチベーション向上策の実施など。 - 業務改善・効率化
仕事の流れを見直し、コスト削減や品質向上などを行う。
例:作業手順の標準化、ITツールの活用など - 顧客対応
クレーム対応、サポートなど現場レベルで発生する顧客満足度向上施策。
運営は、すでに決められた方向性・方針に従って、具体的な結果を出すための「実働」や「オペレーション管理」であるとイメージすればわかりやすいでしょう。

「経営」と「運営」が混同される背景

背景①:社長が現場に深く入りがち
大手企業では、組織の階層構造がはっきりしており、経営企画部門や専門スタッフが社長の戦略作成をサポートします。しかし、中堅中小企業の場合は人員が限られています。そのため、社長自らが自社のトップセールスとして営業に走り、時には製品開発やトラブル対応にも奔走しなければなりません。このように、どうしても運営にまで社長が深く関わらざるを得ない状況では、経営と運営の線引きが曖昧になりやすいのです。さらに、社長が現場に入りすぎることで、従業員の管理職クラスが自立しないまま業務を進めるケースも増え、その結果、社長の負担が際限なく増大するリスクがあります。
背景②:ワンマン化のリスク
「社長がすべてを仕切ったほうが早い」「決定権が一点集中したほうがスムーズ」といった考えから、小規模な企業ほどワンマン化しやすい傾向にあります。もちろん、トップが強いリーダーシップを発揮することそのものは決して悪いことではありません。しかし、過度にトップダウンになり過ぎると、現場からの意見や自主性が育たず、「経営」と「運営」のそれぞれがもつ役割が不明瞭になる要因の一つになります。
背景③:戦略と実務の優先順位の混乱
戦略的な取り組み(新規事業の開発や将来を見据えた投資など)は、短期的には利益を生まないことも多いです。一方で日々の運営業務は、目の前の売上や利益に直結するものが多いため、どうしても後者を優先せざるを得ないという経営者が少なくありません。 しかし「経営=戦略」が後回しになってしまうと、中長期的な成長の道筋が失われ、徐々に競合他社との格差が開いてしまうリスクが高まります。短期的には運営に注力すべき場面があったとしても、定期的に経営面の見直しを行う仕組みづくりが必要です。
「経営」と「運営」の混同がもたらすデメリット
デメリット①:経営者の燃え尽き症候群
社長が運営業務まで抱え込むと、時間的・精神的な余裕がなくなります。従業員のマネジメントやリスクヘッジはもちろん、新たなビジネスチャンスを模索する余力もなくなり、結果的に業績の停滞を招きます。
デメリット②: 現場の自主性や成長機会の損失
社長があらゆる運営業務の細部を指示してしまうと、現場の管理職やリーダーが自主的に考えて自ら行動する機会が減ってしまいます。その結果、いつまで経っても「社長頼み」の企業体質から抜け出せず、人材育成の機会を失いかねません。
デメリット③:中長期的なビジョンが描けない
日々の業務に追われるあまり、長期的な戦略立案が疎かになるケースが多く見受けられます。事業の将来像や組織のあるべき姿を描き、それに向けて必要な資源を投下することは、経営者の大切な役割です。この役割が希薄になってしまうと、顧客ニーズの変化や競合環境の変化に対応しづらくなり、市場に取り残されるリスクが高まります。
役割整理の第一歩:責任分担と情報共有の明確化

経営と運営の「境界」を共通認識に落とし込む
まずは、経営者・役員・管理職が集まる場を設け、「経営と運営はこう違う」という共通認識を形成することが重要です。その上で、社長が担うべきタスクと各管理職が担うべきタスクを棚卸しし、リスト化してみましょう。「自分が行う必要がある業務はどこまでか」「どこから先は現場に任せられるか」を明確に区切ることで、混乱が解消されやすくなります。
定期的な会議体制を整える
経営判断と運営状況を共有するために、定期的な会議やミーティングの場を設定するのも有効です。ポイントは以下の通りです。
- 週次・月次など短いスパンの会議
運営上の課題や進捗確認、トラブル対応策の検討を行う。現場の管理職が主導して報告や提案をする場。 - 四半期・半期など長いスパンの会議
経営者が戦略的な意思決定を図る場。市場の変化や自社の財務状況、設備投資計画など中長期目線での検討を行う。
こうした会議体制を整えることによって、「経営の視点」と「運営の視点」が交錯せずに、それぞれの役割や判断材料を把握しやすくなります。
