唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤です。中小企業診断士・ITストラテジストの資格を持ち、20年以上にわたり、中堅中小企業の経営戦略立案や業務改革、IT化構想策定などのコンサルティングに従事してきました。
「うちには何の落ち度もないはずなのに、なぜこんなに強く言われなければならないんだ…」
「お客様の勘違いや、規約を読んでいないことが原因なのに、どうしてこちらが頭を下げなければならないのか…」
中堅中小企業の経営者や管理職のみなさまであれば、一度はこのような理不尽なクレームに頭を悩ませた経験があるのではないでしょうか?これまで私が現場で見てきた課題の中でも、この「自社に非がないクレームへの対応」は、非常に多くの企業が悩む、根深く難しい問題です。
安易に謝罪すれば、相手の要求がエスカレートするかもしれない。かといって、突っぱねれば「傲慢な会社だ」とSNSで悪評を拡散され、会社の評判を大きく損なうリスクもある。まさに八方ふさがりの状況です。
しかし、ご安心ください。実は、非がないクレーム対応には、確立された「正しい振る舞い」が存在します。 それは、単にその場を丸く収めるための小手先のテクニックではありません。むしろ、会社のブランド価値を守り、社員の疲弊を防ぎ、さらには理不尽な要求をしてきた相手をも「自社のファン」に変える可能性を秘めた、攻めの経営戦略なのです。
本コラムでは、この「非がないクレーム対応」の極意を、明日からすぐに使える具体的なステップに落とし込んで、余すところなくお伝えします。最後までお読みいただければ、「クレーム対応」そのものに対する考え方が180度変わることをお約束します。




なぜ悪くなくても謝ってしまうのか?


そもそも、なぜ私たちは自社に非がないと分かっていながらも、つい「申し訳ございません」と口にしてしまうのでしょうか?それは、多くの日本企業、特に顧客との距離が近い中小企業が陥りがちな、2つの「思考の罠」に原因があります。
- 「お客様は神様です」という思想の呪縛
高度経済成長期に広まったこの言葉は、顧客満足を追求する上で素晴らしい標語でした。しかし、時代は変わり、その意味合いは顧客側によって拡大解釈され、時として「何を言っても、何を要求しても許される」という誤った権利意識に繋がってしまっています。この呪縛が、企業側に「お客様にはとりあえず謝っておくべき」という思考停止を招いているのです。
- 「事を荒立てたくない」という和の精神
円滑な人間関係を重んじる国民性から、「穏便に済ませたい」「面倒なことは避けたい」という心理が働きがちです。目の前の顧客の怒りを鎮めるために、一時しのぎの謝罪をしてしまう。その気持ちは痛いほど分かります。しかし、この安易な謝罪こそが、後々さらに大きな問題を引き起こす火種となるのです。
安易な謝罪がもたらす3つの深刻なリスク
私が現場で見てきた中で、非がない状況での安易な謝罪は、主に3つの深刻なリスクを会社にもたらします。
- リスク1:要求のエスカレートと「認めさせた」という既成事実
一度謝罪すると、相手は「企業が非を認めた」と解釈します。これにより、「謝罪したのだから、金銭的な補償をしろ」「責任者を出せ」など、さらなる要求にエスカレートするケースが後を絶ちません。一度認めてしまった非を、後から覆すのは極めて困難です。 - リスク2:社員の深刻な疲弊とモチベーションの低下
経営者が良かれと思ってした謝罪が、現場の社員を苦しめます。理不尽な要求に耐え、心身ともに疲弊するだけでなく、「会社は自分たちの仕事の正当性を守ってくれない」という不信感にもつながります。優秀な社員ほど、このような状況に嫌気がさして離職してしまうリスクが高まります。 - リスク3:企業のブランド価値の毀損
「あの会社は、強く言えば何でも言うことを聞く」という評判が広まれば、同様のクレームが頻発するようになります。これは、長期的に見て企業のブランド価値を著しく損なう行為に他なりません。 では、どうすればいいのでしょうか?その答えが、次の章でお話しする「謝罪」と「お詫び」の切り分けにあります。


「謝罪」はしないが「お詫び」はする
クレーム対応における最大の原則は、「事実に対する謝罪」と「感情に対するお詫び」を明確に切り分けることです。ここを混同している企業が、あまりにも多い。
- 事実に対する謝罪(NG行為)
「申し訳ございません。弊社の不手際です」
→これは、自社に全面的に非があることを認める言葉です。非がないのであれば、絶対に使ってはいけません。 - 感情に対するお詫び(OK行為)
「この度は、〇〇様にご不快な思いをさせてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」