情報共有ツールの活用
中堅中小企業ほど、口頭でのコミュニケーションが中心で、情報共有が属人的になりがちです。情報が一部の人しか分からない状態だと、役割分担も不透明になります。社内SNSやチャットツール、プロジェクト管理ソフトなどを導入し、誰がどの業務を進めているのか可視化すると、無駄な混乱が起きにくくなります。
「経営力」を高める具体的アプローチ

外部環境分析と市場理解
「経営」を担うためには、自社の内側だけでなく外部環境を正確に捉える必要があります。総務省や経済産業省、商工会議所などが公開している統計データやレポート、例えば下記のような資料に目を通すことで、市場動向や消費者ニーズの変化を捉えやすくなります。
- 経済産業省「企業活動基本調査」(https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kikatu/index.html)
- 中小企業庁「中小企業白書」(https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html)
こうした客観的なデータを踏まえて、自社の強みや市場ポジションを見直すことが、経営戦略立案の第一歩となります。
経営計画の策定と目標設定
経営者として、中長期の経営計画を明文化し、組織全体に共有することは極めて重要です。計画策定のポイントとしては以下の項目が挙げられます。
- 中長期ビジョン
今後3〜5年、あるいはそれ以上のスパンで、企業としてどのような姿を目指すのか。 - 定量目標・定性目標
売上高・利益率・市場シェアなどの数値目標に加え、ブランド力の向上や組織文化の醸成といった定性目標も設定する。 - 具体的施策
新製品開発、営業戦略の見直し、生産性向上プロジェクトなど、実行プランを整理する。 - 進捗管理・評価方法
計画を作って終わりではなく、定期的に進捗をレビューし、必要に応じて軌道修正する体制を構築する。
中長期計画の策定については、以下の記事でも解説しています。ご興味のある方は、ぜひお読みください。
(リンク)
人材育成とリーダー任用
中堅中小企業でよく見られる課題は、「社長と従業員の間に管理職が不在、もしくは形式上の管理職しかいない」ケースです。本来は「運営」を担う中心が管理職クラスですので、この層を育てることが「経営」を強化するうえでも重要です。
- 適正な人材の見極め
スキルやリーダーシップだけでなく、協調性や企業理念との相性なども総合的に判断して管理職に任用する。 - 教育プログラムの導入
社外セミナーや研修への派遣、メンター制度を取り入れ、管理職に必要な知識・マネジメント能力を伸ばす。 - 権限委譲とフォローアップ
実際に意思決定の場を管理職に任せ、挑戦と失敗を重ねる中で成長を促す。重要な判断が絡む場合は社長や役員がフォローに入り、学習機会とする。
こうした人材育成が進むと、自然と運営が現場主導で行われるようになり、社長は経営に専念できる環境が整いやすくなります。
「運営力」を高める具体的アプローチ
現場の標準化・マニュアル化
「運営」の基本は、日々の業務を一定の品質と効率で回すことです。そのためには、属人的になりがちな手順やノウハウを言語化し、マニュアル化することが欠かせません。これにより、管理職やスタッフの誰が担当しても大きなブレなく業務を進めることができます。
現場改善の仕組みづくり
運営改善の代表的な手法として「PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)」が挙げられます。言葉だけが先行しがちですが、実際に回せている企業は意外と少ないものです。管理職やリーダーが中心となり、毎月定例の振り返りや改善提案の会議を行い、運営水準を高めていく仕組みを整えると効果的です。
顧客満足度の向上施策
中堅中小企業にとって、既存顧客のリピートや口コミは重要な売上源です。顧客対応やアフターフォローなどの運営をしっかり行うことで、長期的な関係を構築しやすくなります。顧客アンケートやヒアリングの仕組みを作り、現場でのフィードバックを経営に還元する流れをつくると、一体感のある組織運営が可能になります。
Q&A
Q1. 「社長にしか決定できない事項」と「現場に任せられる事項」をどのように決めればよいのでしょうか?