→これは、「相手が不快に感じた」という「感情」に対して寄り添い、共感を示す言葉です。自社の非を認めたわけではありません。顧客が電話をかけてきたり、来店したりする手間をかけたこと、嫌な気持ちにさせてしまったことに対して、人として丁寧にお詫びするのです。
「共感」と「感謝」が最強の武器になる
さらに、この「感情へのお詫び」に加えて、「感謝」を伝えることで、相手の興奮は驚くほど収まります。
「〇〇様、この度は貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございます。今後のサービス向上の参考にさせていただきます」
怒りに燃えている顧客は、まさか相手から「ありがとう」と言われるとは夢にも思っていません。この一言が、相手の敵対心を和らげ、冷静な対話のテーブルに着かせるための強力なフックとなるのです。クレーム対応のゴールは、相手を論破することではありません。
目的は、問題を円滑に解決し、自社の正当性を理解してもらい、最終的には良好な関係を維持、あるいは向上させることです。そのために、「感情へのお詫び」と「感謝」は、何よりも雄弁な武器となることを覚えておいてください。
非がないクレーム対応「5つのステップ」


それでは、いよいよ具体的な対応手順に入ります。この5つのステップを身につければ、どんなクレームにも冷静かつ的確に対応できるようになります。
ステップ1:徹底的な傾聴と事実確認(鎮静化フェーズ)
まず、何よりも先にやるべきことは「聞くこと」です。相手の言い分を絶対に遮ってはいけません。たとえそれが事実誤認や勘違いであったとしても、まずは相手が溜め込んでいる不満や怒りを、すべて吐き出させることが重要です。
- ポイント
- 相槌は打つが、同意はしない。 「はい」「ええ」と相槌を打ち、聞いている姿勢を示しますが、「おっしゃる通りです」「それはひどいですね」といった同意の言葉は禁物です。
- メモを取る姿勢を見せる。 対面であれば目の前で、電話であれば「恐れ入ります、正確を期すためにメモを取らせていただきます」と一言断ってから、メモを取ります。この行為が「あなたの話を真剣に聞いています」というメッセージになります。
- 感情と事実を切り分ける。 相手の話の中から、「何が起きたのか(事実)」と「どう感じたのか(感情)」を頭の中で整理します。
- 復唱による確認。 「〇〇様、お話をまとめさせていただきますと、『〇〇という状況』で『〇〇とお感じになった』ということでお間違いないでしょうか?」と、事実の部分を客観的に復唱し、認識のズレがないかを確認します。
この傾聴のプロセスには、相手の興奮を鎮める心理的効果があります。人は、自分の話を真剣に聞いてもらうだけで、怒りの感情が半減することが多いのです。
ステップ2:共感と感謝の表明(共感フェーズ)
相手が話し終え、事実確認が完了したら、ここで初めてこちらの言葉を発します。しかし、ここで反論や説明から入ってはいけません。ステップ2は、第2章で解説した「感情へのお詫び」と「感謝」を伝えるフェーズです。
- トーク例
「〇〇様、この度は弊社のサービスに関し、お客様にご不便とご不快な思いをおかけしてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。また、お忙しい中、私どものために貴重なお時間を割いてご連絡いただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。誠にありがとうございます。」
この一連の言葉を、丁寧かつ誠実な態度で伝えること。これができれば、クレーム対応の半分は成功したと言っても過言ではありません。相手は「この人は話が通じる」と感じ、冷静さを取り戻し始めます。
ステップ3:客観的な事実と会社のスタンスの説明(説明フェーズ)
相手の感情が落ち着いたのを確認してから、いよいよ客観的な事実を説明し、会社のスタンスを伝えるフェーズに入ります。ここでのポイントは、感情を一切交えず、淡々と、しかし毅然と伝えることです。
- ポイント
- 主語を「私」ではなく「会社」や「規約」にする。 「私はこう思います」ではなく、「弊社の規約では〇〇と定められております」「メーカーの仕様書を確認しましたところ、〇〇が正常な動作でございます」といった形で、個人的な見解ではないことを明確にします。
- 証拠や根拠を示す。 利用規約の該当箇所、製品の仕様書、第三者機関のデータなど、客観的な証拠があれば具体的に提示します。これが、説明の説得力を飛躍的に高めます。
- できないことは「できない」と明確に伝える。 「ご期待に沿えず大変心苦しいのですが、そのご要望にお応えすることは致しかねます。」曖昧な返事は、相手に無用な期待を持たせ、問題を長引かせるだけです。丁寧な言葉遣いながらも、断るべきことははっきりと断ります。
このステップで、自社に非がないことを論理的に、かつ冷静に伝えます。ステップ1、2で相手との心理的な距離を縮めているため、この段階での説明は比較的受け入れられやすくなっています。






ステップ4:代替案の提示と未来志向の対話(解決フェーズ)
要求を断るだけで終わらせては、単なる「冷たい会社」という印象で終わってしまいます。相手の要求には応えられないが、別の形で何か協力できないか、という「代替案」を提示するのです。
- 代替案の例
- 保証期間外の修理依頼の場合
「無償での修理は致しかねますが、有償での修理であれば、弊社提携の修理業者を通常よりお安い価格でご紹介することが可能です。いかがでしょうか。 - 規約で禁止されている返品要求の場合
「誠に申し訳ございませんが、規約により返品はお受けできません。しかし、今回ご購入いただいた商品をより快適にお使いいただくための〇〇という方法がございますので、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか。」 - 勘違いによるクレームの場合
「その件につきましては、お客様のおっしゃる〇〇ではなく、実は△△という仕組みでして…。もしよろしければ、今後誤解が生じないよう、より分かりやすいご案内の方法を一緒に考えさせていただけませんでしょうか。」
- 保証期間外の修理依頼の場合
この代替案の提示は、「あなたの要求は飲めないが、あなたのことは決して無視しているわけではない。あなたの問題を解決するために、できる限りのことはしたい」という誠意の表明です。この姿勢が、相手の心を動かし、「この会社は自分のことを考えてくれている」という信頼感へと繋がり、最悪のクレーム客が、最強のファンに変わる瞬間が生まれるのです。
ステップ5:クロージングと記録の徹底(未来への投資)
最後は、対応内容の確認と記録です。
- 対応内容の合意形成
「本日は、〇〇の件についてご説明させていただき、代替案として△△をご提案させていただきました。この内容でご理解いただけますでしょうか。」と、双方の合意内容を口頭で確認し、対話を締めくくります。 - 詳細な記録と社内共有
対応日時、担当者、クレーム内容、相手の要求、こちらの対応、最終的な合意事項などを、時系列で詳細に記録します。この記録は、万が一問題が再燃した場合の証拠となるだけでなく、社内全体のクレーム対応スキルを向上させるための、何物にも代えがたい「生きたナレッジ」となります。 この5つのステップを、組織として徹底することが、クレーム対応力を飛躍的に向上させる鍵となります。


「カスタマーハラスメント」への境界線と対処法
残念ながら、中には理不尽な要求の度を超え、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の領域に踏み込んでくる顧客も存在します。社員と会社を守るために、経営者はこの境界線を正しく理解し、断固たる措置を取る必要があります。
「正当なクレーム」と「カスハラ」の違い
厚生労働省のマニュアルなどを参考にすると、カスハラは一般的に「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされています(出典:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)。
具体的には、以下のような言動が見られた場合、それはもはや「クレーム」ではなく「ハラスメント」です。
- 暴言、人格を否定する言葉、脅迫的な言動
- 土下座の要求
- 長時間にわたる拘束や居座り
- SNSでの誹謗中傷を仄めかす言動
- 金銭や契約内容以上の過剰な要求
カスハラへの断固たる対応
カスハラに対しては、一人の担当者に任せるのではなく、必ず組織として対応してください。
- 対応を打ち切り、上長や複数人で対応する。
- 「そのご要求は、当社の規定を超えており、ハラスメントにあたるため、これ以上の対応は致しかねます」と毅然と通告する。
- 悪質な場合は、ためらわずに警察や弁護士に相談する。
社員を守ることは、経営者の最も重要な責務です。 「お客様だから」とカスハラを容認することは、社員の安全と尊厳を脅かし、最終的には会社の存続そのものを危うくします。経営者こそが、カスハラに対して「NO」を突きつける強い意志を持つ必要があります。
Q&A
Q1. とにかく大声で怒鳴りつけてきて、まったく話を聞いてくれません。どうすればいいですか?