A. まずは経営資源の大きさや影響度の高さで線引きするとわかりやすいです。たとえば、数百万円以上の投資や採用に関わる重要な決定は社長・役員レベルで承認を得る一方で、日常的な仕入れや細かな運営策は管理職レベルに任せるなど、あらかじめ基準を明文化しておきましょう。
Q2. 社長が“経営”に専念したいと思っても、現場が「社長が全部やってくれる」と期待してしまいます。どうしたらよいでしょうか?
A. 社長が「もう自分は現場の運営には入らない」という姿勢を強固に示し、権限移譲する意志を明言することが大切です。移譲と同時に、管理職が実際に困ったときの相談先や判断基準を明示するなど、単に任せるだけでなくフォロー体制を整えることもポイントです。
Q3. 管理職がうまく育たず、結局社長が指示を出し続ける状況が続いています。育成を加速するにはどうしたらいいですか?
A. 一足飛びに任せても、管理職が能力不足で失敗するリスクがあります。そこで、段階的な権限委譲と、失敗しても学びに変えられるフォローアップを繰り返すことで育成を進めます。外部研修の導入や、先輩管理職がメンターとして伴走する仕組みを活用するのも有効です。
Q4. 社長自身が現場もよく知っていることが自社の強みだと思います。あえて分業化する必要はあるのでしょうか?
A. 現場感を理解している社長は強みですが、すべてを社長が担っていると経営面の意思決定に割ける時間が減ります。経営と運営をバランス良く分担し
「必要なときには現場に入るが、基本的には経営に専念できる」体制を作るほうが、結果的に社長の強みを最大化できます。
Q5. 中堅中小企業でも導入できるわかりやすい役割分担フレームワークはありますか?
A. 有名なものに「RACI(責任分担マトリクス)」という手法があります。Rは責任者(Responsible)、Aは最終決定者(Accountable)、Cは相談先(Consulted)、Iは情報共有(Interested or Informed)の頭文字です。どのタスクに対して誰が最終決定権を持ち、誰が実行責任者かを明確にすると、役割が整理しやすくなります。ただし、導入時は混乱が起きないよう社内説明に十分時間をかけるようにしましょう。
まとめ
「経営と運営の違いとは何か」という問いに対して、本稿では以下のポイントを強調してきました。
- 経営
- 企業の“羅針盤”としてビジョンや戦略を描き、経営資源を配分する活動。
- 社長や役員が担うべき中長期的な意思決定に焦点がある。
- 運営
- 日々のオペレーションやマネジメントを円滑に行い、短期的な成果や安定した業務遂行を支える活動。
- 管理職やリーダーが担う現場実務における改善や顧客満足度向上が中心。
中堅中小企業においては、人数や組織規模の制約から、社長自身が営業・生産・人事などあらゆる運営業務を抱え込んでしまいがちです。しかし、その結果、経営の要である中長期戦略の検討やリスクマネジメントに十分な時間を割けず、企業の成長機会を逃してしまうことも多くあります。このような状況に陥らないためには、「経営」と「運営」の役割をまずは明確に言語化し、社内で共有することが欠かせません。社長がどこからどこまでを担当し、どこから先は現場に任せるかという「境界線」を設定し、管理職やリーダーを育成しつつ業務を任せることが重要になります。さらに、定期的な会議体制や情報共有ツールの導入などによって、運営における課題や改善策を現場が主体的に検討・実行できるようにしていくと、社長は中長期のビジョン策定や企業の将来を見据えた取り組みに注力する時間を確保できます。
あなたの企業においても、経営者の視点と現場の視点がうまくかみ合い、お互いが本来の役割を最大限に発揮できるよう、本コラムがお役に立てれば幸いです。 「経営」と「運営」の境界線を再認識し、社長が本来担うべき重要戦略の舵取りに集中できる体制を整えることは、中長期的に見た企業価値の向上に直結します。ぜひ本稿での内容を参考に、改めて社内の役割分担や体制を見直してみてください。
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