A. まず、身の安全を確保してください。相手が興奮状態にある場合、冷静な対話は不可能です。その場で解決しようとせず、「お客様が冷静にお話しいただける状態になりましたら、改めてお話を伺います。本日はこれにて失礼いたします」と伝え、一旦その場を離れる(電話を切る)勇気も必要です。相手のペースに巻き込まれないことが鉄則です。決して一人で対応せず、必ず複数人で対応するようにしてください。
Q2. SNSで事実無根の悪評を拡散すると脅されています。要求を飲むべきでしょうか?
A. 絶対に要求を飲んではいけません。一度屈すれば、同じ手口で脅され続けることになります。これは「脅迫」という犯罪行為にあたる可能性があります。まずは、5つのステップに則って毅然と対応し、「SNSへの投稿は、内容によっては名誉毀損や信用毀損にあたる可能性があり、弊社としても法的な措置を検討せざるを得ません」と冷静に伝えてください。実際に投稿された場合は、投稿内容のスクリーンショットなどの証拠を保全し、速やかに弁護士に相談しましょう。
Q3. 「誠意を見せろ」の一点張りです。金品や値引き以外に「誠意」を示す方法はありますか?
A. これこそ、本コラムで解説した「感情へのお詫び」と「代替案の提示」が活きる場面です。「誠意=金品」と考えるのは、思考が停止している証拠です。相手の話を徹底的に傾聴し、不快な思いをさせたことを心からお詫びし、その上で「ご要望には沿えませんが、何か他に弊社でお役に立てることはないか、一緒に考えさせていただけませんか」と寄り添う姿勢こそが、真の「誠意」です。時間と手間をかけて真摯に向き合うことが、何よりの誠意の表明となります。
Q4. クレーム対応は担当部署や部下に任せています。経営者として、他に何をするべきですか?
A. 経営者の最も重要な役割は、「クレーム対応の方針を明確に定め、社員を守るための環境を整備すること」です。具体的には、
①本コラムで紹介したような、統一された対応マニュアルを作成・周知徹底する。
②対応に困った社員が、すぐに相談できるエスカレーションフローを構築する。
③「理不尽な要求には屈しない」「社員の安全を最優先する」というトップの姿勢を明確に社員に示す。
④カスハラに対する弁護士相談窓口などを設置する。 といった体制づくりです。現場任せにせず、会社全体でクレームに立ち向かう文化を醸成することが、経営者に課せられた使命です。
まとめ
「非がないクレーム」への対応は、決して後ろ向きなコストではありません。
今回ご紹介した5つのステップ
- ステップ1:傾聴と事実確認
- ステップ2:共感と感謝の表明
- ステップ3:客観的な事実と会社のスタンスの説明
- ステップ4:代替案の提示と未来志向の対話
- ステップ5:クロージングと記録の徹底
この一連のプロセスは、顧客との対話を通じて、自社の正当性を伝え、顧客の感情に寄り添い、新たな解決策を共創する、極めて高度なコミュニケーションです。これを組織的に実践できる企業は、単にクレームを処理するだけでなく、
- 顧客との間に、より強固な信頼関係を築き、
- 社員のエンゲージメントと定着率を高め、
- 「誠実で、頼りになる会社」という強固なブランドを構築することができます。
理不尽な要求に振り回され、貴重な経営資源をすり減らす時代は、もう終わりにしましょう。正しい知識と型を身につけ、毅然と、しかし誠実に対応することで、クレームは会社を疲弊させる「厄介事」から、会社を強くする「成長の機会」へと変わります。
本日のコラムが、日々奮闘されている中堅中小企業の経営者、役員、管理職の皆様にとって、一筋の光となれば幸いです。 もし、自社だけでの対応マニュアルの作成や、社員研修の実施に限界を感じていらっしゃる場合は、いつでもお気軽にご相談ください。
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